第84話 理不尽

「…本当に頑丈だなお前」

「………まあ、あるあるの範疇ですよ…」

「お前の人生ハードすぎるだろ…。本当に日本で生活してるか?」

「俺の周りは治安が悪化するんで」

「…ここまで来ると同情の仕方も分かんねえよ…」

「同情より治安と秩序を下さい」

「願いがあまりにも切実だな」


 病院に迎えに来てくれた湊さんと小言を言い合いながら、俺は家に帰った。

 出迎えてくれた白龍先生に頭を撫でられる。


「…拓真に話聞いたよ、毎日大変だね本当…」

「俺やっぱり外出しない方が良いんですかね」

「んー…偶には無理にでも逃げて良いんじゃない?」

「逃げたら他の人が怪我しますよね」


 そうなるくらいだったら、脇腹にナイフを刺される程度では声を上げる事も無い俺が怪我した方がよっぽど良いのでは無いかと思ってしまう。


「……優しいね、真は」


 それから、優しく背中を押されて家に入った。


 外ではまだ湊さんと白龍先生が話している。


「……どうにかできないのかな、あれ」

「さあな…正直、アイツの人生は昔っから…どこもかしこも運が悪すぎる。気休めだろうが、今度お祓いにでも行ってみたらどうだ?」

「…検討しておくよ…。パワースポットとか探してみようかな」

「オカルトに任せても、意味有るのか分からないけど…他に思い付くのは、家に縛り付けておくくらいか?」

「真は悪い事何もしてないでしょ。真に理不尽な事はしたくないよ…」

「アイツの人生理不尽ばっかりだけどな。親の事も、アイツの自身の不運も……。どこまでも能力があるばっかりに、どんな無理難題でも解決できちまうからな…」

「誰のせいって訳では無いんだろうけど、助けてあげたいって思うのは勝手な事なのかな?」

「……分かんねえな、俺にも」


 盗み聞きしている様で気分が悪かったが、別に盗み聞きしたくてしてる訳じゃない。


「…痛ってえな…くそっ…」


 人前だと心配されたくなくて、迷惑かけたくなくて、強がって慣れてるふうに見せる。実際、人より痛みに強いとは思っているしそれは間違いでは無いだろう。


 少しふらつきながら部屋に戻る。

 …いつだったかもこんな事になったな…。

 ふと、何故か俺の私室からクロエが出てきた。

 いつもと様子が違う……なんて事もなく、とても普通にそれが当然であるかの様に。


「あ、おかえりお兄ちゃん」

「……ただいま、なんで俺の部屋から出てきたんだ?」

「…?お兄ちゃんの部屋に居たから」

「いや、ならなんで俺の部屋に居たんだ?クロエには俺の部屋に入る理由があったのか?」

「特に無いよ?」

「えぇ…?」

「お兄ちゃんの部屋は居心地良いから居た」

「……?」


 なんかよく分からないが、居心地の良い部屋に感じるらしい。

 まあ何度かあった様だか荒らされた事は無いし、PC類に触られなければ別にやましい物もない。


「…クロエさ、凛月達と同じグループ入る気無いか?」

「えっと、クラリス?」

「そう、それ」

「……私が…?」


 汐里と全く同じ反応するじゃん…。


 まあ、汐里と同様にルックスは文句無し。

 寧ろ凛月の銀髪とクロエの金髪は相まって素晴らしい物になる。

 それはあっちの家で確認してるから間違い無い。


 今のクロエの学力なら赤柴高校は問題無く入れるだろうし、汐里との仲も深められる。


 何より、クロエの歌が上手いのは…姉さんのお墨付き。


 何故一緒にカラオケ行ったのかは知らないが、多分街の案内してたとかだと思う。

 …二人ともこの街良く知らないだろうに。


「クロエなら問題無くこなせるだろうし…何より、世の中を知れる機会でもあるだろ?一つの視点じゃなく、色んな視点から」

「……そう言われると、やってみたい…」

「なら、今度詳しく話すから…クラリスの事調べるなりしてみてくれ」

「うん!」


 それだけ言って部屋に戻り、ベッドに転がる。


「…ん……?」


 なんか枕湿っぽい…。

 もしかして俺の部屋で寝てたのか?

 居心地良い…とは言ってたから別におかしくはないが。

 だがベッドの上は特に荒れてなかったし、


 何となく部屋の中を確認する。

 やはり不審な点は無い。


 ……いや、待てよ?


 部屋を出る前に整理しただけなのか?

 そもそも、この部屋に娯楽用の何かは置いてない。

 俺ですらこの部屋では寝るかPC類に触れてるかの二択だけだ。


 マジでやること無いはず。


 一つだけ、想像ついたが…まあ、それは無い…筈だ。


 ……流石に無い…よな?


 何となく気になって枕の匂いを嗅いだ。

 クロエの使うシャンプーと、少しだけ汗の匂いがする。


 聴覚と違って嗅覚は一般人レベルだからやはり判断しかねるが…。


 この季節、部屋はずっと換気してあるがそれでも暑い。多少、体が熱を持っていても不審には感じないだろう。さっきの様子からは特に汗をかいてる感じもなかった。


 …一旦、グレーって事にしておくか。


 なんか、あんまり妹のことを疑いたくは無いが…なんせ名前が「黒崎クロエ」なので、黒を疑わざるを得ない。


 …にしても、流石に…な?

 腹違いのお兄ちゃんの部屋で自慰行為とか…流石にリアルには無い……よな?


 その後クロエが風呂場から出てきたのを見て、より一層疑惑が強まった。

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