第76話 昔の真
鷹崎宅へ辿り着くと、同時刻に
何度か顔を合わせているクロエが、姉さんに挨拶している。
黒崎…いや、白龍先生も少し遅れて到着した。
「あのさ真兄」
「…ん…どうした?」
「よく普通にしてられるね」
「何が?」
「流石にこんな女の子ばっかりの場所でくつろぐの厳しくない?」
「……は?渚、何を言ってんのお前?」
渚からこんな普通な言葉が出てくるなんて予想だにしてなかった。
渚はダウナー系のハイスペック陰キャだが、天然銀髪で中性的な美形顔。
湊さんよりも男性的な体格をしているが鍛えてる訳でもないのに細マッチョという意味の分からない奴だ。
俺が中学に居た時点でまあまあ話題に事欠かない奴だった。
モテるんだろうなぁとか思ってたら、「流石にこんな女の子ばっかりの場所で寛ぐの厳しくない?」とか言い出した。
「…そんな事を言えるような平穏な生活してんのかよ…」
「僕何も変な事言ってないんだけど…。この国大分平穏だよ」
「お前の身近に自殺願望とか持ち居ないのか?」
「破滅願望持ってるヤバい子は居るけど、自殺願望は居ない」
「良かった、いつも通り日本は平和だな」
「何も平和じゃない…。何言ってんのよアンタ達」
姉さんの鋭さの欠片もない疲れ切った様な突っ込みが飛んで来た。
この人もここに馴染めて来た様でなにより。
「あ、てか渚。湊さんに聞いたけど…お前赤柴に来んの?」
「総合学科あるでしょ、そっちの美術科行きたいと思ってるから。この辺に美術科ある高校ないし」
「…そういやそうだったな…」
俺が普通科だから忘れていたが、知り合いの中では中村先輩や烏間伊織さん辺りは総合学科の生徒だ。ついでに双子の椿先輩は国際学科。
「渚なら受かるし、自由に考えろ」
湊さんがミルクティーを飲みながらぼそっと呟いた。
「あと一人暮らしとかバイトもしたい」
「彼女作ってイチャイチャしたいとか言えよ」
「根暗に彼女できるわけないでしょ」
「根暗でも顔と性格と才能もってるから」
「でも真兄だって彼女居ないじゃん」
「お前の姉二人だって彼氏いないだろ」
「なんかこっちに飛び火した!」
ギョッとした様子で凛月がこっちを見た。
「…アンタ達見てると、頭おかしくなりそうよ」
「こう見ると、真が末っ子の妹で渚と凛月と美月が三つ子に見えるね…」
「白龍先生…それ、何もかも違う」
「そう見えるってだけ」
末っ子はギリギリ納得できるとして、妹ってのはちょっと許せない。
「…チッ…湊さんと渚は正常なのになんで俺だけ性別間違われんだよ…」
「あっ、舌打ちしてる真久々に見た…かも」
「…7月…半ばくらいからか?真お前、昔みたいになってきたよな」
「すっげー具体的なタイミング…。てか何ですか昔みたいって?」
「態度が悪いとこだな」
「湊さん、煽ってんの?」
「ほらそれ。小学校くらいの時そんな感じだったろ」
そう言われて思わず押し黙る。自分でも確かに、と納得してしまったから。
なんで急にこんな事になったんだろうか。
一番思うのは「最近色々ありすぎた」という事くらいか。そもそも高校に入ってからトラブル体質が悪化した気がする。
取り繕う余裕が無くなってきたのかな?そんな事ないと思ってるんだが。
「今日の真、学校でもずっと無表情だったね」
白龍先生にそう言われて、思わず押し黙る。
「確かに、昔の真はずっとポーカーフェイスでしたね」
「へえ…アンタ落ち着いてた時期あったんだ」
「落ち着いてたも何も、真は静かな子でしたよ。相当な事が無い限り自分から話しかけて来ない様な…」
「他の子より常に一歩引いて、全然話さない癖に聡明で…やっと話したと思ったら知的なのに口悪いからな。何考えてんのかは、今でも分からないけど」
「でも、今のお兄ちゃんはいつも笑顔で可愛い」
クロエがニコニコと笑いながらそう言った。そんな、クロエを撫でながら美月が呟いた。
「昔の真は笑わらなかった。女の子に間違われる様になったのも、表情を出すようになった中学生の頃から」
「あ、そうかも。前は殆ど間違われなかったもんね」
「ちょっと思い出した。真兄、確かに前は怖いイメージあったよ」
ちょっと待って?怒涛の勢いで昔の印象を話されて頭追い付かないんだけど。
そこで、姉さんが嫌な提案をしてきた。
「…なんか、真のこういう話面白いかも。ねえ湊さん、アルバムとかありますか?」
「幼稚園と小中の三つともあるぞ。美月の部屋にあるだろ?」
