第99話 願い

 夕膳を楽しんだあと、俺は凛月を見ててまだ入ってなかった温泉に向かった。


 その途中、丁度凛月に遭遇した。


「あ、真だ。せっかくだし一緒に入る?」

「……何のせっかくなのか分かんねえし、ここに混浴はないぞ」

「良いじゃんどうせ貸し切りだもん」

「何も良くない」

「話したい事あるんだもん」

「後で良いだろ…」

「じゃあここでみつと何あったのか教えて?」

「よし、一緒に入るか。流石に人に聞かせられねえってそれ」

「他所の人には聞かせられないことしたんだ…」

「あぁそうだよ」


 幼馴染みから告白されたのに、逆ギレして八つ当たりかましたとか誰に言えるんだ。

 寧ろ凛月に相談するのは有りだと思ってたから良いとしよう。

 混浴は知らん。


 脱衣所に入って、スルスルとなんの抵抗もなく服を脱ぐ凛月を横目に思わず溜息をつく。


「…お前もう少し恥じらいを持てよ」

「真と居るのに何を恥じらえばいいの?」

「普通は男の前で裸体晒すのは恥ずかしいものじゃないのかよ…」

「温泉なんだから気にしないでしょ?どうせ、所詮は真とだし」

「…どういう意味だ」

「そのままの意味ですよ〜」


 俺が上一枚脱ぐ内に、凛月はさっさと浴場に向かった。

 俺が彼女の方に一切視線を向けないのを良いことにタオルを巻くこともせずに歩いていったのだろう。


「…こういう意味なんだろうな…」


 俺が色々と気にするから自分は気にしなくて良いと。

 それを信頼と言うべきかかズボラと言うべきかは、人によると思う。俺はズボラだと思う。


「いや、美月もあんな感じだったな」

「おーい真、早くしなよ〜」

「…はいはい」


 呼ばれてしまったのでさっさと腰にタオルを巻いて向かう。

 なんで一人でゆっくりさせてもらえないんだろうな?


 美しい肢体を惜しげもなくさらけ出してバスチェアに座る銀髪美少女に再度ため息を吐く。


「なに、俺に洗えって?」

「御名答。気の所為じゃなかったら私さ、真と一緒にお風呂入るの初めてな気がするんだよね」

「それは俺が避けてきたからだな。一応言うと美月とも渚ともないからな?」

「あ、そうなの?みつとはあると思ってた」


 一緒にお風呂は入ってない。入った記憶があるのは白龍先生だけだ。

 …なんであるんだよ。


 指の間をサラサラと通り抜ける柔らかい質の髪にシャワーを当てて、シャンプーを泡たてる。


「……あのさ、真」

「…ん?」

「…思ったより手慣れてる?」

「ここであたふたしてたら、それ多分間宮真じゃない別の誰かだろ…」

「まあ、真はやるよね〜…」


 言いながら、凛月は楽しそうにゆらゆらと少し上体を揺らす。


「…あのさ、頼むから前ちょっとは隠してくれよ」

「なんで?」

「気になるからに決まってんだろ!」

「反応がドーテー臭いよ」

「知らねえよ。どっちだとしても俺は気にするんだよ」

「ここで童貞じゃないとか言ったりしないからな〜真は。実際どうなの?」

「どうでもいいからそのタオルで隠せって!こっち振り向くな!」


 それこそ美月とか白龍先生とかと色々あったけど。

 どちらにせよ、色々な意味であまり人に話すような内容ではない。


 ただ何となく、凛月には話しておいた方が良い様な気がした。


「……母さんが死んだって話を聞いた時、俺ちょうど林間学校に行ってただろ。白龍先生に、その話聞かされて…。なんか、流れで」

「……思ってた話と違う………。白龍先生って本当に真のこと気にかけてるよね…。それは、真の為でもあったんじゃないの?」

「そうだろうけど…。そういう行動を取らせた罪悪感はあるよ」

「…そういう行動に至る時点で、白龍先生がどんな想いだったのかは分かるけどね。それに、真を引き取ったのも多分同じ理由でしょ」

「…は?なにそれ」


 泡を流した後、雫が滴る前髪を上げながら凛月は振り向いた。


「愛してるんでしょ。真のこと…どうしようもないくらいに。家族ってのもあると思うけど、それ以上に一人の男の子として」


 そう言われて、何となく凛月の姿に紗月さんの影を見た気がした。


 自分が産んだ訳では無いのに、美月や凛月、渚達と同じくらいに俺を家族として愛してくれているあの人を。


 白龍先生は、それとは少し違うんだろうか。


「私はよく分かんないけどね、そういう…恋に近いのは。真以外の男の子に特別な想いを抱いたことは無いから…」

「…あるにはあるんだ」

「そりゃあ勿論。何だかんだ15年一緒に居るんだよ、家族とか姉弟とか…それ以上の色んな想いはあるよ。私だって真のことは「愛してる」って自信持って言えるもん。でも恋心かって言われるとなんか違和感あるんだよね…。あ、ほら交代」


 そう言って俺は今度は座らされた。

 これはこれで新鮮なんだけど、後ろに居る裸の女の子に頭を洗われるのって、なんかめっちゃ恥ずかしくないか…?


「…私は恋って、一方的な強い興味の事だと思うんだよね。だから気になるし振り向いて欲しいし、イメージと違うとすぐに冷める。自分が興味を持ってる物だからこう有って欲しいって願望も出る、逆にイメージ通り過ぎても人間味がないから、弱みを見つけても「それがギャップで…」とか言って盲目的になるんでしょ」


 俺の感情そっちのけで、さっきの話を続ける凛月。


 まさに、夜空が俺に向けてるのがそれだろう。

 一方的で盲目的な興味、感情。


「でも愛って、言っちゃえば思いやりだよね。恋が自分の為の興味だとすると…愛は相手を心から尊重する様な感情…かな」


 凛月が感情と言う曖昧なものに対して、ここまでハッキリとした言葉を使える…言語化出来る事に驚いた。

 …頭がいいってこういう事を言うんだろうな。

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