第82話 事務所

 朝配信が終わった後、俺はこっそりとカメラを起動。

 裏の撮影を試みる事にした。


 三人は気付くことなく話を続けた。


「…にしても、やっぱり自分の理想の彼氏が思いつかない…」


 凛月がぼそっと呟くと、真冬もそれに頷いた。


「その気持ち分かるわよ、まず恋愛経験が無いから…」

「あのさ、三人は男に告白された経験って無いのか?」

「アタシは無いわね」

「私も無いなあ…」

「一回だけあるけど、あれはなぁ…」

「「あるの!?」」


 凛月は確かに、晶に告白された経験がある。


「私そもそも恋愛に興味が…」

「現役JKそれで良いのかよ」

「だってよく分かんないんだもん、そもそも恋愛って何?」

「定義の話…?友達居ない奴じゃないんだから…」

「ルカはさ、いわゆるloveラブlikeライクの違いは分かる?」

「うーん…何となくは、分かる」


 ふと、頭の中に一つの疑問が浮かんだ。

 凛月は大抵の場合で完璧超人だが、何故か恋愛の話になると上手く行かない、不思議とポンコツになる。

 それ以外にポンコツになる事例と言えば…俺か湊さんが関わった時だ。


 まさか、そういう事か?

 だとしたら湊さんのことをどう思っているのか…。


「じゃあさ、家族愛は分かる?親とか姉弟に対しての感情」

「それは分かるよ」

「ならさ、真に対してのは何に近いの?」

「真に対して?えっと…んー…。お父さん」

「「お父さん!?」」


 成程、そこで一致するのか。俺に対して湊さんに近い感情を持ち合わせてるのは間違い無さそうだ。


「ならお父さんのことどう思ってるのよ…?」

「…?好きだよ?」

「…そういう事じゃ無いわよ…」

「この歳で父親を抵抗なく好きって言えるの凄いよね」

「まあ気持ちはわかるわよ、ルカのお父さん…本当に格好いいわよね」

「会ったことあるっけ?」

「事務所でちょっとだけ挨拶した程度よ」

「あ、私もあるよ。めちゃくちゃ綺麗な顔してるよね!」


 この話は…動画では使えなそうだな。そう思って俺はカメラを切って片付けを始めた。


 少しして、部屋の外からスタッフ達の話し声が聞こえて来た。

 ……霧崎紫苑の…移籍…?


 なんか不思議な話になってるな。


 ふと、スタッフの一人が俺を見つけるなり走ってきた。

 …どうやら、社長が話したいと言っていたらしい。



 ◇◇◇



 くるくるとパーマのかかった真っ赤な髪、その下にはどんよりと疲れ切った表情。

 若作りの壮年の男性は、眼鏡をはずすなり目元を抑えながら俺の方に目を向けた。


「あー…来たねえ間宮…じゃない、黒崎君」


 彼は南条サラこと、楠木南の血縁上の父親。

 名前を金ヶ崎かねがさき義徳よしのりという。ここ【グランヘルツ芸能プロダクション】の代表であり、映像制作プロダクション【GRANHERTZグランヘルツ】としては社長も努めている。


 因みに湊さんはこの【GRANHERTZグランヘルツ】の関係者だ。


「…霧崎紫苑がこっちに移籍するって話は聞いた?」

「はい。スタッフさんが話してるのは聞こえてきましたけど…一体何故?」

「なんかねえ、shineシャインを卒業した後の管理不足を咎められたらしいね。それで、謝罪となんやかんやの意を込めて…信頼できる事務所に移籍させる…とかって話になったらしいよ、ほんで白羽の矢が立ったのがウチだった。断る理由も無いし、利害の一致って奴ね。まあ…表に出るにはもう少し時間かかるけど…。知り合いなんでしょ?メンケアよろしくするよ」

「それはまあ、はい。クラスメイトなんで…。ていうか、これ本題じゃないですよね、多分」

「話早いねえやっぱ、湊さんの紹介は流石だわ」


 湊さんとは大学時代の同級生らしいが、二人の年齢は一つだけ違う。

 金ヶ崎社長の方が一つ年上だが、金ヶ崎社長は「湊さん」と、呼び…湊さんは「義徳」と呼び捨てにする不思議な関係の二人だ。

 因みに、凛月のスカウトに関してはマジで偶然だったらしく…それを知った湊さんにはめちゃくちゃ笑われたらしい。


「黒崎君さ、クラリスの新メンバースカウトしてくんない?良い伝手があるって湊さんに聞いたんだよね…」

「…いや、スカウトって…。まあ…取り敢えず、どんな子が良いのか聞かないと分かりませんけど…」

「若くて可愛い女の子でしょ」

「それだけ聞くと中々ヤバいな…。具体的に年齢は?」

「高校生未満かな、デビューは少なくとも今年中」

「歌がうまいとかダンスができるとかそういうのは?」

「後回しで良い、そういうのはいつでも成長できる。問題はこの業界で生き残れるかって、その一点」

「……メンタル面ですか」

「そういう事、能力やらなんやらは後から身に付けられる。でも性格や内面は中々難しいもんよ。それを見抜くにはオーディションじゃ無理があるのは、姉妹グループを作ろうとして実感した。だから、こそつくづく思うよ……あの三人は本当に奇跡、逸材」


 似たようなレベルの少女を探してあてる、というのは確かに困難この上ないだろう。

 ただ、メンタル面に関しては真冬と南の二人は割と弱い。南に関しては…多分、俺が居ないとその内崩れるし…真冬は現状、少し不安定さがある。

 それを表に出さないで行動してられるから、まだ良いんだろうが…。


「二人。あのレベルのルックスとメンタルを誇る人を二人連れて来れないと今後事務所が衰退した時の“顔”を作れなくなる」

「……二人…ですか…。宛がない訳じゃ無いですけど……本人達にやる気があるかは、聞いてみないとなんとも」

「宛あんのかい…本当に凄えな君…。因みに情報漏洩の心配は?」

「心配しなくて大丈夫です。俺の宛大体が人格者なんで」

「これはあれか、月宮ルカの類友ってやつかな」

「そう言って頂けるのは光栄ですね」


 軽く言い合うと、突然金ヶ崎さんは頭を下げた。


「…南の事もあった。霧崎紫苑もウチの所属になる以上…まだ君を頼りにする事になっちまうんだが……どうか、我が社に協力してくれ」

「……金ヶ崎社長は、自分の人を見る目に自信を持って下さい。凛月のポテンシャルを一目で見抜いたんですから…。そんな貴方に頼まれる俺もきっと、逸材なんだと思います」

「…君は人を立てるのが上手いな」

「これも処世術ですから、俺の将来の為の。スカウトに関しては…おまかせ下さい」


 社長室を出ると、中から少しだけ声が聞こえてきた。


「……あれホントに高校生なんかなぁ…」


 そんな言葉に思わず苦笑いを浮かべながら、俺は宛の一人に電話をかけてみることにした…。

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