第91話 欅の上のサッカーボール
翌朝、右肩に強い痛みを覚えてから、俺はかかりつけの整形外科へ向かった。
色々と診察してもらったところ、MRI検査をすることになった。
その結果…
「…腱板断裂…?」
という、肩関節にある腱板が裂けている状態。
まあ、肩の腱を怪我した、とのことらしい。
肩を動かすだけで変な音を感じたのはおかしくないらしい。
一体何があったのかと聞かれて、とりあえず答えた。
この人にはいつも迷惑かけてる感じがして申し訳ないが、仕事だと割り切って欲しいところ。
「…よう脱臼せんかったな…」
「えっ?あ、はい…」
「手術すれば元通りに戻るが、リハビリに時間がかかるぞ…高校のこともあんだろ、どうする?」
「あー…しなくても大丈夫なら…」
「今の所、悪化させなきゃ私生活に問題はなくなるって見解だ」
加齢によって弱った腱が切れる、という例が多いそうだが…外的要因から…というのも決して無い話では無いらしい。
とりあえず、自然修復は不可能でスポーツに没頭してるとかじゃない限り保存療法が妥当らしい。
「重い荷物を上げたり、上からおろすような様な運動やら動作は控えること。まあ要は安静にしろ。湿布薬はだしとくぞ」
「はい」
「自然修復はしない、それは頭に…って、今更お前に説明する必要はないか」
「や、そこは仕事でしょ…」
「強い痛みは二、三週間は続くかもな…夏休み中は絶対安静、分かったな」
「…はい」
そんなわけで、取り敢えず湿布だけ貰って医院を出た。トートバッグを持ち歩くのも久々だな…なんて考えながら、駅に向かう道中の見慣れた公園から突然、サッカーボールが飛んで来た。
「あっ、すみま……って、間宮さ…じゃないや、黒崎さん!」
言い直さなくて良いんだけどな。
9歳くらいだったか、橘六華の弟で俺のことを恩人だと言って慕ってくれる小学生。
確かに体張って助けてくれた人…か。考えると恩人と言われても何らおかしくは無いが、この年齢の子にそんな言い方されても困る所だ。
公園に入って、ボールを手渡した。
「よう、颯人。元気してるか?」
「は、はい。俺は元気ですけど…」
「おーい颯人何やってって……あれ?その人…」
どうやらサッカーの友達か何かだろう、十人近い小学生が集まってきた。
「あ!その人!」
「あれだよな、黒崎真!」
流石現代の小学生と言うべきか、クラリスの圧倒的インフルエンサーっぷりに感服。
「学校の庭で泣き叫んでた人!」
「恥ずいからやめてくれ」
「黒いにーちゃん人助けするんだろ?俺たちのことも助けてくれよ!」
「えっと…?なんか変な尾ひれついてんな。取り敢えずなんかあったのか?」
あと黒いにーちゃんはどこの誰なの?もしかしなくても俺のこと?
取り敢えず何があったのか颯人に聞くと、気まずそうに呟いた。
「…木の上にボール引っ掛かっちゃって…俺達じゃ登れそうも無いしどうしようかって…」
「ああ、そういう事…。良いよ、どこの木?」
「こっちこっち!」
…毎回こういう、子供の軽い手助けとかだったらマジで大歓迎なんだけどな…。
連れられてきたのは公園のど真ん中。
夏らしく青々と茂っているとても大きな幹の
その木の下で見覚えのある顔が二人、木を見上げていた。
「橘…と、雨宮か?」
「あっ?え…?あ!」
「っ!?ま、間み…じゃなくて、黒崎…くん?」
変な所で姉弟発揮してくるなあ…。
別に言い直さなくて良いのに。
「久しぶり…でもないか、二人とも。ちょっとぶりだな」
「な、なんでここに…?」
「病院の帰り。そっちこそ、美人二人で何やってんだ?」
聞いては見たが、この二人は現在凛月のクラスメイトらしいので別に一緒に居ておかしな点は無い。
ただ、双方は…雨宮と橘の両方と俺が知り合いだと知ってるのかどうか。
「私達は…っ…て、時雨も…まみ…黒崎君と知り合いなの?」
「中学校の時クラスメイトだったから…」
「そ、そうなんだ…」
「むしろ六華は?接点ないんじゃ…」
「私…弟を、助けてもらった事があって」
「あ…えっと…えっ?もしかしてあの動画って…」
「……うん…」
「そ、そうなんだ……」
なんか納得し合ってるのはともかく、六華と時雨って…呼び捨てにし合うくらいの仲なの…なんか良いな。
めちゃくちゃ目に優しい。夏服でさえなければ。
夏服だともはや薬を通り越して毒だ。
それはそうと、取り敢えず木を見上げた。
入り乱れた枝の隙間に挟まっているが、そこにたどり着くまでには高い木の幹を登る必要がある。
もう一つのボールを同じ所まで飛ばして両方落とす、というのは絶望的だろう、多分二つ目が上に挟まるだけだ。
「目測5メートルってとこかな…結構高く上げたな…」
「拓也がすぐ蹴り上げるから…」
「えぇ!?上げたの俺じゃねえし!」
