第77話 懸命な判断

 鷹崎宅のキッチンに並ぶ異質なメンツに、思わず乾いた笑いを漏らした。

 紗月さんと白龍先生、渚とクロエの四人が手分けして夕食の準備をしている。


「…この人数居て全員料理できるって中々珍しいわよね」

「前にクロエが魚捌いてるの見てマジでびっくりした…」

「そもそも白龍の実家から海の魚が送られてくるのが不思議なんだよな…」

「そうなの?」

「いや、今どこに住んでるかは知らないけどな…実家って言うと…割と山の中だったから」


 白龍先生の実家か…話聞いたことないな。

 湊さんのお爺さんと仲悪かったって話だけは聞いたことあったけど。


「…姉さんはしばらく一人暮らしだったし、凛月と美月は…まあ、できない理由がない」

「変な話、この家に居たら出来るようになる」

「本当に変な話だな……っと、ごめん」


 スマホが鳴ったので、玄関の方に出た。


「……もしもし?」


 ………………………


「……おい、霧崎?悪ふざけは…ん…?」


 ………………………


「…霧崎?」


 通話してきた割には声がしない。


 少しして聞こえて来たのは、本当に小さな車のエンジン音だけ。


「……チッ…面倒だな」


 俺はリビングに戻った。


「湊さん、車出して」

「どうした急に…」

「移動しながら話す、早く!」

「…分かった」


 流石に事態を把握するのも、行動も早い。


 車の用意をする湊さんを横目に、一度隣の家に入って薄手のパーカーとボディバックに手荷物を詰める。


 家を出て、湊さんの車に乗り込んだ。


「行き先は?」

「一旦は黒崎先生の家に…」

「分かった。通話はまだ繋げたままか?」

「はい。流石にもう少し情報が欲しい…」

「相手は?」

「元々shineシャインのセンターやってたシオンって子。本名は霧崎紫苑、黒崎先生の家の隣に引っ越してきたんだよ」

「あー…。確か転校生だったか?」

「そう、通話繋がっただけで声とか息づかいはない。車の音は聞こえた」

「他には?」

「ちょっと待って。音の響き方からして多分、外……」

「…元shineシャインってことは…ストーカーとかか?」

「どうだろ、予兆は…どこかにあったんだと思う。今は両親と暮らしてるらしいし、親の転勤とshineシャインを抜けた事から引っ越して、それで転校した…とは言ってたかな…」

「引っ越してきたばかりだよな、多分家を特定されて…とか考えられるのか…。もしくは外出先でなにかあったか…」


 相変わらず電話の先で音はしない。

 どこかから風が吹いている音は聞こえるし、人の歩く足音も聞こえる。


 信号のない道を選んで進んで行く湊さんの車のエンジン音はかなり小さい。


「…チッ…なんで寄りによって俺の所にかけてきたかな…」

「ばーか、警察の知り合いが居て本人にこれだけの判断力ある奴だぞ、懸命な判断だろ。話ができない時点で110番なんて宛にならないからな。知ってても、突然の事じゃ電子メールで通報する余裕もないだろうしな」


