第85話 姉弟仲

 夜、俺はその怪我で風呂はやめとけとかかりつけ医に言われていたので、姉さんに背中を拭いて貰っていた。


「…アンタ傷跡多くない?異世界にでも行ってたの?」


 …おかしいな、行ってない筈だ。


 俺は何となく自分の体に目を向けた。大きく残った傷は二つだけだ。

 一つは左肩にある一文字の切り傷跡。もう一つは左の肋にある痣になった打撲痕。

 どちらも、相当な時間が経たないと消えないらしい。

 それ以外でも所々傷跡はあるが、大体が転倒や転落、引きずられる等で付いた擦り傷や切り傷。


「せっかく綺麗な体してるのに、もったいないわね」

「なんか嬉しくない……痛っ…」

「見てるこっちの方が痛いわよ」

「…ごめん…」

「別に謝んなくても…人助けたんでしょ?」

「助けてって言うか、不審者捕まえただけで」

「素直に助けたって言いなさいよ…」

「いや、だからんにゅあぁっ♡!?!?」

「…!?」


 突然全身を巡った雷撃により、喉の奥からとんでもない声が発せられた。

 実際にはただ、タオル越しにきゅっ…と耳を触られただけなのだが…。あまりにも不意打ち過ぎた。俺にとっては身体にナイフが刺さるよりも精神的に痛い攻撃だ。


 脇腹の痛みなど気にすることもなく体を震わせて左耳を抑えた。


 思わず姉さんを睨みつけると、そ〜っと俺の顔の横に手を伸ばして来た。


 ふと、その後ろのドアが開いた。


 部屋に入ってきたのは…白龍先生。


「なにやって……えっ…?」

「あっ、えっと…」


 白龍の目に映ったのは、上半身裸のままタオルを胸に抱いて耳を抑えながら涙目で恨めしそうに夏芽を睨む美少年と、そんな美少年にそっと手を伸ばす寝巻き姿の夏芽。

 なお、二人は瓜二つと言える程に顔が似ている模様。


「な、夏芽?なにを…やってるの…?」

「えっと、白龍先生…?多分誤解してますよ?私は真に頼まれて…」

「頼まれて…泣かせてるの?」

「ち、違いますってば!」

「そもそも、さっきの声は…真?」

「そうですけど、そうじゃなくてですね…?あーもう、真!アンタが説明しなさいよ!」


 必死になってる姉さんと、完全に困惑してる白龍先生。

 俺はどうしてか言う事の聞かない体を持ち上げた。


「…あの、大丈夫です…白龍先生」

「ほ、本当に?顔真っ赤だけど…?」

「…大丈夫です」

「……夏芽、あんまりイジメちゃ駄目だよ…?」

「「いじめ(られ)てません」」


 白龍先生が部屋を出ると、姉さんがゆっくりとため息を吐いた。


「…アンタが変な声出すから…」

「……出したくて出してる訳じゃ…」

「…で、何よ急に?」

「……耳触られるのダメなんだよ」

「その顔で言われると本当にイケナイ事してる気分になるから辞めて。私の前でその顔はやめなさい」

「…姉さん、次から耳は触らないで」

「………案外単純なカラダしてるのね」


 やめろって言ったのにすっと手を伸ばしてくる。

 ただ今度は不意打ちではなく、真正面から。

 軽くベッドに押し倒されると、ふにふにと耳たぶを触られる。


「っ…ん…」

「変な声出すな」

「なら触んな…」

「面白いのよ反応が」

「触んなって」

「抵抗したら?」

「できたらやって…」


 ガチャ


 また白龍先生が部屋に入っていた。


「………」


 呆れ様な、どこか背徳的な表情でこっち見ている。


「「あっ…」」

「…夏芽、真が魅力的なのは分かるけど…」

「誤解ですから!」

「流石に言い逃れできないんじゃない…?半裸の弟を押し倒して喘がせて気持ちよくなってるのは…」

「ち、違いますってば!言い方どうにかして下さい!」


 姉さんはしばらく誤解を解こうと必死に弁明していたが、話せば話すほど…弟の体を触って楽しんでる変態お姉ちゃんになりつつあることに気付いているのだろうか。


 取り敢えず不毛なやり取りをしてる母と姉の横でさっさと着替え直した。

 白龍先生が一旦納得して部屋を出て行った。


「あのさ、取り敢えず姉さん…膝から降りて。いつまで人のこと馬乗りにしてんのかな」

「あっ、ごめんなさい」


 やっと膝の上から退いた姉さんの頬をつつく。


「……何よ」

「いや、別に。ちょっと前まで俺の事大っきらいとか言ってた人の行動じゃ無いよなとか思っただけで」


 随分とラフな行動をするようになった物だ。


「…別にいいでしょ、最初は似てると思って嫌だっただけで…」

「今は似てない?」

「……取り繕ってるアンタは嫌いだけど、普通にしてるアンタは…アイツとは全く別だから」


 言いながらふいっと目を逸らした。顔がそっくりってこともあって距離を詰めやすいんだろう。

 その気持ちは正直わかる。

 そんな異母姉の様子を見て俺は何となく抱き着いた。


「っ…ん!?はあ?なにやって…」

「いや別に。可愛いお姉ちゃんに甘えたい弟の気持ちになっただけ」

「意味分かんないし…」

「だいぶ分かりやすく言っただろ…」

「で、なによホントに?」

「仲直りにぎゅーってしてるだけ」

「そんなキャラじゃないでしょ、無表情で何言ってん……」

「そうだ、真に言い忘れて…」


 またも白龍先生が入ってきた。

 …さっきからイチャイチャしてる異母姉弟を見てどう思うんだろう…。


「………」

「白龍先生どうしました?言い忘れたって…」

「…明日、生徒会あるから学校来てねって…」

「分かりました」

「………姉弟の距離感かな、それ」

「俺と先生の距離感も相当おかしいですけどね?」

「っ……まあ、ほどほどにね」


 何かイケナイ事でも思い出したのかそそくさと部屋を出ていった。


「…アンタ白龍先生と何かあったの?」

「無かったらあんな反応されねえだろ」

「なに、もしかしてヤッたの?」

「……よく分かったな…」

「…………は?マジ?」

「…あ、え?当てずっぽうで言ったの?」

「アンタマジで?教師に手出すとか…」

「逆だって」

「……襲われたの?」

「襲われたって言うか、精神的にやばかった時に…なし崩しで……童貞奪われた」

「…よく養子になろうと思ったわね」

「姉さんと、クロエが居るからまあ、大丈夫かなと」

「……白龍先生がねえ…意外」

「それは同感」


 何故か一層、姉さんと仲良くなれた。

 明日にはまたトラブルに巻き込まれるとも知らず、俺は深夜まで姉さんとイチャイチャしていた。

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