第86話 硬式球

 人々の好機的な視線にさらされて居心地の悪い道中を切り抜け、生徒会に入ると…中村先輩が一人でなにやら書類とPCに向き合っていた。


「おー、今話題の黒崎じゃないっすか。どもっす」

「どうも、中村先輩。しばらくお世話になるんで、よろしくお願いします」


 軽く挨拶すると、眠そうな目をこちらに向けた。


「……手伝いますか?」

「あー…いいすか?じゃあ、これ頼むっす」

「見せて下さい」


 そばに寄って、書類を確認。

 意味が分からずしばらくぼーっと眺めてしまった。


「学校説明会のアンケート作成と……これ生徒会の管轄じゃないですよね」

「しゃーないっすよ。先生もキャパオーバーなんっす。手伝えることは全部結月が持ってくるんっすよ」

「成程、松坂先輩も辞めるよこりゃ

「これは関係ないっすよ……多分」

「…はあ…やりますよ…」

「あざっす」

「…毎年違うアンケート作ってんのか、大変だなぁ…」

「規定やら基準やらがコロコロと変わるから色々と手を焼くらしいっす。なんか新任教員の退職率が上がってるとか」

「そりゃ毎日不安定な時期のガキの面倒見てんのに給料上がんないなら、辞めもしますよ…」

「…そうっすね…あ、これこっちのテンプレで纏めて…」

「前年のじゃないのかよ…」

「面倒っすよね」

「面倒っすね、確かに」


 愚痴を言い合い時に笑い合いながら作業を進める。

 中村先輩二人だけの時間というのも案外心地良い物で、接しやすく話しやすいし小言を言い合えるのも好感度上がる。


 こういう先輩後輩の普通のやり取りも良いな…なんて思って居ると、不意に嫌な音がした。


「先輩っ!」

「…なっんぐ〜〜!?」


 咄嗟に中村先輩を庇うように抱き寄せると…パリィンと効果音でも付け足したかの様なガラスの割れる音、それと一緒に飛んで来た飛来物を素手でキャッチした。


「いっ…」


 飛来物は…硬式球、野球部で使われているボール。

 それと一緒にガラスの破片も掴んでしまったせいで右手が血だらけになっていた。


 それよりも、こんなところまでボールが飛んできたことに驚いた。


「…冗談だろ…」


 割れた窓は中村先輩の真後ろ。

 窓のあった場所からは、確かに…グラウンドが見える。

 野球部の面々は練習試合を行っていたのか、赤柴とは別の高校のユニフォームも見えた。


 ……何メートル飛ばしたらこんな所まで…。


 下手したら中村先輩の後頭部に直撃していた事を考えるとゾッとする話だ。


「中村先輩、怪我はないですか?」

「いや、大丈…って!?…人の心配してる場合っすか!?手やばいっすよ!救急箱…えっといや、保健室…の前にえっと、ついて来て下さいっす」


 手を引いて廊下に連れて行かれた。


 …あれ?なんか中村先輩可愛いな。

 なんか凄くいい人って感じがする。


 取り敢えず先輩同伴で手に刺さったガラスの破片を取り除きながら水道で手を洗う。


「…っ…」


 さっきまで何とも無かったが、そうして弄りまわされると流石に痛い。


「…これで全部っすね」


 先輩はハンカチを取り出して俺の手を強めに包んで握った。

 そのまま保健室まで連れて行かれる。

 丁寧に水気を拭いて消毒、小さい傷が沢山ある感じなので手全体に薄く包帯を巻かれた。


「…取り敢えずこれでオッケーっす」

「あの、ありがとうございます…」

「それはこっちのセリフ、庇ってくれて助かったっす…まさかあそこまでボール飛ばしてくるなんて思わなかったっすね…」

「軽く100メートルはありますよね」

「それくらいはあるっす…。にしても、よく気付いたっすね」

「いや、まあ…なんか…偶然…?」


 俺の嫌な予感は的中するから…何て、言っても信じないだろう。俺だってそんな事を言われても信じない。


 実際の所は外から、風を切る音がしたからだ。

 流石に校舎の二階、それも端っこの部屋で窓の外から異音が聞こえたら嫌でも何かあると思う。


 それを聞き取れるだけの耳、聴覚が異常な自覚はあるが…それはファンタジーにあるその人にしか聞き取れない音、なんかじゃなくて…ただ本当に耳が良い、というそれだけの話。


 生徒会室に戻ると、椿先輩二人と理緒先輩、神里先輩ほ三人に加えて花笠詩歩さんと霧崎紫苑も一緒に…教室内を唖然とした様子で見ていた。


 ふと、桜井さんがこっちに気付いた。


「ああ、おはようまみ…じゃなくて、黒崎君。実は今…」

「あー…知ってるよ、俺達が居た時になったから」

「えっ?でも……ってその手!」


 桜井さんが俺の右手を指さすと、生徒会の面々の視線が一気にこちらへ向いた。


「ちょっ!それ大丈夫なの!?」

「いや〜実はっすね」


 それから中村先輩は事情を説明した。


「…そんな事あるかな?」

「あったんだから仕方ないっすよ。そこに血だらけのボール落ちてるじゃないっすか」

「…まあ…先ずは掃除しよっか」

「「「はい」」」

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