第78話 廃工場に響く

『湊、車の音を悟られ無い様に、少し遠くに駐めて』

「…そんな事も考えんのか、警察って大変なんだな」

『普段ならパトカーだから気にしないけどね。今は事態が事態だから、できることはやっておかないと』

「成程、一旦納得しておく」

「湊さん、この奥なんで…」

「分かった、先に降りてろ」

「先に行きますけどね。湊さん、これ霧崎のスマホ…拓真さんが来たら渡して下さい」

「りょーかい」

『気をつけなよ』


 湊さんの車を降りて、すぐ近くの廃工場に走る。

 この辺りは街灯もなくかなり暗いのでスマホのライトを頼りに入り口を探す。


 月明かりがあればもう少し楽だろうが、生憎と曇天の空模様。


 今の所、人の気配や物音は聞こえてこない。


 もし人が来てるなら周囲に車なんかが駐めてあるかも知れないが…それは湊さん達に任せる。


 人が居るか居ないかの確認ではなく、霧崎が居るか居ないかの確認を優先する。


 暗い廃工場の中、周囲を注意深く見回す。

 そして、すぐに気付いた。


 …人は間違い無く居る。


 絶対に声が聞こえた、恐らくは男の話し声。

 笑い声も混ざっていた気がする。


「…こういう時は、無駄に耳が良いのを有り難く思うな…」


 耳を人に触られるのはとんでもなく苦手だが。


 取り敢えずスマホの通知設定をオフにして、ライトを消す。

 急に電話かかってくるとか、ライトの明かりで不必要にバレるのは御免だし、まだ霧崎かも分からない。


 声のした方へ歩を進めていくと…明かりが見えた。


 人の声は恐らく四人、全員男だ。


 個室の中の様なので、パーカーのフードをかぶってからゆっくりと覗き込む。


 男四人が柱に群がっている、周囲には…女物の服がバラバラに裂けた状態で散らばっていた。


 話し声や状況からして、強姦してる最中…今は服を剥ぎ取って楽しんでる所か。


 少しだけ悲鳴に近いうめき声も聞こえる。


 そして…渦中に居る女性が霧崎紫苑であることも確認した。


 …悪趣味だな。


 頭は冷静だ、ここで感情のままに飛び出したりするほど馬鹿じゃない。

 まだ服を脱がされてる段階なら、直接襲われるまで少しだけ猶予がある。


 スマホを点けて湊さんに詳細な位置情報と『みつけた』とだけ送った。

『拓真と合流した、入り口に誘い出せるか?』

『はい』

 簡潔なやり取りだけして、俺は周囲を見渡してから…もう一度中を覗いた。


 男たちの間から見える少女は下着姿、猿轡を噛まされ、顔は涙に濡れて、あまり見ていられない。


 俺は小さく息を吐いて、ボディバッグを思いっきり外の窓に向かって投げつけた。


 ガシャアァッ!!!


 ガラスの割れる音が暗闇の中に響き渡った。

 俺はすぐに物陰に隠れる。


「な、なんだ…!?」

「……外のガラスが割れた。経年劣化か?」

「おい、見てこいよ」

「はあ!?なんでだよ!」

「人が来たかも知んねえだろうが!」


 その会話を聞いて、俺はその場でわざとガタガタっと足音を立てた。


「っ……!!おい、逃げたぞ、追え!殺せ!」

「なあっ…クソっどこの誰だよ!」

「知らねえよ早く追えって!」

「…私は逃げるぞ、殺してこい」

「てめえふざけんなよ!」


 二人は部屋の外に出ていった。

 すぐ隣を通って行ったのを確認してから中の会話に耳を傾ける。


「お前も早く追え。私はこいつを車まで連れて行く」

「それはオレがやる、てめえは信用できねえ。さっさと追え」

「おい、あまり舐めたことを…」


 できれば三人共外に誘き出せたら良かったのだが、二人は言い合いを辞めそうに無い。


 一人は細身でハサミを手に持っている。裁ちばさみで服を切っていたんだろう。

 もう一人はガタイは良いが、筋肉質ではなく太っているだけ。


 仕方なく、二人共の視線が入り口側から切れたタイミングを狙って部屋に入り、太っている男の陰に隠れる様にして足音をできるだけ消して低い体勢のまま走り、一気に距離を縮めた。


「おわぁっ!?お前っ!?」

「ぐおあぁっ…!?!?!?」


 横を通り過ぎざまに小太り男の股間に肘鉄を打ち込むと、聞くに堪えない悲鳴を上げた。


 咄嗟にこちらにハサミを向けた細身の男、なんか見覚えのある顔だが、俺は気にせずにハサミを持っている右手の手首を掴んで、思いっきり捻り上げ、顎に一発掌底を打ち付けてから、足をかけて、背中を床に叩きつけた。


