第107話 本当の自分

 俺は別に、自分の父親に興味はない。

 その人の被害を受けた人達が、自分の周りに居ることは分かっている。


 でも、その誰も…俺を父親と関わらせようとはして来なかったから。

 二ノ宮誠という父親は、俺の人生にとってさして重要な人間では無いと思っていた。


 実際、この年齢になるまで名前も知らなかった訳だから。


 だが、最近はつくづく思う。

 母親が積んだ徳と、父親が積んだ悪に挟まれて一々評価を右往左往させられる俺は結構不幸な産まれなんじゃ無いかと。


 そして今回、俺は一つの決意を固めた。


 二ノ宮誠は意地でも引っ捕らえよう。


 俺は父親の元同僚だという女性、中村さんに偶然出会った。

 中村と聞いて一瞬だけ、おや?と思ったが流石にこんな遠方で中村先輩の親戚に会う事は無いだろうからそこはスルーした。


 ともかくその女性に、俺は偶々大学時代の二ノ宮誠という人物の写真を見せてもらった。


 大学生がサークルで十数人集まったらしい集合写真だったが、人目で自分の父親が誰なのか分かった。


 ……というか、ほぼ俺だよ。

 夏芽姉さんの事もあったから何となく察してはいたけれど、本当に瓜二つだった。


 あえて特徴を上げるなら、少しチャーミングな泣きぼくろがあったので俺とはまるで違うと言えようか。

 こいつと違って、俺は普通にさえしてればそこまで目立たない。普通にさえ出来れば。


 ともかく今回、間違えて声をかけられた様に…今後もこの男に間違われる可能性があるのは流石に御免だ。


 今何処で何をしているのかは知らないが、少なくとも日本に居るだろうと拓真さんは読んでいるらしい。

 詳しい理由はともかく、湊さんと二人で考えた結果そういう結論に至ったと通話で語っていた。


 まあ、今はそれは良いとしよう。ついさっき湊さんに「いいか、お前と夏芽だけはマジでアイツには関わるな。顔がややこしい」と忠告されたばかりなので気にし過ぎるのもやめておくのが吉だ。


 俺は霧崎の顔をじっと見つめながら頭の中で考えを整理して、スマホに視線を落とした。


「…ん…。助けて六華、真君が何考えてるか分かんない…」


 結局呼び方は真君になったのかよ、お前には言ってないのにな。


「羞恥で顔真っ赤にしながら言う事じゃないんじゃ…?」

「だってずっと見てくる…。嬉しいけど、流石に…」

「あ、嬉しいのは嬉しいんだ…」


 二人の話を聞いていた時、不意に思った事を口に出した。


「霧崎って初めてあった時は髪短かったのに、なんで今は伸ばしてんの?」

「ん…ダンスの時に映えるから…。真君は、短い方が好き…?」

「いや、長い方が良いかな。霧崎はその方が綺麗だよ」

「………間宮君って、それわざとやってるの?」

「思ったこと言ってるだけだっての…一々深読みすんなよ」


 相当似合ってない限りはショートのほうが好き、とは言わないが。


「…彼女にするなら六華って言ってたくせに」

「なら、間宮君は知り合いの中で誰が可愛いなとか、美人だなって思う?」

「一人ずつ上げるんなら、可愛いと思うのは雨宮かな。美人なのは神里結月先輩」

「凄っ、即答できるんだ」

「美的感覚の問題だからな。人として好きかどうかは別だろ。ついでに言うと人として尊敬してるのは理緒先輩、恋愛感情とか関係なく人として気に入ってるのは橘」


 自分の名前が出て来ない事に不満気な顔をしてる霧崎は置いておく。


「…あの二人は?」

「凛月と美月の事を言ってるなら、分からないって答えるけど。付き合いが長い分、境界線が曖昧になってるから…」

「…えっと、じゃあ紫苑は?」

「お前らいつの間に名前で呼び合う仲になったの?」

「すっごいあからさまに話を反らしたね!?」

「霧崎と夜空は高嶺の花だな。俺の手には負えないやつ、あとメンヘラで面倒くさい」


 俺は自分の事を自信を持って好きだとは言えない。だから、美月の言葉はかなり心に響いた。

 俺にとっては手の届く場所にいる存在でも、彼女からとても遠くに感じる…とそう言われたことが、強く頭に残っている。


「…俺は、俺の事を好きだって言ってくれる奴は苦手だよ。皆…俺の事を過大評価してる、霧崎も夜空も…」


……多分、美月も。


 多少、人より出来がいいとは思う。でもそれなら、俺より優れてる奴はいる。同性で言うなら晶と大翔は特にそうだろう。異性ならそれこそ凛月と美月、夜空、それに夏芽姉さんとクロエは俺よりも多才だと思う。

 異様に耳が良いのだって、一応現実の範疇に居るはず、ファンタジーなレベルではない。

 少なからず多才かも知れない、頭が回る方かも知れない。


 もしも小さい頃に、河川敷で天音さんと会うことはせずに、何処にでも居る大人しい男の子として暮らしていたら、そのうち湊さんの意向で凛月と美月とも離れて生きていたと思う。


 母さんが殺される未来まで変わることは無いだろうけど、そうなったら俺はもう少し大人しい生活をしていただろう。

 晶と仲良くなることも、白龍先生を紹介される事も無かった。


 多分、俺にとってはその方が良かったと思う。

 そうなれなかった以上は、普通じゃない、特別な存在である様に居続けなきゃならないだろう。


 …本当だったら、俺は割と普通なんだけどな…。

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