第105話 人の魅力

 誰かにとっての幸は誰かにとっての不幸であるそうだ。

 俺が聞かれた事に対してただ素直に答えただけだとしても、その答えに一喜一憂する人達が居る。


 自分の中でも疑問になっていた事柄に対して、思っていたよりも簡単に出てきた答えがあった。


 少なくとも、現在こうして街中に立っているだけでもそこが人混みの中だと、頭が痛くなるくらいの視線が自分達に向けられる。


 こんな状況の中で、誰が隣に居てくれたら心から安心できるだろうか。


 そんな事を考えたときに、候補として頭の中に残った人は少なくない。

 今回の質問は「この旅行のメンバーで、誰なら付き合えるのか」という物。


 そこで絞った時、残ったのは意外にも二人だけ。


 橘六華と、中村架純先輩。


 凛月と美月の二人とは今以上に関係を拗らせたく無い…という部分に気持ちの比重があった。雨宮、霧崎、夜空の三人は今の精神状態の俺の側には長い時間居て欲しくない。


 shineシャインのメンバーは恋愛禁止だし決して互いをよく知る関係でもないので論外。


 クロエと姉さんは選択肢には入らないし、桜井や天音さんに関しては関係そのものが違う…というかそんな話題出すほどの関係では無い。


 理央先輩は一瞬だけ近しい関係にはなったし、側に居てくれたらとても安心できるだろう。

 でもあの人にこれ以上俺のことで心配かけるのは嫌だし、おつりで愉快なお姉さんついて来そうだし、あの実家は正直…気不味い。


 南は……どうなんだろう、嫌われてないとは思うけど、未だに彼女が俺をどうしたいのか良くわからないから何とも言えない。


 真冬は以前と変わり無ければ大翔の事が好きだった筈なのでやっぱり俺には何とも言えない。


 という感じで俺の精神衛生上、関係が近くなってもそれが嬉しいと思える人が中村先輩と橘で、何だかんだ二年以上付き合いがある橘の方の名前を出した。




 そしてその話を盗み聞きしてたであろう橘と雨宮に、俺の答えを聞かれた。


「…二人とも、奇遇だな」

「ちょっ!流石にごまかせないよ!?さっき『何してんだ?』って聞いてきたじゃん!」


 小さい声で叫ぶ謎技術を見せた雨宮に苦笑いしつつ、俺は仕方なく、本当なら一人で来る予定だった喫茶店に入った。


 少し歩いて来たがその間、話題の渦中に居る橘は雨宮と夜空の二人からの羨望の的になっていた。


 とりあえずの注文だけしてから店員さんに案内されて何気なく座ると、当然だと言わんばかりに隣に座って来る夜空と、詳しく聞こうじゃないかと正面を取る雨宮。


「……で、二人は何してたんだ?」

「真、この話題は変わらない、諦めて」

「なんで一々問い詰められなきゃいけないんだか…。別にこの旅行のメンバーで、誰なら付き合えるのか聞かれたから大人しく橘って答えただけだろ」

「な、なんで私…なの…?」


 何故か褒められるのが苦手なくせになんで自分からそれを聞くんだ、お前は。

 まあでも、俺の精神状態やバックボーンがこんなんじゃなくても橘は最後まで候補に残り続けるだろう。


 俺が本気の思いで告白したら首を縦に振ってくれるだろうというちょっと下衆い信頼があるし、そうでなくても橘とは断続的に会うことが多いから関係が進展していないだけで、しばらく一緒に居たら絶対に好きになるって確信がある。


 …寧ろそれがあるから偶にしか会わないし、俺からは連絡しないんだけど…。絶対に相性良いんだよ、俺と橘って。たまに虜になりそうで怖いくらいだ。


「じゃあ、夜空って橘と会うのは昨日が初めてだよな。少しは話したか?」

「…夜に少しだけ話したけど」

「ならその時どう思った?率直に」

「……こんなお姉ちゃん欲しいなって思った」


 会ったこと無いけど陸奥さん気の毒だな…。


「雨宮は?橘の事どう思う?学校でも仲良いらしいけど」

「そりゃあ好きだよ、優しいし頭良いし運動も得意で気配り上手だし…。正直、最初は表向きだけ八方美人な感じで嫌味に感じた事はあったけど、ちゃんと知ったら中に可愛い女の子しか居なかったから」


 橘な自分のそんな話を聞かされて少しずつ顔を赤くしながら、その内俯いて顔を手で覆ってしまった。こころなしかポニーテールが止めてくれと訴えてくる気がする。そんな橘を横目に、俺は雨宮の評価に頷いた。


「学校での事はほぼ知らないけど、誰にも嫌われてないんだろうし、どっかの銀髪姉妹とか雨宮に隠れて人気あるんだろうなって確信あるよ」

「その通りだけど……うん…」


 とりあえず雨宮は納得した様子、というか俺よりも彼女のことを知っているだろうから否定ができないだけなんだろうけど。


 ほんの少しだけ回復した橘がそっと顔を上げる。


「でも…黒崎君の周りには私なんかより魅力的な子がいっぱい居るでしょ、それなのに…」

「確かにハイスペックな人は多いけど、魅力的って言われると俺にとってはちょっとだけ違う。そもそも俺の周りで万人受けするタイプは凛月と君だけだし…」


 あまり難しい事を言うつもりは無いが、彼女達の認識と俺が人を見る認識とでは相違がある。

 何より、俺は俺にコンプレックスがあるから人を助けようとしている訳で、俺自身が魅力的な人間かと言われるとそれはないと断言できる。

 やっぱり、良い環境で育ったから今があるだけだ。


「んー…簡単な話をしようか、橘が思ってる黒崎真と、俺が俺だと思ってる黒崎真ではかなり違いがある」

「…そうなの?」

「橘にとって、黒崎真って奴はいつも優しくてどんな時でも頼れる人気者なんだよ、なんでそうなったのかは知らないけど」

「…そんな客観的に自分の事見れるんだ…」

「でも俺にとっての俺は…………ん、知ってるだろ」


 言わなくても、皆知ってる。

 俺が俺をどう思ってるのか、なんて。

 俺が名前も知らない誰かすらも、認知してる事があるくらいには。


 気に入らないけど、本当に無駄に有名になってしまっているから。


「だから、私…なの…?」

「まあ…うん、なんだ。君が思うよりも、俺は君に魅力を見出してるんだよ」


 あ、また赤くなった。


「……私もそんな事言われてみたかったな」


 夜空の呟きがそっと空気を凍りつかせた。

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