第97話 珍しい

「…ウミガメってエラあるのか?」

「どう見ても肺呼吸だろ…」


 達也と海人の常識すぎる会話を聞きながらスポーツドリンクを飲み干す。

 あらかた撮りたいだけの分は撮影が終わって、俺は一度パラソルの下に戻った。


「いや〜それにしてもよ、なんだよこの光景」

「ん?なんだ、誘わない方が良かったか?」

「ちげえよ、誘ってくれたのはマジでありがとうだけどな。これ集められんの凄えなって」

「半分以上凛月が集めたんだけどな」

「…なんか月宮ルカの本名を平然と呼び捨てにしてるの見るとやっぱ幼馴染みなんだなって実感するわぁ…」

「やっぱも何も幼馴染みだからな」

「てかよ、ルカのご両親ってあれ幾つなんだ?」


 海人のそんな質問には答えずに、視線を動かした。

 すると、紗月さんがいつの間にか海人の後ろにしゃがみこんだ。


「何歳に見えますか?」

「ォア!?」

「えっとぉ…?20代で通用すると…」


 海人は奇声を上げて、達也は慌てて答えた。


「私は凛月達のことを19の時に産みましたけど」

「年齢逆算できますよそれ」


 俺がそう言うと、紗月さんは何を思い出したのか…少し頬を膨らませた。


「私これでも三人産んでるんですよ?もうすぐ三人とも高校生なんですよ?何でコンビニで年齢確認されなきゃいけないんですか…」

「10代で通用してんじゃん…」

「…不便です」

「てか、紗月さんコンビニ行くだけでも目立ちませんか?」

「目立ちますよ?この髪色ですから」


 多分それに加えて、顔とスタイルと色気が原因ですけどね?

