第112話 印象

 店の中で待っていると、拓真さんから一人で先に帰るように、と連絡が来た。

 仕方なく拓真さんの分の会計も済ませて黒崎家に帰宅した。




 あの男、当然ながら二ノ宮誠…俺の父親であり、指名手配されている殺人犯…と思われている訳だが…。

 去り際にあいつは、今夜の一時に『学校近くの公園に来い』と、そう俺に言い残した。

 ついでに、必ず一人で…とも。


 流石に言葉足らずが過ぎると思ったが、近くに拓真さんが居る以上は長居したく無かったのだろう。

 まあ、この際それは良い。

 普通だったら、あんな事を言われたとしても行くやつはこの世に一人もいない。

 ……普通だったら……行かないよな。


 それはそうと気になる問題がいくつかある。


「……母さんを殺したのはアイツじゃないのか?」


 あの男は明らかに、自分が殺した反応をしていなかった。

 そもそも自分で殺したのなら俺にあんな質問はしてこないだろう。


 一応、適当な反応をして俺の興味を引くことで、今夜確実に俺を連れ出して、殺したあと何処かに死体を隠すプランがある、という可能性もある。

 だがあの場で殺すことも出来ただろうし、俺一人を単独でおびき出すにしてもやり方にリスクがあり過ぎる。


 何処の学校近くの公園なのかは大方の予想が付いてるので、そこに警察等を送り込まれる可能性だってあるのだから。


 二ノ宮からすれば何かしらの理由があって俺と一対一で話がしたい。

 なら、俺が必ず一人で行こうとする理由や根拠を、俺に考えさせなければ行けないだろう。

 …それならあの状況で何を言うのが正解だろうか。


 …あ…クロエか。


 理由は何であれ、クロエの名前を出した時の反応は俺の見てないところでの物。

 十中八九、心からの感情だ。

 アイツはクロエが俺と一緒に生活している事を知って、明らかに安堵したような反応を見せた。

 露骨では有ったが、逆を言うとそれだけ心配していたのかも知れない。


 なにせ、自分が目をかけていた子どもの筈だからな。

 そうなると怪しい。いや、あの男は怪しいけどそっちじゃなくて…。


 クロエの母親と夏芽姉さんの母親が、二ノ宮誠に殺された…という話も、事実関係が怪しい事になる。

 何故ならその3人は同じ様な手法で、同一人物の犯行であると警察が断定したからだ。


 そして、その動機があるのは二ノ宮誠のみ…とされている。

 ただそれも、と言うだけの話だ。

 二ノ宮誠が自分が追われている事を知っていながら隠れ歩いている事も、一つの証拠と言えなくも無いだろうけど…。

 当の本人としっかり話してみると、どうしてか「二ノ宮誠は殺人犯ではないのでは?」という疑問が浮かんで来た。


 違うのなら警察に出向いて「違う」と言えば良い物を、何か隠さなければ行けない事情でもあるのだろうか。

 ……いや、証拠とかは揃ってるから、出向いた時点で自首と同義なのか…?


 まあ、全部本人に聞けば良いとしよう。

 俺には行くという選択肢しか無いのだと気付いたから、まあ行こうか。予想通りなら危険は…無い…と思う。


 ベッドに転がって色々と頭を回していると、不意にドアをノックする音が聞こえて来た。


「真、ご飯できたわよ」


 言いながら部屋に入ってきたのは姉さんだ。

 電気も付けずに寝ていたから、急に部屋が明るくなって思わず目を細めた。


「寝てたの?」

「…いや、起きてたけど…。ちょっと考え事」

「そう…。アンタ、すぐ抱え込むんだから…偶には相談してみなさいよ」


 言いながら、彼女はぽすっとベッドに腰を落とした。


「…ご飯とか言って無かった?」

「アンタがさっさと考え事とやらを言えばいいのよ」


 若干の横暴さを感じて思わず苦笑いをしながら、ならば…と思い聞いてみる。


「なら、姉さんに一つ質問」

「いいわよ」

「父親の事が嫌いな理由って、何?」


 俺と違って、彼女は幼少の頃を父親と過ごしている。クロエは「優しい人だった」と言っていた。その印象と、姉さんの感じていた印象とではなにが違うのか。


 彼女はピクリと眉を上げた。


「……優しかった人にあんな形で裏切られたら、嫌いになるのは当たり前だと思うわよ」


 ………湊さんは…なんて言ってたっけな…。

 とりあえず、紗月さんが「悪い人には見えなかった」みたいな事を言ってたのは覚えてるけど……。


「…思い出したら嫌になってきたわ。ほら、さっさとご飯」

「はいはい…」


 姉さんに腕を引っ張られながら、俺はぼんやりと二ノ宮誠の顔を思い浮かべた。

 ……優しかった……ねぇ…。

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