 かはっと乾いた声を漏らした細身の男を放置して振り向き、金的で悶えている小太りの顎を思いっきり蹴り上げた。


 部屋の入り口を見ると、部屋を出ていった男二人を引き摺っている湊さんと拓真さんが入って来た。


「…こっちオッケーです」

「流石に手際が良いな」

「不本意ながら慣れてるんで」

「ははっ、そうだったね」


 拓真さんが、男二人に手錠をかけている間に、俺は霧崎に向き直って、裁ちばさみを拾う。

 手を縛っていたロープや猿轡を切って拘束を解くと、丁度霧崎と目があった。


「…ま、みや……くん?」


 掠れた声。涙に濡れた顔を拭ってやり、着ていたパーカーを下着姿の少女に掛けてった。



 ◆◆◆


 〜side〜霧崎紫苑



 肌に触れる冷たい感触が、服を割いていく。

 体をよじると刃が肌が当たるかも知れないから、身動きを取ることもできない。


 悲鳴を上げるにも咥えさせられた異物のせいでそれも難しい。


 弄ぶ様にゆっくりと、一枚ずつ服を剥ぎ取られる


 嫌だっ…!…なんで…こんな事…。


 こうなったのは誰のせい?shineシャインを辞めたから?私が悪いの?なんでこんな事になったんだろう、どこで間違えたんだろうと巡る思考。


 素肌を触れられる度、鳥肌が立って背筋が凍る。


 そして下着に手をかけられた瞬間…ガシャアァッ!!!っと鈍い破砕音が響き渡り、男達の笑みを消した。


 それによって男達が言い合いを始めると、少しして二人が外に走っていった。

 誰か、ここに来たのかも知れない。


 完全に消えていた希望の灯火が、薄っすらと灯った気がした。


 それからも、男達は言い合いを続ける。


 そして次の瞬間、気付いた時にはその人影は眼の前に居た。


「おわぁっ!?お前っ!?」

「ぐおあぁっ…!?!?!?」


 悲鳴を上げる男達を、その人影はいともたやすく地に伏せた。


 眼の前で起こった突然で、一瞬の出来事。

 眼の前に立つ人影は、細身で黒いパーカーを着てフードをかぶっている。


 ふと、いつの間にか入り口にも二人居た。

 中性的でとても整った顔立ちの青年と、それよりも少し背の高い体格のいいイケメンの青年。

 中性的な青年は片手で、部屋を出ていったはずの男二人を引き摺っている。


 すると、黒パーカーの青年が二人に向かって軽く手を上げた。


「…こっちオッケーです」

「流石に手際が良いな」

「不本意ながら慣れてるんで」

「ははっ、そうだったね」


 軽い雰囲気で笑い合う。

 背の高い青年は…懐から手錠を取り出して、男達に装着していった。

 ふと、黒パーカーの青年がこっちに向かって歩き…裁ちばさみを手にとって拘束を解いてくれた。


 フードの奥に見えた顔は……見間違えるはずもない、想い人。


「…ま、みや……くん?」


 思わずその名前を呟くと、彼は表情を変えるでもなく…私の顔を拭って…パーカーを脱いで私の肩にかけた。


 明かりのお陰でハッキリと見えたその顔は…幼さを残した目付きと、冷たい瞳。

 一切感情が顔に出ない無表情の美少年だった。


「…拓真さん、警察来るまでここに居たほうが良いですかね?」

「ここに警察居るんだけどね。まあ、一応警察呼んだから、迎えは来てくれるよ。現行犯逮捕と事情聴取があるから…真と湊も残ってね」

「なら、俺は家に連絡入れてくる」

「そうですね、急ぎで出たんで…てか、ならついでに俺のバック回収して来て下さい」

「ん?あー…ガラス割れたのそれか。分かった」


 拓真、と呼ばれたのは背の高いイケメンの青年で…湊と呼ばれたのが中性的な青年は部屋を出ていった。

 そして、彼はやはり…真、と名前を呼ばれた。


 今すぐに飛びついて、抱きついて、聞きたかった。


 どうやって来てくれたのか、どうして分かったのか、危険を犯してまで助けてくれたその真意を問い詰めたかった。


 でも…体が震えている、足がまだ竦んでいる。


 ふと、間宮君はしゃがみ込んで私とまっすぐに目を合わせた。


「…霧崎、怪我はないよな」

「っ…」


 ただ名前を呼んでくれた、それだけなのに…とても嬉しかった。

 やっぱり、間宮君だ。


 今度は無意識に体が動いた。


 美少年に抱き着くと、優しく抱き留めてくれた。

 細い見た目ながら、しっかりとしていて安心感がある。

 柔らかい温もりに包まれて、私は柄にもなく嗚咽を漏らした。


 すると、柔らかい手が髪に触れた。


「……っぐ…ぁ…まみ…や…くん…っひぐっ…」


 髪を撫でる手付きは優しく、さっきまでの惨状とは打って変わって…冷たい廃工場にはしばらくの間、少女の泣き声だけが響いた。

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