第79話 精神的な物

「…成程、川崎が目をかける訳だ。君さ、刑事目指してみないか?」

「…遠慮しておきます。流石にこれ以上トラブルに自分から首を突っ込むと命が危ない…」


 俺は拓真さんという立場的に心強い存在が横にいるから無茶な行動も起こせるが、それがなかったら解決できてない問題も結構ある。


 そんな訳で、事情聴取も終えた。一足早く湊さんと拓真さんは解放されたらしい。


 しばらく待っていると、霧崎も両親同伴で部屋から出てきた。

 どうやら服も着替えた様だ。

 …流石に下着姿のままは不味いからな。


 俺のことを見つけるなり、霧崎の両親は俺に向かって深々と頭を下げた。


「…わっ…!?」

「…黒崎君、お話は聞かせてた貰いました。娘の事、どれほど感謝すれば良いか…」

「本当に感謝している。一人娘を助けてくれたこの恩は一生涯忘れはしない」

「え、あ……」


 思わず湊さんに助け舟を求めるが、よく考えると湊さんも拓真さんも俺が煽ったから手助けしてくれた。


 今回の事は確かに、俺が無言電話から読み取った情報とも言えない情報だけで判断して起こした行動だ。


 さっきの事情聴取の警官にも呆れられた。

 俺は念の為、あの無言電話を録音していた。

 それを警官に聞かせた所、この程度の情報では110番は動けない、とのこと。

 なんなら、「あかつき」という単語、ファミレスの名前なんて聞き取れ無かったとまで言われた。


 いかに自分の耳がおかしいかのかと理解した所で、俺はあえて俺に電話する事を選んだのか霧崎に聞いた。


 すると返って来た返答は…


「…ん…本当に、偶然。繋がるかも分からなかった…まさか、君にかかるなんて思ってなかった」


 …と。

 どうやら、誰かに通話を繋げる事ができたか、それすら確認する隙もなかった様だ。


 そう考えると、俺の所にかかってきたのは本当に奇跡としか言いようが無い。

 いや、冷静に考えると別におかしくはないのか…だって直近で連絡先交換した記憶あるの霧崎だし。


「まさか、その真が110番より最適解だなんて、誰も思わないよね」


 拓真さんは楽しそうに笑った。今だけはそういう事言わないで欲しかったなあ〜。


「僕もあの録音聞いたけど、真の耳と判断力はちょっと狂ってるよ、良い意味で」

「そうですか?でも、何か問題があったとは思うでしょ?」


 拓真さんに聞いたつもりが、別の警官が答えてくれた。


「何か問題があったら、普通はまず警察に相談するだろ。それを、無言電話で警察が対応するのは難しいって考えてすぐに自分で動く判断をした。しかも専用の機械で調べないと分からない様なレベルの微小音まで聞き取ってスマホの場所特定。その後一発で犯人の場所特定と男二人を撃退…って、羅列すると拓真、お前より優秀だぞこいつ」

「返す言葉もないね」


なんかは言い返せよ!?


