第104話 誰となら
翌朝、疲れ果てたように旅館の中庭で空を見上げる湊さんをガン無視して廊下を歩く。
何故かは分からない。ただ、湊さんの疲れた顔はついさっき、自分の部屋で鏡に写っていた自分に良く似ていた気がする。
親子ってのはよく似るんだろうか?それともそれを見て育ってるから、その方向へ自然と進むだけだろうか。
似ているが、確かな別人なんだろうな。
紗月さんに似てるのは凛月だと思っていたけれど、案外美月もそうなのかも知れない。
逆も然り、湊さんに似てるのは美月だと思っていたけれど、案外俺や凛月なのかも知れない。
一方で俺の相部屋だった渚は、俺の隣を歩きながらぽそっと呟いた。
「家の両親が仲良いのって、夫婦より恋人みたいな距離感だからなのかな」
そう聞かれて少し考える。
「んー…どっちかって言うと新婚っぽいだろ。尻に敷かれてる様な感じもないし」
「ある意味、男女がいい距離を保つ秘訣なのかな」
「あとはどっちも不倫の気が欠片もないって所じゃね?」
「美人は三日で飽きるって言うけど、あの二人一生あんな調子っぽいし」
「紗月さんは美人ってより美少女だな」
「流石に母親のこと「美少女」とか形容すんのはちょっと…」
「客観的に見たときの話な。長女が17歳の誕生日迎えてなお、コンビニで身分証明書みせる羽目になるレベルの童顔だから」
ふと、渚とそんな話をしていた時。
眼の前に美月と凛月が並んで歩いているところに合流した。
食堂という向かう先が同じなので、時間さえ合えばそうなるのは当然なのだが…凛月、美月の二人とは昨晩色々とあった。
二人が振り向いた先の視線は俺に…ではなくて、その後ろに向かった。
「…お父さんどうかしたの?」
凛月の純粋な質問。呆れる渚と「知らない」と一蹴する美月。
「…そっとしといてやれ。大人は大変なんだ」
「……あ……そっか。お母さん昨日ワイン飲んでたね」
「湊さんも飲まされてたな…天音さんに」
「二日酔いとか色々あるんでしょ」
「普通にヤリ過ぎじゃないかな…」
凛月お前言葉を選べよ。俺と渚が必至にフォローしてんのに。
ふと、チラッと美月が俺の方に目を向けて来た。
何故か、責めたような視線で見てくる。
…いや、渚が寝てる横でヤる訳が無いだろ、雰囲気には負けねえよ?
お前と違ってそんなに見境いのない性欲じゃ無いからな?
三大欲求の内、性欲と食欲は産道に置いてきたような人間だぞこっちは。
最近は本当に食べ物が喉を通らない日が多い。ストレスでも溜まってるのか、本当に食欲がない。
美月の視線には気付かないふりをして、俺はさっさと食堂に向かった。
旅館の貸し切りって中々滅多にやらないと思うんだけど…こういう、集団で大部屋一つ使えるのは良いなって思う。
そういう時に限って何も起こらないからな、本当に有り難い。
幸いな事に、本当に何もなく午前の時間を過ごした。
俺は午前中は旅館内で寛ぎ午後からどこか出掛けようと思って少しだけ手荷物をまとめた。
相部屋の渚はとっくにクロエと姉さんに連れられて何処かに行ったようだ。
「…さて、一人で旅館から抜け出せるか…?」
俺からすればそれが一番の問題点。
可能なら一人でゆっくりと街を散策したいところだ。
最近そういう時間まったく取れてなかったからな。
そうは思いつつも、隠れてまでコソコソするつもりも無い。
…が、偶然にも旅館を出るまで誰にも遭遇しなかったので心の中でガッツポーズしながらウキウキで、妙に軽くなった足取りを街に進める。
「あ、真!」
背後からの声を聞いて思わず逃げたくなる衝動を抑えて、一拍置いてから振り向く。
「あー…夜空、俺一人で…」
「一緒に行こ?」
「……どっかの大翔くんはどうした」
「
「アレに囲まれてデレるなって方が無理だろ、割とマジで人気のグループだぞ」
色々な意味で気の毒な男にため息を吐いて、仕方なく彼女の手を取った。
「彼氏が相手してくれないなんて可哀想だなー…」
「棒読みだし、そもそも付き合ってない」
「あれで……?」
そもそも並んで歩くと彼女に合わせなくとも同じくらいの歩幅、歩くスピードも何故か同じ。
霧崎辺りに見られたらまた面倒だなと思いながら、先の話を続ける。
「大翔も前よりはマシになったと思うけどな…」
「分かってる。でも…私だってもう、純粋な子供じゃない」
「それは知ってる。元々捻くれてたし、メンヘラだからアイツに丁度良いだろ」
「…メンヘラじゃない…。真は私の何が嫌なの…?」
「嫌だとは一言も言ってないだろ、高嶺の花だって言っただけだ」
「あんな人達連れて来た癖にそんな事…」
「言ってもお前、陸奥さんの妹じゃん」
どう言われても俺はノーダメージだ。
「…月宮ルカって私でも知ってるし、そんな人と幼馴染みなんだから、私じゃ不相応って言えば…」
「君で不相応なら相応な人間この世に居ないだろ、凛月とかああ見えて結構ポンコツだからな」
俺は知らなかったけど、美月の話では相当なシスコンらしいし。
「私の事口説きたいのか突き放したいのかハッキリして…」
「俺もワガママな人間だからな、ハッキリしないんだよ」
ずっとそうだ、ハッキリしない。
夜空に限った話じゃなく、美月と凛月の事も、霧崎の事もそうだ、俺の気持ちはあまりハッキリしてない。
「案外…大翔に嫉妬してるのかもな」
「えっ……?どうして?」
「だって、お前…俺の前であんな自然体な姿見せてくれないじゃん」
「………真ってそんな事…言うんだ」
意外そうに呟く夜空。
「何いってんの?俺は結構自分勝手で嫉妬深い方だし」
「そんなイメージ無い」
「なら俺の事知らないだけだな」
いつも誰かと一緒に居るけど本当は一人で方が精神的に楽だから好きだったり、最近は本当に自分の事を優先してる…つもりだ。
「…真は…。この旅行のメンバーで、誰なら付き合えるの?」
「凄え質問してくるな……」
誰と付き合いたい、ではなくて、誰なら許容できるのか…という質問。
「まあ、一人敢えて名前を上げるなら…」
とそこまで言ってから一人一人の顔と性格を思い出して行く。
凛月は無い、お互いにそう思ってるのは確認済みだ。美月は…どうだろう、悪いとは思わないけど…現状だと俺の方に彼女を受け入れられるだけの余裕が無いと感じる。
それ以外だと……割と誰の名前上げても納得できる気がする。
そんなに性格悪い奴とか居ないし……それでも、頭の中に残った顔は案外すんなり一人に絞られた。
「……橘六華かな」
彼女が一番、今の俺の心を理解してくれそうな気がする。
「えっ?」
突然素っ頓狂な声が聞こえて、すぐ後ろに振り向く。
まさか自分の名前が上がるなんて思ってなかったのか、その少女は「これからいたずらします」と言わんばかりに雨宮と二人で俺のすぐ後ろまで迫っていた。
「……なにやってんの?」
俺の声は静かな住宅街に小さくこだました。
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