第115話 見ていた君

 ベンチから立ち上がり、グイッと軽く伸びをすると、安堵したように息を吐いた。


「…ま、俺の話はこんな所だ。悪いな、時間かけて」

「いや……。ちゃんと話せてよかったけど…。一応の確認、本当に嘘は言ってないんだな?」


 こんな事を言ったって、正直意味はない。

 確認したいのは、ただの自己満足だ。


「…あぁ、神にでも何でも誓ってやるよ」

「誓わなくていい。一旦は信用す……」

「ん?」


 俺は今になって気付いた。

 いや、ここに来る途中くらいから、もしかしたら…とは頭の片隅で思っていたけど。


「…ごめん、二ノ宮…いや、父さん。一つ完全に頭から抜けてた事がある」

「……なんだ?」

「俺、実はスマホ持ってると…常に位置情報知られてるんだ」

「………誰に…?」


 俺は公園の入り口の方へと視線を移した。

 こんな真夜中だ。何かの拍子にスマホを点けて、理由もなく位置情報を確認するかも知れない。


 ……いや、そう言う事をする性格だと知っているから、彼女には監視役を任せていた。


「…聞いてたんだろ、美月」


 姿は見えないが、俺はそう声をかけた。

 彼女は、こういう事をする。

 そして後でさり気なく言ってくる奴だ。


 十数秒ほど待っていると、観念したように人影が姿を見せた。


 月明かりに照らされた銀の髪が湿った風になびいている。

 いつもと何ら変わりない無表情の彼女は、当たり前のように俺の隣に立った。


「…紗月の娘か……」

「美月お前、どこから聞いてたんだ?」

「玩具を持ち歩いてる…くらいから」

「ほぼ全部か……じゃあ、分かってると思うけど…」

「なんであれ、お父さんには話すけど」

「「………」」


 当然だ。

 いや、当然だけども…。

 呆れた様に首を振り、二ノ宮はベンチに座り直したした。


「…おい真、その女をどうにかしろ。連れて来たのお前だろ」

「無理」

「何か不都合?」


あっけらかんとした様子で、彼女は首を傾げた。


「お前知ってるだろ、湊さんに関しては…」

「その人が凛さん達を殺したと思ってるから追ってるし、トラブル体質の真には関わってほしくないんでしょ?なら別に…」

「「違う」」


 思わず声を揃えて、俺と二ノ宮は美月を見据えた。

 あの人はもっと根本的に良くない部分がある。


「湊さんは単純に、俺とこの人が関わったら間違いなく、今みたいな事になるから嫌がってたんだ」

「…お父さんはそこまで見境い無い性格じゃないけど」

「アイツ割と盲目的だぞ…」


 そう、湊さんは案外盲目的で見境がない時がある。

 本当に極稀ではあるのだが、今回はその稀の範疇に収まる事案だ。


「…でも、言わない訳にも行かない」


 それはそうだろう、美月の立場からすれば、幼馴染みが凶悪な犯罪者の口車に乗せられてる様にしか見えない筈だ。


「だってさ…。悪いけど、証拠の無い言い訳垂れ流しながら、大人しく捕まって」

「ふざけんな…」


 俺達のやり取りに対して、美月は疑問符を浮かべたように首を傾げた。


「……何を言ってるの?」

「…話聞いてたなら分かるだろ、紗月の娘。今の状態で俺が何を喚こうと、証拠は何一つ無い。だから俺の言葉になんざ、誰も耳を貸さない」

「…父さんは、俺に賭けてたんだよ。無実を証明する手伝いをしてくれるかも知れないって…。今ここで話してたのは、あくまでも言葉だ。物的証拠は何一つ無い。俺がこの人の言葉を信用するか、しないか。それしかないんだよ。父さんが無実である証拠はなくて、父さんが犯人である証拠は揃ってるけど」

「偽造のな。本物が無いなら、偽物も本物にすり代わる」


 ある程度、話を理解したのか美月は小さく眉をひそめた。


「そう言う話だから、俺がこの人の言葉を信用したとしても、他の人…まして、湊さんが信用するなんて…まずあり得ない」

「…それなら、どうして真は犯罪者かも知れない相手を信用するの?」


 どうして…か。

 あまり難しい質問ではない。

 だって相手は、今日が初めてちゃんと話をした相手だろうと…俺にとっては紛れもない“父親”だからだ。

 そうじゃなくても、信用にたる要素がいくつかある。


「俺が心から信頼してる人たちが、この人に悪印象を持ってないから…かな」


 母である間宮凛が…あのそこら中に恩を売りまわっていた自由人が、一時的とは言えその身を固めた相手だ。

 それ以上に……湊さんの事が大好きで仕方の無い様な紗月さんが、湊さんが大嫌いな男を「悪い人には見えなかった」と称している事が、俺の中では決め手になっている。


「実際に、ちゃんと話して感じたのは…俺よりも、圧倒的に姉さんの方がこの人に似てるって事くらいかな。それも信用する理由もの一つだよ」

「…夏芽さんに…。似てる…どこが?」

「色々と。少なくとも、俺は似てない」


 もし俺に似てるなら、まず信用しない。

 表面を取り繕ってもすぐにボロが出るのが姉さんだが、この人もその質だ。

 俺だったら、悪い方向に精神が振り切らない限りは人前なら取り繕っていられるから。


「…まあ、そういう訳だ…。俺が無実を証明するには……。そうだな、警察共に中村を現行犯で捕まえさせるくらいしかない」

「……俺なら、その状況を作れる…。トラブル体質も偶には役立つんだよな」

「本当な中村を探す所からだったんだが……。とっくに目をつけられてるなら好都合だ」


 まあどういう事かと言うと…。

 俺か、その周囲の誰かが何かしらの理由で、中村真緒に狙われれば良い訳だが…。


「美月、せめてウチの文化祭が終わるまでは、それを湊さんに話すのは控えて貰えないか?」


 美月はどうしようかと頭を悩ませている様だ。

 …まあ、無表情過ぎて何考えてるのかまでは全く分からないのだが。

 こうなったら、仕方無い。


「……頼むよ美月、なんでもするから」

「……ん…?…今、なんでもって言った…?」

「言った。マジでなんでもするよ、父親の無実を証明する為だからな」


 実際はそんな事、どうだって良い。

 この騒動を終わらせるだけだったら、ここで美月に適当な事を言って二ノ宮誠は刑務所に収容、俺は湊さんに説教されればそれで解決する。

 後は全部、聞かなかった事にでもすれば良い。


 そうなったら、鷹崎家との繋がりは白龍先生とクロエに任せて、俺はトラブル体質から目をそらして適当に生活していけば万事解決だ。


 ………そうできるなら、そうしたい。


 だが、できない。

 中村真緒とか言う、俺をまだトラブルに巻き込むであろう原因の種がある以上は、どうにかして取り除かないと気が済まない。


 美月はしばらく俺の顔を見つめた後、小さくため息を吐いた。


「……じゃ、今回は真の誠意に免じて、チャラって事にしておく」


 何を感じ取ったのか、美月はそれだけ言って近くの木に背を預けた。

 俺は二ノ宮と顔を見合わせて、肩を竦めた。

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