 宛にならない訳じゃ無いだろうけど、通話をかけた本人が居ないとなると、どうしようも無い可能性は高い。


「……ん……?」


 …今、何か聞こえたな。

 湊さんが話そうとしたので口元に人差し指を立てる。


『……ぁ…』

「…あか…つき……?」


 聞こえてきた単語を復唱する。


「はあ?なんだそれ?」

「えっと…多分、ファミレス…かな。人の話し声に入ってた」

「場所は?」

「案内します」



 ◇◇◇



 …クラスの親睦会以来に来たな、このファミレス。


「…人は結構居るな…」

「車の音はほぼ入ってなかった、少し遠くかも」

「…駐車場借りるか。降りて少し探してろ、拓真にも連絡入れる」

「はい」


 足音は遠い、車の音はほぼなし。

 この周辺はちょっとした高級住宅街、車の音が聞こえない所…となると少し限られる。


 俺は通話を切って、逆に霧崎のスマートフォンに通話をかけ返した。

 しばらく歩きながらコール音が鳴り出したらスマホをしまう。


 少し遠くの裏路地から、小さな音楽が聞こえて来た。


「…見つけた」


 地面に転がるスマホのひび割れた画面には間宮真の文字、どうやら彼女のスマホに間違いない。

 俺は湊さんに今いる場所の位置情報を送った。

 すると、通話が返ってくる。


『真、見つけたか?』

「はい、周辺状況からして間違いなく拉致かな…と」

『分かるもんなのかそれ…』

「分かりますよこれは、誰が見ても」


 言いながら、振り向く。


 いくらなんでも、無言電話を繋げてきたスマホが無雑作に地面に落ちていたにしては、周囲に何も無さ過ぎる。


 知らない人が見ても何の変哲も無いが、俺にとってこれは、変哲が有り過ぎる。


「抵抗しなかったんでしょうね…。スマホだけ捨てさせられたって感じだと思います」

『ってことはGPS対策か?計画性ありそうだな…となると、お前に通話かけたのはマジで咄嗟の判断っぽいな』

「…もしくは、誰でも良いから適当にかけたって感じですかね」

「どちらにせよ正解の判断だけどな」


 ふと、通話を繋いだままの湊さんが到着した。


「拓真さんは?」


 聞くと、手に持ってるスマホから聞こえて来た。


『聞こえてるよ、状況は分かってる』


 …グループ通話って普段使ってなかったけど、成程便利だな。


『無いと思うけど、行き先に心当たりは?』

「実は有るんですよね」

『なら直行するよ、何処かな?』

「赤柴高校の近くです。西校門から少し北に行った所に、車のナビや地図に映らない廃墟があるらしいです。基本的に人が寄り付かない場所ですし、可能性はあります」

『赤柴か…ちょっと遠いなあ』

「俺達も向かうぞ」

「はい」



 ◆◆◆


 〜side〜霧崎紫苑



 眼の前は真っ暗、何の音かは分からないが少しうるさくて、周囲の状況は分からない。


 常日頃警戒して神経張り詰めていられる様なタイプではないし、そもそも日常的にこんな状況にはならないから、どう判断すれば良いのか分からなかった。


 …お父さんかお母さんが気付けば通報してくれるかな。


 両親の帰りが遅くなると聞いて、ファミレスで夕食を終えての帰り道、突然男にナイフを向けられた。

 そして気付いた時には人気のない場所で男三人に囲まれて、これは抵抗するのは無理だろうな…とか、考えてる内に車に乗せられた。


 持っていた荷物はスマホを除いて全て奪われた。


 スマホだけはその場で捨てさせられたから、ダメ元で通話状態にしようとしていたら、手からはたき落とされた。


 誰に繋がったかも、そもそも誰かに繋がったかすら分からない。繋がったとしても、間違い電話だと思われて切られる可能性が高い。


 車の中で手足を縛られて、目隠しもされているし、猿轡さるぐつわを噛まされてる。

 私は拉致された、ということだろう。

 そうなると、shineシャインのファンによる行動だろうか?

 そうあって欲しくはないが、だとしても目的が分からない。


 今のところ傷付けられたり強姦されたりはしていない。

 冷たい床の上に身動きを取れない状態で転がされている今の状況は、心臓が痛くなるほどに恐怖心を煽る。


 この後どうなるのか分からない、想像もしたくない。


 ふと、足音が聞こえて来た。

 足音が一人じゃない事だけは分かる。


 乱暴に目隠しを剥ぎ取られる。


 しばらく焦点が合わずに目を細めると、周囲は薄暗い。


 眼の前に居るのは4人。


 内三人は…見覚えがあった。彼らは握手会やライブの時に何度も見かけたことがある。かなり初期の頃から居た古参ファンのはずだ。

 そしてもう一人は……顔には見覚えがあるが、誰なのかまでは思い出せない。


 最近見た気もするが、逆に最近は見てない気もする。


「……凄え、これからあのシオンをレイプすんだろ?」

「いやあマジで上手く行くとはな。案外抵抗しない物なんだな」

「そりゃ、この人数なら抵抗できないって」


 何やら楽しそうに下衆な会話をする、shineシャインファンの三人組にもう一人が呆れたような顔を向けた。


「初物は私が貰うからな」

「わーってるよしゃーねえな…ったく…。情報提供しか、しなかったくせに」

「居場所が分かったのは私の功績だからな」

「はいはい。にしても、教員のくせによくやるよ」

「こっちは普段安い給料でクソガキの相手させられてるん挙げ句、馬鹿みたいに長い勤務だ、これくらいの娯楽があって何が悪い?」

「あーそうっすか」


 教員のくせに、と言われた男は何処からか大きなハサミを取り出した。

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