第83話 スカウト

「……って事なんだけど、どうかな?」


 夏休みに入ったばかり。

 彼女は今年受験生で、少し前から俺が勉強を見てあげている。

 期末テストの点数は中間と比べてとんでもなく、上がっており…今も授業についていくのが凄く楽になったと嬉しそうに話していた。


 そして、つい最近のニュースや知り合いとの話題で名前が出てくる俺のことを気にかけてくれていた。


 彼女は栗山汐織。元々は人気子役で現在は超人気の女優となっている栗山陸奥の妹である。


 人の居ない図書館に呼び出されて何の話をされるのかと思ったら、クラリスの新メンバーのスカウトをされるのだから、ポカンとするのも仕方ないだろう。


「……えっと…私が、ですか?」

「そう」

「……え?」

「嫌、かな?」

「ま、待って下さい…?まずなんで…ってそっか。月宮ルカの幼馴染…なんですよね。前に言っていた幼馴染さんの話とも一致しますし…」

「そういうこと。俺もクラリスの関係者なんだよ、一応。そんで…社長さんに頼まれたんで、取り敢えず君の所に来た」

「な、なんで私なんかを……?」

「ん…ルックスは文句無しだろ?」

「正面切ってそう言われましても…」


 恥ずかしそうに頬を赤らめて目を逸らした。

 なるほど、前と違って外見を褒めると照れるようになってるな…大分好感度上がってんだな…。

 この子からの好感度アップはちょっと嬉しい。


「別にルックスだけの話じゃねえよ。栗山陸奥の妹っていう圧倒的な話題性とか、打算的な理由も無い訳じゃない。君自身のポテンシャルは俺が保証するし……それに、君確かクラリスのファンだったろ?部屋にグッズあったくらいだし」

「よく覚えてますね」

「…で、どうかな。ご両親に相談は必要だろうけど、考えるだけ考えて欲しい」

「……多分、両親には言わなくても大丈夫です」

「…陸奥さんの例があるからか?」

「それもありますけど……元々、両親は私に期待してないので。いっその事…見返すチャンス、ですよね」

「…そう言ってくれるのは有り難いな」

「前向きに、検討させて頂きます」

「ああ、伝えておく。具体的な話は社長を交えてまた今度、もう一人と一緒にな」

「…もう一人、ですか…?」

「ああ、君と同い年。多分…あっちも受けてくれるだろうから」



 ◆◆◆



 汐織に話をしてから家に帰る道中、徒歩は完全に失敗だったと感じた。


 トラブル体質は絶対に俺は悪くないと思っていたのだが…これ、俺が悪いのかな。


 偶然通りかかった横断歩道。

 少人数で信号を待っていると…直ぐ側に通り魔が発生した。

 視界の端でおかしな光の反射を感じたから、警戒はしていたけど、マジでバタフライナイフを持ち歩いてる人間なんて居る物なんだな…と物騒な世の中に呆れた。


 挙動不審なナイフを持った男は俺よりも一回りほど身長が高く細身。


 …冷静に考えて、俺のやってる事って本当にイカれてるよな…。

 通常、警察官は刃物や凶器を持った相手に一人で、ましてや素手で制圧しようなんて考えない。


 集団で武器を使って、徹底的に制圧するのが普通だ。


 だが今の俺は、自分よりも体格に優れる凶器を持った相手を一人で素手で地面に組み伏せて身動きが取れない状態に抑え込んでいる。


 と言っても、力ずくというわけではない。

 人が動けない程の痛みを感じる抑え付け方や、力の入らない体勢に持ち込む方法を知っているからできるだけだ。


 俺は近くで見ていた男の人に声をかけた。


「…あの、通報して下さい」

「えっ、あっ…え!?あの…黒崎くん…ですよね!」

「いや、あの…通報…」


 男性の「黒崎くんですよね?」から、一気に周辺に人集りができてしまった。


 状況分かってないのかこの人たち、ふざけんなよ…。

 …チッ…早く通報しろっての…こっちは両手塞がってるんだよ…!それに…。


 募るイライラを抑えつつ、男の様子を確認する。


 さっさと警察来いよ…流石に誰かしら通報しただろ…。


 ふと、少し待っているとサイレンの音が聞こえてきて安堵した。

 流石にこの人集りなら分かるだろ…?


 そう思って待って居ると…割れた人集りの奥から見慣れた顔が向かってきた。


「…やあ、真…また会ったね」

「不本意です、そんな目で見るのは辞めてください。絶対に俺悪くないですから」

「いやあ、まあ…うん。取りあえず…通り魔だっけ?」

「はい、通報入ったから来たんですよね…?」

「うん…。じゃあ…はい、現行犯逮捕ね。怪我人は?」

「俺だけなんで居ません」

「…真、怪我したの?」


 ヘラヘラしていた拓真さんの表情が変わった。

 俺は自分の脇腹の方に目を向けた。

 バタフライナイフがそこそこ深く、突き刺さったままで流血している。


 周辺の人達からは、腕の影にあって見えないだろうし…そうでなくても薄手のパーカーに隠れている。


「…っ…!」


 拓真さんはすぐに他の警官に指示を出して人集りを下がらせた。

 通り魔である細身の男はすぐにパトカーで連れて行かれたが、拓真さんは俺のそばで救急車を呼んだ。


「…出血を止められる布でも…」

「あ、多分大丈夫です、内蔵は傷付いてないんで…」

「なんで分かるのかな…」

「急所は外しましたよちゃんと……。それに、内蔵傷つくと、もっと血出るし…何より痛いじゃ済まないんですよ。経験者は語るって奴です」

「そんな経験あったかい…?」

「トラックに轢かれたとき、折れたあばら骨が肺を傷つけた事があったんで。意識有りだと本当にキツイですよアレ」

「……君さ、痛みに慣れすぎじゃないかい?」

「慣れるだけの事があるんだから仕方ないじゃないですか…」


 もう一度言おう、こうなるのは…決して俺は悪くない。


 いつも俺は巻き込まれるんだ。

 自分から首を突っ込む様な真似をした記憶は数回しか無い。

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