第101話 柔らかな妬み

 俺が浴場を出たのは、凛月が大体脱衣所を出ただろうなと思う程度に時間が立ってから。

 凛月には反応が童貞っぽいとまで言われたが、生憎と俺は自分から女性に対して肉体関係を持とうと思って行動したことは無い。


 興味がないと言えば嘘になるが、それはそうとあまり積極性は無い。

 聞く人によっては怒るだろうが、俺からすればそれは割と手の届く物だから自分から手を伸ばす必要も無いと思っている。

 多少なりとも、女性関係に対してロマンチストな部分もあるのかも知れない。


 部屋に戻る途中、自動販売機とソファを見つけて少し座る。


 良くも悪くも、俺が恋愛とか性愛的な方面で強い興味を抱いたことがある人は一人だけだったりする。


「……やっぱ先輩かな…」

「どの先輩だよ」

「理緒先輩では無いです」


 不意に後ろから聞こえてきた声に、振り向くこと無く答えた。


「なら神里辺りに相談事か?」

「そんな所です」

「代わりに聞いてやるよ」

「神里先輩に告白しようかと」

「諦めろ」

「はい」


 そんな冗談はさておいて、理緒先輩は平然と俺の膝に腰を落ち着かせた。

 ふわりとこっちを見上げる幼すぎる少女の頬に流れた前髪を、俺は耳にかけた。


「…で、実際なんだよ?」

「俺小さい頃、一回だけ神里先輩と会った事あるんです。本人に言われるまで気付かなかったんですけ」

「…初耳だな。そんなに違ったのか」

「違いましたね。腰まで髪が伸びてて…凄く綺麗だったんですよ。俺その頃から凛月とか美月で、美少女は見慣れてると思ってたんですけど…。マジで見惚れるくらい美人だったんですよね。それ以来長い髪の女の子が性癖になるくるいには」

「……お前が女子の容姿について語るのは珍しいな。ガチなのか」


 これは結構真面目な話だ。

 白龍先生も美月も理緒先輩も、あえて言うなら霧崎も髪が長い。夜空は…どうだろう、もう少し長くても良いなって思う。

 なんであれ、俺が心を乱されたり落ち着かされたりするのはそういう相手ばかりだったのも拍車をかけている。


「…で、俺その一回だけなんですよ。こういう子が好きっていう明確なビジョンが浮かんだのって……なんですか」


 突然理緒先輩の視線が別の場所に移り、俺の首筋に触れた。


「……お前さっきまで何処で何してた」

「それ凛月にイタズラで付けられた奴です」

「イタズラでやる奴が居る訳ねえだろ」

「…やった本人にそこまでの気は無いんで…」

「そうかよ…」


 理緒先輩は俺に預けていた体を持ち上げると、唇を触れ合わせてきた。

 顔を背けることもできずに、しばらくされるがままだった。


「っ……。なんで理緒先輩が嫉妬するんですか」

「私にもちょっとしたプライドがあるからだな」

「凛月はマジでそういうのじゃないですから…」

「お前の周り顔の良い女ばっかり居すぎなんだよ、なんでこっちまでモヤモヤしなきゃいけないんだ」

「……いや、俺の近くに居た美少女は銀髪の双子姉妹と時雨だけですよ。高校入ってからは全部俺じゃなくて、俺の周りに居た奴の知り合いとか…生徒会だって、白龍先生に言われなかったら関わってないんで…」


 小さい体、ソファの上で膝立ちして俺の事をジト目で正面から覗いてくる。


「……何やってるんですか…?」


 聞こえたのは真冬の声が聞こえて、理緒先輩と一緒に振り向いた時。

 …なんかいっぱい居た…。


 六人くらいがこっちを見ていた。

 中村先輩とか南とか真冬とか霧崎とか。あと…後ろに橘と雨宮も。


「…揃いも揃って何してんだ?」

「何してんだ、はこっちのセリフっすよ!」

「私も混ざっていいですか?」

「あっ、ちょっと!」


 言いながら真っ先に南が俺のそばに寄って来て、雨宮の静止を無視してソファ越しに後ろから抱き着いてきた。


「あれ、真君まだお風呂上がり?ちょっと髪冷たいよ」

「……マジでスタンス変わんねえな」

「…どういう関係なんだそれは…」


 南のことは俺もよく分からない。

 多分、友達だとは思う。


 なんか疲れるな今日。

 思わずため息を吐いてから、理緒先輩を横に降ろして立ち上がる。

 部屋に戻ろうとしてから、一つ思い出した。


「…あ、そうだ。本当なら明日帰るんだけど…しばらく…具体的には一週間くらいなんだけど、残れる人居る?」

「え、あ…大丈夫だけど…」

「…私も残れるよ」


 名乗り上げたのは…霧崎……と橘の二人だった。

 思わず駆け寄り、橘の肩を掴む。


「あぁ…橘が居るなら安心できる。霧崎と二人は不安すぎるもんな…」

「えっ、あ…えっと…」

「…私とは不安なんだ……」

「拉致された事があるやつよりは、凛月とか雨宮と普通に友達やれてる橘の方が安心できるだろ…」

「真君って紫苑には本当に辛辣…」


 真冬の呟きはともかく、俺としては本当に安心できる存在が残ってくれて良かった。


「いっそ橘と二人で良いよ……」

「えっ。それは流石に…」


 と橘。


「良いわけ無いでしょ!?」


 叫んだ真冬。何故君が…?


「いいなぁ、ああ言うの言われてみたい」

「私も残りたいな…」

「分かる」


 雨宮と南は何故か理解り合う。


「ダメだな」


 自販機とにらめっこをしながらの理緒先輩にも、橘と二人っきりの状況は拒否された。


「駄目っすね」

「…私も残るから」

「なんなのお前等…」


 橘と二人の何が悪いんだよ。で、こいつら結局何やってたんだよ…?

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