第81話 好印象
そんな黒崎真がまるで完璧超人であるかのような情報が夜に広まった日の深夜ごろ。
とあるSNSサイトに一つの動画が投稿された。
2年くらい前の…と一言だけ付け足されたその動画。
最初は小さな子供が母親らしい人に向かってヨタヨタと歩いていくだけの映像が数秒流れる。
すると突然、映像の奥でボールが転がっていき、遅れて子供がボールを追って走っていく。
その後すぐに異音が響き渡り、カメラも異音の方へ向けられる。
カメラが向けられた先へとピントが合うと、子供が公園の外へと飛び出し…その瞬間一人の少年が子供を庇う様に抱き寄せて、中型のトラックと激突。
周囲に響き渡った悲鳴と共にカメラはトラックと引き摺られる少年を追っていった。
アスファルトには焦げ付いた様なタイヤ痕と赤い飛沫が散ってある。
飛沫の痕をカメラが追っていくと、そこには鮮血に塗れた少年が倒れ、トラックの運転手が必死になって声を掛けている。
倒れた少年の腕の中から、無傷の子供が出てきた所で動画は終わる。
動画内に登場した少年が黒崎真であることは、画質の良いその映像に映る、子供を抱き寄せた美少年の冷静にトラックを見つめる表情と、世の中に出回ってしまった無表情な美少年の写真を見比べれば誰でも分かる。
動画の発信源は不明だが、晶から俺の所にこんなのがあったよ……と送られてきた。
「……ふざけんなよ…」
『あっははっ、今の真、世の中からすれば完全に聖人君子だよね』
「何笑ってんだ…」
『いや〜まさかこんな事になるとはね、相変わらずだね真は』
「相変わらずトラブルの渦中に居るって言いたいのか?」
『コ○ン君に弟子入りでもしたら?』
「高校生探偵なんて目指してないし、日本にあんな文化ねえよ」
『そうだっけ?まあほら、その内収まるよ。それまで頑張りなって』
「こんな状態じゃしばらく外に出られねえよ…マジでどうしよ…」
ただでさえ、凛月が流した情報のせいで注目度が跳ね上がったというのに、こんな動画まで出回ってしまったら本格的に聖人君子に見られてしまう。
そもそも俺は外出した瞬間知らない人に声かけられるとかいう芸能人ムーブをしたくはない。
どうか早期的に注目が無くなることを祈っている。
「…そもそも凛月が余計な事を言わなきゃ…」
『あんまり関係無いと思うよそれ』
「…てか凛月の話じゃ、事務所に俺をメディア露出させてくれって話まで来たらしいんだよな」
『いいじゃん出なよ』
「絶対嫌だ…」
『面白いことになりそうだから良いと思うんだけど…』
「俺は何も面白くねえよ」
『まあ、冗談は置いといて、いっその事…真も明確にクラリスの関係者になれば良いんじゃない?』
「…ん?……成程……?」
『ね、アリじゃない?』
「……アリかも、晶、それ採用」
◆◆◆
翌朝、クラリスの事務所にある撮影部屋にて、俺は急遽撮影班の手伝いをする事になった。
急遽…だ。
俺は
事情を聞いた所によると…手伝いは湊さんに頼んだ物らしいのだが、湊さんは外せない用があるとのことで編集作業を俺に回していた様に今回の手伝いも俺に回してきた。
では何故そもそも手伝いを呼ばなければならない事情があるのかと言うと、土日に行われている朝の雑談配信に関しては、クラリスの三人がファンとの関わりが少ないとの理由でやりたくてやってるだけの物なので回されてる撮影班が少人数でかつ仕事が回り切ってないらしい。
ただでさえ仕事が多い中で、スタッフの一人が過労で倒れた。
ということで仕方なく外部の伝手に手伝いを求めた…と。
そんな訳でしばらくの間、せめて夏休み中の余裕のある日は手伝って欲しいとの事。
相応の報酬は出るから…と、事務所の代表に頭下げられては流石に断れない。
…ということで、俺は楽しそうにこっちを見てる二人と呆れ顔の一人にカメラを向けている。
と言ってもソファに座ってる三人に机越しで…だが。
成程ここのスタッフさんいっつもこんな事やってんだな〜と、思いながら資料やらスケジュール表やらを確認する。
時間通りに撮影を始めると、いつも通りの挨拶をしてから…さっそく、南条サラがこっちを指さしてきた。
「ね、なんかさ…いつもとスタッフさん違うんだけど」
「こら指差さないの」
「ほらほら、今話題の人だよね?」
「サラ、食いつき過ぎだって」
クラリスの動画や配信では、よくスタッフとのやり取りが注目される。
なんなら、俺が「スタッフさん集」の切り抜きを作らされたぐらいには。
一応、社長さんにも話しかけられたら応えていいよ言われてるけど…。
「まあまあほら、取り敢えずスタッフさん今日のトークテーマは?」
月宮ルカがそう聞いてきた。
これに関しては前に海人に見せてもらった時の様に、もらった資料に沿って答えれば良い。
