第106話 有名人
旅館に戻ってからしばらくすると、もう夕方。
橘と霧崎は俺と一緒に旅館に残ってくれるそうだが、他の皆は天音さんが手配したバスに乗って帰宅した。
俺は元々天音さんに頼んで、しばらくこの旅館とこの街で療養。
幸いな事に橘六華というとても心強い女の子がが一緒に居てくれるから、俺は安心して天音さん推しのこの街を歩ける。
霧崎は知らない。
俺は彼女を救ったつもりなんて無い。
行動というか、あった事だけを並べたら確かに彼女の人生を変えた存在の一人なのかも知れない。
バスを見送ってから、俺はすぐ隣にいた霧崎に目を向けた。
「…ん、どうかした?」
青というか紫のような美しい虹彩。艶のある黒髪は腰のあたりまで真っ直ぐに降りている。
単純な外見だけなら、俺の好みにドンピシャだったりするんだけど…。
今度は橘の方に視線を移した。
霧崎と同様に長い黒髪、それをポニーテールにまとめているからか、少しだけスポーティーな印象を受ける。
どうしてか目立つ印象こそないが、凛月や夜空、直ぐ側にいる霧崎なんかと並んでいても一切見劣りはしない美人だ。
「橘…」
「…な、なに…?黒崎君」
「そろそろ名前で呼んでくれないか?一々間宮か黒崎かでいい直すのも面倒くさいだろ。普通に真で良いんだぞ?」
「で、でも、なんか今になってそう呼ぶのもちょっと」
「雨宮にも言ったけど、なんでそこ恥ずかしがるんだよ…」
「君相手だとハードル高いんだよぉ!」
「別に高くないだろ友達のこと名前で呼ぶくらい」
これ、多分霧崎の前で言うべきじゃなかったか?
「…私は?」
ほらそう言ってくると思ったよ。
霧崎はいいでしょ、俺の事「間宮君」としか呼ばないんだし。
そう言っても良いけど、機嫌悪くされるのも面倒くさい。
「霧崎は好きにしなよ」
「………」
「君本当に霧崎さんには冷たいよね…」
冷たいか……?
いつも割とこんなもんだろ。
「…霧崎さんのこと嫌いなの?」
「いや別に、霧崎って特に嫌になる理由ないだろ。スタイル良い美人で優秀な……って言おうとしたんだけど、よく考えなくても俺の周りに居る女の子って大体そうなんだよな……」
おかしいな。普通霧崎みたいな子に好意をもたれる様な事になったらすげえ舞い上がる思うんだけど。
それが特別なことに感じない、なにかが麻痺している気がする。
「まあいいや。部屋戻ろう」
「あ、ちょっと」
「……真、くん……真……。真君…の方がしっくりくる」
「えぇ……?気にしてないの…」
二人の会話を背中越しに聞いて居た時、不意に旅館の受け付をしていた女性と目があった。
「……?」
「…あれ、君……どこかで?」
お互いにしばらく顔を見合った後、女性は「あ…」と思い出した様に手を振ってきた。
「誠君だ!大学ぶりだよねえ」
「誠君でも大学生でもないです」
「えっ……?えぇ…?」
おかしいなぁと言った表情で疑問符を浮かべる女性を見て少し考える。
二ノ宮と大学で一緒だったって、それつまりは四十代前後なわけだが…そうは見えないほど若々しい女性だが、まあ…いつもの事か。
「父親の名前は二ノ宮誠って言うんですけど、お知り合いですか?」
「…父親?」
「はい」
「……えっ、君もしかして…間宮真?」
「…あの、俺ってそんなに有名なんですか……?」
なんで皆俺の顔と名前知ってんだよクソがッ。
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