「半分以上拓也のせいだろ!」
「ほら喧嘩すんなって、ちゃんと取ってやるから」
「えっと、まみ…じゃない。黒崎君、とれるの?」
「…ん…。まあ行けるだろ。あと言い直さなくて良いよ。もしくは真で良い」
「あ、えっ?」
俺は橘にボディバッグと湿布の入ったトートバッグを手渡して軽く伸びをした。
肩に痛みはあるが、まあそんなに使うってわけじゃ無いし大丈夫だろう。
少しの助走をつけて、走り出す。
反り立つどころかほぼ垂直の木の幹を蹴り上げて一気に駆け上ると、思ったよりも余裕で木の枝まで手が届いた。
後は簡単、丈夫そうな太い枝に右手をかけ、すぐにそっちの枝にぶら下がり、懸垂の要領で体を持ち上げて木の枝の上に立った。
そこからは手を伸ばして届く場所にあったので、さっさとボールをつかみ取って…
「よっ…」
…飛び降りる。
「えっ?」
「ちょっ!」
「「「まじで??」」」
「「うそぉっ!?」」
まさか飛び降りて来るとは思わなかったのか、雨宮達は慌てて距離をとった。
ドスッと音と砂埃を立てて着地。
少し足が痺れたが……校舎の二階のベランダからアスファルトに向かって飛び降りた時よりは痛くない。怪我もしないから大丈夫。
小学生の時にそんなこともあったなあ、なんて思いながら
「ほら、取れたぞ」
とボールを蹴り渡した。
「す、すげえ!忍者みてえ!」
「怪我するから真似はすんなよ」
「え〜黒い兄ちゃん怪我してないじゃん!」
「俺は専門家みたいなもんだから」
「なんだよそれ〜?」
「あ、あの…ありがとうございました!」
颯人にそう言われ、俺は軽く手を上げた。
「どういたしまして。何かあったら言ってくれよ、俺も少し公園に居るから」
「「は〜い」」
返事してサッカーよりも木に夢中な小学生達を眺めてから、美少女二人に向き直る。
「ベンチで少し話さないか?」
「あ、え?うん…」
「そうだね、話そっか」
何故か分からないが、ツヤツヤしてるベンチって一回触って塗りたてじゃないか確認したくなる。
塗りたてじゃないって分かっててもやってしまい、なんか気恥ずかしくて落ち葉とかを払ってるふりをする。
「…なんか、最近大変そうよね、間…宮君は」
「大変って言うか…まあそうだな、ちょっと精神的に辛い時期…かも知れない。すれ違う人皆に顔も名前も知られてるって、なんか…すごく嫌だし気持ち悪く感じるんだよ」
「……それ、私の前で言うかな」
つぶやく雨宮に、俺は少し声を潜めて言った。
「雨宮は慣れてるだろ?なんせあの栗山陸奥とダブル主演な訳だから」
「……えっ?ちょっ!?なんで知って…」
身を乗り出して狼狽えまくる雨宮に向かって、口元に人差し指を立てる仕草を見せた。
少し落ち着きはした物の、友人の突然の狼狽に橘も頭の上に疑問符を浮かべている
「元々映像関係の裏方志望で、今はクラリスの撮影班手伝ってるくらいなんだから…流石に色々知ってるんだよ」
「あ、あんまり驚かせないでよぉ…」
「なに話してるのさっきから?」
「気にしないで、秘密の話」
「流石に気になるよ?…まあでも…時雨のことより間宮君の事の方が気になるけど」
「あ、それは私もそうだよ。ルカじゃなくて、…りつと幼馴染なのは知ってたけど……」
二人には家の事情を軽く説明した。
黒崎、という名字に変わった理由も含めて色々と、掻い摘んだ説明にはなってしまったが。
「…ど、どうしよう六華…なんて言えば良いのか分かんない…」
「ちょ、私に聞かないでよ本人居るんだからそっちに…」
「そうなると何て答えれば良いんだよ俺は?」
二人のやり取りに思わず突っ込みを入れた。
なんて言えば良いかな?なんて聞かれた時の正解は流石にわかんねえって。
「まあ、別に心配しなくて良いよ。その内、時間がどうにかしてくれる様な問題ばっかだし、今はどうもしようがない事だから」
「そ…うかも、だけど…」
どこか浮かない顔をした二人が顔を見合わせた。
「あ、そうだ。二人とも今度予定空いてるか?」
「今度って?」
「どっかの双子の誕生日」
「…今月の、9日ってこと?」
「8日と、9日な」
「「えっ?」」
「ん?」
「えっ?双子でしょ、二人とも9日生まれじゃ…」
「うん?ああ、あれね。美月が面倒くさいからって合わせてるだけで、二人は日またぎで生まれた双子だから、誕生日の日付が1日だけ違うんだよ」
「そんな事あるんだ…」
美月が面倒くさがるから誰も気にしないが、俺は毎年二人に別々でプレゼントやお祝いをしていた。
「今年は、大人数で海でも行こうと思っててさ、二人も予定空いてるかなって」
「「空ける!!!」」
お、おお…食いついて来た。
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