「えーと、今日は社長さんからで【年相応の恋愛トーク】です『ウチの事務所アイドルだから恋愛禁止!なんて言ってないのに、君ら彼氏も彼女も居ないのどゆこと?』とのことで」
俺は社長さんの声真似をはさみながらトークテーマを発表した。
こういう良い意味でアイドルらしさのないユニークな事務所なのは良い所だと思う反面、ここの社長は凛月を直接スカウトした人だからこそ余計に思う。
…この人にとっての理想のアイドルってどんな姿なんだろう…と。
「えぇ…社長がアイドルに恋愛トークさせてくるの意味分かんない」
「あ、それなら私男女どっちもイケるよ?」
「それ恋愛トークじゃなくて性癖トークになってるわよ…」
「え?そっか…。でも年相応の、とか言われてもね?あれかな、どんな人が良いみたいな」
「あー…理想の彼氏とかそういうこと?」
「それ本格的にアイドルにさせる話じゃないじゃん!」
…結構見てる人多いな…。
コメントを眺めている感じ、こんなトークテーマでも好意的な意見や感想は多い。
それはそうと、さっきの「スタッフが話題の人」発言が未だに尾を引いているが。
「でも恋人と言ったら、それこそ誰かさんは
「あ、確かに。物語のラブコメとかだと幼馴染みは負けヒロインってよく言うよね〜。ねえ?真君はそこんとこどう思う?」
南条サラは平然とこっちに向かって、平然と名前まで言って来た。
俺は普通に接して良いと言われている。
一応声だけだからまあ…問題は無いかな…?
盛り上がるコメントを眺めながら小言を挟む。
「…南条、もうちょい躊躇って」
「いーじゃんどうせ顔も名前も出ちゃってるんだから。なんならこっち側座る?」
「冬咲ちょっとは、止めてよ」
「どうでも良いから幼馴染が恋愛対象になるのか答えなさいよ?」
「……まあでも、人によるとは思う…なるならないだけで言ったらなる人の方が多いんじゃないかな。俺はそういう目で見たことはないけど」
「私もないかなぁ…頼りになるとは思ってるけど」
コメントの流れが早すぎて全く読めないのだが、取り敢えず『黒崎スタッフ声良すぎ』だけは見えた。誰も黒崎なんて名乗ってないのにね〜…おかしいな。
俺の声って割と普通だと思うんだけど、人に聞こえてる声と自分が聞こえてる声は全く違うらしいからまあ、そう思われる事もあるんだろうな。
ふと思い至って、俺は動画のコメント欄にアンケートを出した。
アイドルの恋愛に関しては「肯定的」、「否定的」、「どっちでも良い」の三択アンケートを実施。
…便利になってんなあ本当に。
「まず理想の彼氏ってどんな人なのかな…?」
「さあ?世の中に『ただしイケメンに限る』って言葉があるくらいだから、理想って言い方をするんなら必須条件じゃない?」
「なんかそれだとひっどい話になりそう…。じゃあ、あれか、優良物件って奴?」
「まあでも、取り敢えず浮気しない人」
「いや、そうじゃなくてまず好みの話をしろよ…。恋バナ下手くそか」
思わず突っ込みを入れると、三人してハッとした表情を見せた。
「男の人の好みね…」
「はーい、料理できる人」
サラが手を上げながらそう言った。
「私お菓子作ったりするの好きだから一緒にやってくれる人が良いかも」
「趣味の合う人って事ね、それならアタシは映画とか演劇を語れる人とか」
「それ月宮ルカじゃん」
またも思わず突っ込みを入れてしまった。ニヤニヤしながらルカが二人に視線を向ける。
「え〜?なに二人とも、そんなに私の事好きなの?」
「てか南条はさっき女の子もイケるって言ってたけど、ルカは恋愛対象に入るのか?」
「全然入る」
「えっ、サラはちょっと…」
「なんでよ!?」
「片付けが苦手な人はなあ〜…」
三人会話を聞きながらコメント欄アンケートを締め切る。
「…えーと、アンケート結果。配信見てるファンの九割は恋愛に肯定的らしいでーす。事務所が良いって言ってるなら良いんじゃね?って感じの意見が多いね」
「へー意外!」
「アタシ達の場合アイドルってほぼ名前だけだし…」
「それらしい事あんまりしてないもんね」
「そのくせに男っ気の一つも無いのはどうなんだJK三人衆…」
「仕方ないでしょ?スケジュールギチギチよ?」
「忙し過ぎて恋愛に現抜かしてる暇なんてこっちには無いんです〜」
「居てもデートする時間すらないもんね」
「まず恋バナに向いてねえ…」
このトークテーマ失敗だろ…。
とは思ったが、案外反応は良いあたり、男っ気の無い美少女三人組はアイドル向いてるのかも知れない。
それから俺はコメントを拾いながら三人に話を振っていった。
なんかいつの間にかMCみたいな事になっていったけど、概ね好印象どころか……配信終わった後は中々のバズりを見せた。
たかが朝配信でなんでこんな事になってるんだか…。
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