第114話 ふざけた家系図

 お爺、というのは湊さんも使っていた台詞。

 湊さんや白龍先生、二ノ宮誠にとっての祖父の事を指しているんだろう。


 隠し子という事は…どういう事だ?


「真お前、鷹崎家の無駄に複雑な家系図についてどのくらい知ってる?」

「ほぼ知らない」


 二ノ宮は人差し指を立てて話を続ける。


「…なら、とりあえず一番分かりやすい湊を中心に考えて話を聞け」

「分かった」

「まず、複雑になった最大の原因は俺と湊、白龍の祖父であるお爺…鷹崎ひさぎだ。こいつには二人の娘と、一人の隠し子が居る」

「…二人の娘…っていうのは、湊さんの母親と、白龍先生の母親って事だよな?」

「そうだ。湊の母親は死去、白龍の母親は田舎に隠居してる」

「…隠し子っていうのは?」


 中々問題のある言葉だが、要するに湊さんの母親にとっての異母姉妹の事だろう。


「そっちは一旦置いておけ。それと白龍の方の家は考えなくて良い。お爺と仲が悪かったから特に問題は無かったからな」


 仲が悪かったから良かったって、これもう分かんねえな…。


「まず、湊の父親と母親が結婚するんだが…その頃にはもう、俺は産まれてた」

「あぁ…それは知ってる。確か、遺産目当ての結婚だったとか…」

「そう。子供が居たくせに遺産目当てに不倫したクズが俺と湊の父親だ」


 まあ…うん、クズだな。俺にとっては祖父にあたるんだけど。


「俺の母親は、その男に執着しててな…事ある事に父親がどんな人なのか聞かされた。ま、それは良い。とりあえず湊が12歳、俺が15歳の時だ。鷹崎楸が命を落とした」

「……で、今度はその遺産問題ですか」


 二ノ宮はゆっくり頷いた。


「結果としては全部湊の物になったがな。その辺の話を知ってんならそこは省略する。だから、俺が産まれる十年ちょっと前の話をしよう」


 つまりは、さっき一旦置いておいた隠し子とやらの話か。


「鷹崎楸と湊の母親の間に、子供が産まれた」


 そんな言葉を聞いて、頭は理解を拒んだ。


「名前は鷹崎朱里、そいつは…」

「ストップ、ちょっと待って!今、気の所為じゃなかったら…湊さんの母親と、祖父の間に子供が出来たって聞こえたんだけど…」

「……その通りだぞ。鷹崎楸は、自分の娘を孕ませたマジでヤバい奴だ。時代が時代ならともかく、ここ数十年の時代にあって良い話じゃない」


 産む方も産む方だし、その間に肉体関係があった事実にも頭が痛くなる。


「んで、その鷹崎朱里が25歳の時…俺は13歳だったんだが…。中学の先生と生徒って間柄で、まあ色々ヤってしまった訳だよ。俺は襲われただけ…だけどな」


出会ったのは偶然である…と。


「倫理観は何処に置いてきたんだ…」

「親の腹ん中だろ」


 ひどい話だ。

 残念ながら、俺は頭を抱える事しかできない。

 なにせ既視感のある話だったから。


 …親子揃って初体験の相手が学校の先生かよ…。


「………で、その鷹崎朱里とアンタの間にできたのが…」

「由紀だ。鷹崎朱里はクスリで捕まって、由紀は小さい頃から施設で育ったらしい…。俺もこんな事になってから家の事を調べるまでは、こうも複雑な事になってるとは知らなかった」


 そして、鷹崎由紀は天音家に養子として引き取られ、それが決別の決め手となり…母さんを経由して、天音紗月と鷹崎湊が関係を持った。

 二人は20歳で子供を授かり、ほぼ同時期に二ノ宮誠23歳と間宮凛28歳の間にも俺が誕生する事になった……と。


「…血は争えない…って言うのかね。多分、湊も家の全容は把握してないだろうな」

「……知りたくもないでしょこんなの……。それで、中村真緒はアンタの何なの?」

「あぁ……俺は普通の女友達だとしか思ってなかったんだけどな…。気付いたら死ぬほど執着されてた。マジでそれだけだ」

「はあ?恋人だったとかは…」


 男はきっぱりと首を振った。


「無い。アイツは勝手に嫉妬して、執着して、俺と仲の良かった女を片っ端から殺して回ってる」

「……なら今のところは、間に子供ができた人を…ってことなんだろうけど…」


 なんて言いながら、騒動の時系列を頭の中で整理していた時。不意にクロエと初めて会った時の事を思い出した。


「アンタそう言えば、今まで何処にいたんだよ」


 俺がクロエと初めて会ったのは今年の五月初め頃。

 クロエの母親はその三ヶ月ほど前に通り魔にあって命を落としている。


「今年の2月までは、海外と、松川家を行ったり来たりしてたんだが…。仕事でドイツに行った時、ついでにクロエに会いに行ったら……実家の人たちに日本に行ったとか言われてな。仕事のあとで日本に帰って来たら…。…クロエは一人で、空港で泣いてたよ」


 言葉は通じない、親はいつの間にか居なくなっている。そんな状況下に置かれて、どれほど心細かっただろうか。


「…それを保護して、街の中でアパート借りて……。三ヶ月くらいか、急に春子…夏芽の母親が音信不通になってな。仕方なくそっちに帰ったら…驚いたよ。過剰な家庭内暴力で俺が春子を殺した事になったんだぞ?しばらく帰ってない家でどうやって暴力振るうんだっての…」

「なら、なんで警察にそれを言わなかったんだよ」

「明確な動機があるとか、目撃証言があるとか…だな。夏芽も、しばらく帰って来なかった俺をよく思ってなかったみたいだし、そうなってもおかしくないって判断だったらしい」


 夏芽姉さんは学校から帰宅して、すぐに母親の遺体を発見した…と言っていた。

 つまり現場は見ておらず、それまで家を出入りする人が二ノ宮誠含めた家族の他に居なかった事から、警察には二ノ宮がしばらく帰宅してなかった事実を話したのだとか。

 その数日後、間宮凛…俺の母親までも殺され、拓真さんと湊さんの証言から、湊さんの周辺人物へ危害を加える動機があると判明した。


「気付いた時には、ほぼ指名手配状態だ。いつの間にかクロエも居なくなってるし…。やっとだよ、ちゃんと俺の話聞いてくれる奴が出てきた。困ってる奴を見過ごさない…流石は凛さんの息子だな」


 そう言われては、俺は目を逸らす事しか出来なかった。

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