「あ、見たい!」
「…持ってくる」
「…余計なことを…」
5分もしない内に美月が持ってきたのはご丁寧に4冊。
幼稚園、小学校、中学校、そして昔紗月さんの趣味で集められていた写真アルバム。
「…えっと、どれが真よ?」
「「「これ」」」
小学校のアルバム、最初のページにある…卒業式のクラス集合写真。
銀髪三姉弟が集合写真の端っこを指差した。
指の先に居るのは…長い前髪で片目が隠れた少年。
皆ニコニコしたり、ちょっと泣いてしまって目元が赤くなったりしてる中…カメラに視線を向けることもない虚ろで表情は無い。
姉さんとクロエは今の俺と見比べると…
「「…誰?」」
と声を揃えた。
「…この頃はまだ目が死んでるな」
「まるで生き返ったみたいな言い方ですね、俺ずっと生きてますよ」
「…で、中学校がこっち」
もう一冊…こちらは紗月さんが集めていた写真集だ。
中学校に入りたての時の写真。
この時点だと少し髪が短くなり、外見的には今の状態に近い。
片目はハッキリ見えていた以前よりも、目元が隠れて見えないが…性別判定はできる。
そして何より、ちゃんと笑顔なのが分かる。
「…春休み中に何があったのよこれ…」
「さあ、何があったの?」
「何でも良いだろ」
「この代わり様は凄いな。何でこの時に気付かなかったんだ?」
「真ですから、気付かれないようにしたんでしょう」
「……で、何があったんだこれ?」
…何でこんな事を改めて言わされなきゃ行けないんだ…。
「人生の先輩にアドバイスを貰った…とか」
「誰それ?」
「真がそんな事言うような奴がこの世に居るのか…?」
「俺のことなんだと思ってんだよ…」
「…結局、誰よそれ?」
「……天音由紀さん」
あの人は意識してないだろうけど、個人的には恩人も恩人だ。
「天音由紀って…えっうそ?天音財団の代表と知り合いなのアンタ!?」
「…クロエと会うきっかけになったのも天音さんだけどな」
「天音…って、お父さんも知り合いだっけ?」
「まあ、ちょっとした理由でな。真みたいにプライベートで頼られる様な関係ではない」
「プライベートで頼られてるというか、目を付けられてるだけですけどね」
「十分凄い事よねそれ…」
「目をつけられてるってなんだよ?」
湊さんの質問の答えに少し迷った。
「あー…その、将来的に秘書やらないかって」
「は?天音の?」
「はい」
「……お前の将来安泰だな……」
「いや、俺何回か断ってて…」
「はあ!?なんで断ってるんだよ!?」
「いや、最初は中卒で良いから来てくれって言われて断って、今度は高卒で良いから来てくれって言われて断ってるんですよ」
「熱烈だな…。何したらそんな事になるんだよ…」
「なんか知らないけど天音さんからの好感度おかしいんだよな…」
一応、高校生の内に秘書検定とかも受けておく予定ではある。
普通に考えて天音さんの「格」を考えるとせめて大学出てからじゃないと批判されそうだからそう言ってるのだが…。
「心変わりしない内に来てくれって…何回言われたかな。大学出たらちゃんとした手順踏んで行くって言ってんのに…」
「そう考えると真…アンタ超優良物件ね。その気にさえなれば」
姉さんがそう言うと、紗月さんと白龍先生が頷いた。
「将来安泰で、家事スキルは文句無しですからね」
「その気にさえなれば、か。確かに根っこの部分は隠そうと思えば隠せる訳だもんね…」
「真って元々の性格は良いと思うよ?」
相変わらずアルバムに目を落としながらそういった。
小学生の頃の写真は必ずと言っていい程、凛月か美月が写っていると一緒に居る。
そして大体、凛月のやらかしの尻拭いか、凛月に付き合いきれない美月に肩を貸しているか。
それ以外にも、俺が写ってる写真の殆どが誰かを助けてるか寄り添ってるか。
一人で写ってる写真は全く無かった。勿論そういう場面だからこそ撮ってるんだとは思うが、やはり何処に居ても、この頃の俺が死んだ魚よりも生気の無い目をしてることに変わりはない。
「こう見ると、真はやっぱり人の為に動いてるね」
「今も、それはあんまり変わりませんよね」
「……仕方ないでしょ、そう育てられたんだから…」
呟くと、珍しく嫌味を感じない様な顔で微笑んだ湊さんが目に入った。
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