「いや、俺が無茶な行動できるのは拓真さん立場と警察からの信頼があってのものですから…」

「謙遜しなくて良いよ、真。今回のことは…真が居ないとこんな早くには解決できなかった問題。誇って良い」 


 そう言った拓真さんに対して、俺が言い返そうとした時、警察署の入り口側から声が聞こえてきた。


「…まさかウチの高校の教員がグルとはね…」

「白龍先生」

「一応、迎えに来たよ。真」

「ん……すみません、手間かけさせて」

「真は気にしなくて良いよ。霧崎さん…ウチの教員が大変な事をしてしまった事、教頭に変わって…深く謝罪します。本当に申し訳ありませんでした」

「あ、頭を上げて下さい黒崎先生…。紫苑は、彼のお陰で助かったのですから。貴女が責任を感じる事では…」

「…白龍、ここで話してても埒が明かないだろ。俺達のやることは済んだんだ、さっさと帰ろう」


 俺は湊さんの言葉に賛同した。


「ずっとここに居ても迷惑でしょ、取り敢えず出ましょうか」



 ◇◇◇



 拓真さんは警察署に残って、俺達は外に出た。


「白龍、悪いけど車取りに行きたい」

「なら真は霧崎と居てあげて」

「…両親居るし大丈夫なん…」


 話の途中でひしっ…と袖を引かれた。誰にされたのかは確認するまでもなかった。


「…先に帰ります。先生達は予定通り隣に泊まって下さい」

「分かった、なら家の事はよろしくね」

「はい」


 状況的に、もう少し一緒に居て欲しいと思われるのも仕方がないだろう。

 取り敢えずそういう事にしておく。


 袖を引かれたまま霧崎さんの車に乗り込んだ。

 どうやらお隣さんであることは、霧崎紫苑に聞いていたのかも知れない。


 後部座席に座らされると、真横にピッタリと霧崎がくっついてくる。


「…シートベルト着けろよ」

「……やだ」

「…はあ…」


 表情は見えないし、何を考えているのかも今回ばかりはよく分からない。


「霧崎、これに近い事って今までにあったか?」

「……ん…」


 小さく首を横に振った。


「なら、shineシャイン辞めたのが原因かな…。確か、まだ事務所には所属してるんだよな。そっちに連絡は入れたのか?」

「…警察の人が、やってくれた」

「んー…近い内に表沙汰にするのか、流石に分かんねえけど…」

「……ん…間宮君…」

「…なんだよ?」

「……なんで、助けてくれたの…?」

「はあ?なんだよそれ?」

「……通話が繋がった…って、本当にそれだけの事から、拉致された事に気付くって、普通あり得ない…」


 要するに、あの無言電話一つからどうやって緊急事態であると結論付けて行動したのか、ということだ。


「別に…。予兆があったから気付いたって、それだけの話だ」

「…予兆…なんて、そんなの…」

「お前が転校してきた辺りから…様子のおかしい先生が居たり、学校の周辺で不審者を見たって話があったり、肝試しに使われる心霊スポットで人の声を聞いたとか…。そういう話を耳に入れてたから行動に起こした。流石に無言電話一本だけで動く程、無謀じゃねえよ」


 それでも些細な情報である事に変わりはない。

 自分に起こるトラブルが多過ぎるが故に身に付いた物であって、こんな能力は決して誇れる物では無いと思ってる。

 というか、こんなふざけた理由で身に付いた行動判断力なんて誇りたくもない。


 今回は霧崎を助ける為に使うことになったというだけであって、本来は俺自身を守るために身に付けた。


 要するに、トラブル体質が巻き起こす非日常的な日々で身に付いた自衛能力だ。

 使わなくて済むのならその方が良い。


 予兆はあった、そして霧崎のとっさの行動もあった。


「結局のところ、咄嗟の判断で誰でも良いから通話をかけた、霧崎自身の行動のお陰で自分を救う事に繋がったんだ。それすら無かったら誰も動けてない」

「……ん…」


 きゅっと俺の手を握ると、体を預けてくる。

 助手席に乗る霧崎の母が一瞬こちらを見て、微笑んだ。


「あなたには、感謝してもし切れないわ」

「しなくて良いです。気持ちも、見返りも要りません」


 冷たいと思われるかも知れないが、そんな事よりも優先する事が山程あるだろう。

 感謝してほしい人も見返りがほしい人も世の中には居るだろうが、それよりも俺はトラブルに巻き込まないで欲しいと切に願う。


 車を降りて、三人に軽く頭を下げた。


「送迎ありがとうございました」

「あ、い、いえ…こちらこそ…」

「じゃあ、失礼します」


 俺はさっさと家に戻った。すぐに玄関の鍵を閉める。


 軽く息を吐いて、その場に座り込んだ。


「……疲れたぁ…」


 二度と拉致誘拐関連の話は聞きたくない。


 しばらくは霧崎のメンタルケアもしたほうが良さそうだが…。

 何故に俺がこんな事をせねばならんのか…。


 ここまで頭を使って人助けしたのは初めてな気がする。とにかく即断即決をしなきゃ行けなかった。


 服をズタズタにされたり、下着姿を撮影されたり、とかなりメンタルにダメージが入ったとは思うが…肉体への実害はほぼ無し。


 抵抗してたら殴られるなり、場合によっては殺される可能性すらあった訳だから…彼女自身が自分を守った結果とも言える。


 …俺も、体はそんなに疲れてないけど…。


 精神的に…本当に疲れた。大人二人を動かした上で、居場所を間違ってたら…とか、間に合わなかったら…とか。

 とにかくグルグルと巡る思考を全部押し込んで助ける事だけを考えた。

 見つけてからもずっと心臓がドキドキしてたし、無理にでも冷静に冷静に…と自分に言い聞かせ続けた。


 普段から冷静で、最近では無表情を貫いてる様に見えているんだろう。

 感情が顔に出ないのは元々で、以前から意識的に顔に出す様に変えてた物。

 今更元々に戻す事も無いだろうけど、こういう時に人に悟られないのはやはり楽だ。


 俺は自分のメンタルは常人レベルだと思ってる、ただトラブルには慣れてるし…元々やっぱり顔に出ない。


 …やばい、眠い。お腹すいた…頭痛い。


 緊張の糸が切れて、足元が覚束ない。

 玄関で寝るわけにも行かないのでふらふらとした足取りで自分の部屋に戻った。


「…二度と俺の事巻き込むなよ…」

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