 ゆっくりと立ち上がった紗月さんの下腹部には帝王切開の傷跡が残っている。


 双子だと珍しい事でも無いらしい。


 視線を浜に戻すと、中村先輩と姉さんの二人が歩いて来た。


「中村先輩?なんか顔色悪いですよ」

「…ちょっと怠いだけっす」

「では私が見ておきますよ」

「ん…紗月さんも行っていいですよ?俺ちょっと話したいんで」

「そうですか…?では、お願いします。夏芽さんと…達也くんでしたね、それと海人くんも、行きましょうか」

「「は、はい!」」

「……あんまり学生を悩殺するのよく無いですよ…?」


 姉さんが慌てて3人を追った。

 …紗月さんは湊さん以外に興味ないから悩殺とか考えてないよ、多分。


 中村先輩をサマーベッドに寝かせて、スポーツドリンクを近くに置いておく。

 隣に座って顔を見合わせると、どうしてかフッと笑みを浮かべた。


「どうしました?」

「…あー…なんて言えば良いか分からなくなったっす。もう周りに気を使うのは条件反射レベルなんっすね」

「あぁ、紗月さん?気を使ったわけじゃないですよ」

「そうなんすか?なにか話したい事が?」

「生徒会の話でちょっとだけ」

「なんすか?」


 一瞬体を起こそうとした中村先輩を静止して寝かせる。


 …変なとこで真面目だよなあこの人。


「…生徒会室の割れた窓。聞いた話では、あれ他校の生徒のホームランボールが飛んで来たらしいんですけど…」

「そうらしいっすね」

「野球部の部費から払う羽目になったらしいんですよね」

「……えぇ…?何でそうなったんっすか…」

「さあ…?で、神里先輩がどうにか生徒会の経費から立て替えたいって言ってて…」

「…はあ…難しくないっすか?」

「教頭先生が、生徒会メンバー全員の同意を得られれば良いって」

「…あー…そういう話っすか…。りょーかいっす、そのうち署名するための書類作るっす」

「すみませんけどお任せします。俺にその権限無いんで」

「言われてみれば副会長やってるんすよね…これでも」


 中村先輩はそれをやるだけの素質も能力も備えてる。誰もそれに反対しなかったのが何よりの証拠。


「中村先輩って意外に自己評価低いですよね」

「そうっすか?」


 昔からの癖…というか、高校に入ってから顕著になりつつあった自覚はある。

 俺はどうも女子との距離感を間違える事が多い。


 理由は色々とあるだろうけど、一番大きな理由としてはやはり…客観的に見て俺の外見が女子に近いせいで…女子側からの距離感が狂う時があるからだろう。


 俺は特に意識した訳でもなく、中村先輩の前髪を上げるように額に触れていた。


 はっきりと見えた中村先輩の顔立ちは、それが当たり前であるかの様に整っている。

 今まであまり感じたことは無かったが、自分よりは低い身長と、状況、その顔立ちも相まってとても幼い印象を受ける。

 触れていた額は少しだけ熱を持っている。


「な…何やってん…っすか…?」

「…いや、別に…。ちょっと熱っぽいですね…。容態からして軽い熱中症かな。氷枕出しますよ」

「…お願いするっす」


 どこしまったかな、念の為持ってきてたんだけど…。


「あ、あの…今更っすけど、その…」

「はい」

「…そのラッシュガードって…そういう事っすよね」

「あー…中?まだ包帯巻いてますよ」


 どこもかしこも一日二日で治るような傷じゃない。

 今の所問題は無いが、今日は撮影以外で海に入るつもりは無かったしそんなに時間もかからなかったから大丈夫だろう。

 ただまあ…右手に関しては、海水につけるべきじゃ無かったなと入ってから少し後悔した。


 何を思ったのか、中村先輩はスーッとなんの前触れもなくさり気なく、俺のラッシュガードのファスナーを下に降ろした。


「……えっ?何やってんの?」

「あっ…や!なんか、あれ?何やってんすか私!?」

「こっちのセリフだわ…なんで急に脱がしてきたの?」

「やっ?なんでか…ってか、スタイル良っ…腹筋綺麗っすね…。包帯巻いてるの勿体ないっす」

「感想は求めてねえし…」


 ファスナーを一番上に戻して、中村先輩の頭が合ったところに氷枕を置いて寝かせた。


「あと大丈夫ですか?心配なら側にいますけど」

「あ…いや、大丈夫っす!」

「…まあ、無理はしないように」


 言って立ち上がろうとする。

 ふと、相変わらずの無表情で美月が駆け足でやってきた。


「…どうした?」

「凛月が溺れた」

「……冗談…じゃ、なさそうだな、どこだ?」

「こっち」


 …珍しい事もあるもんだな。

 凛月だし、そう言うのは無いと思ってたんだけど…。

 …いや、考えてる場合でもないか。


 案の定と言うべきか…。全員集まって…中心に凛月が倒れており、息を乱した白龍先生が診ていた。


「どいて」


 少し強引に割って入り、凛月の近くにしゃがみ込む。


「凛月、返事して、聞こえてるか?」


 応答は無し、どうやら意識は無いようだ。

 呼吸をしていない、心肺停止状態だろう。


「…チッ…。先生は、気道確保。…美月、何枚かタオルもって来て、紗月さんハンカチ持ってるよな、借りるよ」

「救急車呼んだほうが…」


 霧崎の言葉に俺は顔を向けずに答えた。


「呼んで待つ暇があったら俺がやったほうが早い」


 流石に白龍先生は教員をしてるだけあって、やる事を分かってくれる。


 人工呼吸を2回。

 循環している事を確認して、心臓マッサージと人工呼吸を繰り返す。

 心肺蘇生中、水を吐いたら顔を横向きにして指にハンカチを巻いて異物を掻き出し、また心肺蘇生。


 それを十数回繰り返すと…意識を取り戻した。


「けほっ…ゲホッ…!うぁ…」

「…凛月、見えてるな?分かるか?」

「ぅ…うん…」


 凛月の返事を聞いて、取り敢えず胸を撫で下ろす。湊さんが近くにしゃがんで凛月の頭を軽く撫でる。


「…取り敢えず良かった…。白龍、凛月はどうしたんだ?」

「クラゲ…かな。足に触手がついてる…これは洗った方が良いね」

「なら、触手は取り除いて、念の為海水で洗って下さい…」


 俺はそう頼むと、湊さんが頷いて足の処置を始めた。


「…凛月、呼吸がしにくいとかは?」

「……ない……」


 美月からタオルを貰って丁寧に体を拭いていく。


「天音さん、この辺に病院って…」

「無いね。遠いんだよね…」

「なら、俺が付いておきます。あー…一応、白龍先生は手伝って下さい」

「分かったよ」

「渚、近くに自販機あっただろ?悪いけど温かい飲み物買ってきて」

「分かった」

「…今日はもう、旅館に戻ろう。時間も時間だし…」


 俺がそう言うと、皆は小さく頷いた。

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