第75話 憂い

「霧崎……お隣さんかよ…」

「ん……ここ、黒崎先生の……」

「同居人だからな」

「……同棲………?」

「同居人な。俺、黒崎先生の養子に入るんだよ」

「養子……」


 俺の隣に住む住人には必ず美少女が居なければならない決まりでもあるんだろうか?


「俺近い内に黒崎真になるからな」

「…ん…。君は君のまま」

「…それはそうだろ」


 軽くため息を吐く。


「…この後の用事って…何?」

「付いて来ようとか考えんなよ?親戚の家に行く予定だからな」

「…ん…分かった」


 しゅん…とどこか残念そうに家に入っていった。

 仕方なく軽く手を振ってやると、嬉しそうに手を振り返してきた。


 口数が少なく、声の抑揚も小さい割には…全部擬音で表わせそうな位に表情が豊かで感情が読み取りやすい。


「……変な奴だな」


 俺は家に入るとさっさと着替えて、クロエを連れて駅前に向かった。




 帰りの生徒が一通り居なくなった空いた電車の中を降りて駅を出る。


『ほら、前に会った湊さん。覚えてるだろ?』

『お兄ちゃんと似てる人』

『…大体合ってるけどな…』


 クロエと異国の言葉で話しながら街を歩くと、見覚えのある銀髪が四人並んでいた。

 壮観とはこういう時に使う言葉なんだろう、目立ち方がヤバい。


『わっ、綺麗…』


 クロエを置き去りにして飛び付いてくる凛月を軽く抱きとめると、銀の髪を胸に押し付けてくる。


「…あのなぁ…」

「………」

「…凛月?」


 いつもと少し様子が違う。凛月と会うのは母さんのお葬式以来だがその時は殆ど話をしなかった。

 その前に会ったのはそれこそ、髪を切った時くらいか。


 そう考えると、話すのは2ヶ月半ぶりってところか。


 ボブに整えられている銀髪を軽く撫でてやると、後ろから…いつの間にか俺よりも背の高い渚が寄って来た。

 そしてクロエに向かって話しかけた。


『僕は鷹崎渚、お葬式の時には話せなかったけど…従兄弟ってことになるから、これからよろしく。同い年だから、何かあったら気軽に話して』

『あ、えっと…黒崎クロエです、よろしくお願いします!ドイツ語上手ですね!』

『クロエと話してみたくて、少し勉強したんだ』


 そんな姿を見て微笑む紗月さんに軽く会釈して、何やら行動がイケメン過ぎる渚は取り敢えず置いておき、抱き着いて離れようとしない凛月に話しかける。


「…凛月、いつまで抱き着いてんだ?」

「……もう少し」

「りつ姉も寂しかったみたいだから、偶には会いに来たら?」

「…ん、たかが幼馴染に執着し過ぎだろ」

「……りつは真のことずっと心配してた」


 どうしてこいつは、俺か湊さんが関わると途端にポンコツになるんだろう。

 どれだけ悲しくても、辛くても、凛月に頼った事例なんて一度も無いと思う。


 その理由は単純で…凛月に悲哀の表情は似合わないから。

 喜んでる顔と、笑ってる顔が凛月には一番。


 俺は少女を優しく抱き締めた。

 凛月に対してこんな事をしたのは初めてな気がする。


「…真…?」

「…ありがとな、凛月。俺は大丈夫だから…いつも通りに笑顔見せてくれよ」

「っ…うん…!」


 少しだけ離れて目元を拭うと、美少女は明るく、柔らかい笑顔を見せてくれた。

 そんな少女の頭を撫でると、嬉しそうに目を細めた。


 うん、凛月にはこれが一番似合う。


「…りつ姉っていつになったら真兄と付き合うの?」

「え?私と真が?流石に無いよ〜」


 それはどういう意味の“無い”なんだろうか。


「凛月が付き合うくらいなら私が貰う」

「みつ姉、何言ってるのかよく分からないけど…?」

「言葉の通り」

「…にぎやかなご姉弟だね」


 クロエの言葉に苦笑する渚。


「りつ姉と真兄の距離感って、ほぼ母さんと父さんだよ?」

「それは無いだろ、あんな年中新婚夫婦みたいな雰囲気出してない」

「ふふっ、私と湊君は結婚して16年ですよ?新婚じゃありません」

「…そうですか…。あの、そろそろ行きませんか?」

「…だね、行こう」


 先頭を凛月が歩き、その後ろを美月が、横に渚が並んで、クロエにこの街について紹介する様に話をしていく。

 俺は一番うしろで紗月さんと並んだ。


 すると、ぽんっと頭に手を置かれた。

 自分よりも背の低い女性にこういう事をされても、どういう反応をすれば良いのか分からない。


「…紗月さん?なんですか?」

「真には、少し謝らないといけませんよね」

「何をですか?」

「白龍の事です」

「えっと…?」

「本人に聞きました、凛さんの訃報を聞いたあとの事」


 …黒崎先生?あれを人に言ったの?

 俺は素で困惑してしまった。


「あっ……あー…はい…でも、紗月さんが謝る事じゃ…」

「真は、白龍の初恋について話を聞きましたか?」

「えっ?はい、一応…知ってますけど」

「…白龍の話では、あの時の真を…湊君と重ねてしまったせいで、あんなことをしてしまったと」

「…言ってましたね、確かに…。俺と湊さんは似てるって」


 紗月さんは俺の事を優しく抱き寄せた。

 歩きながらだから、そんなに力強くはないが…温もりは感じられる。


「…そうですね、よく似てます。人と居るときは全くですけど」

「人と居るときは…?」

「真は一人でいる時と悩んでいる時、とても湊君に似てるんです」

「……どういう所がですか?」

「余裕がなくなる所です」

「…元々、そんなに余裕なんてありませんけど…」


 いつどこでもトラブルに付き纏われるから。


「余裕そうな顔をしてるんです、真はいつも。でも…人に見られてない時は、不意に暗い顔をするんですよ」

「……ん……」

「どんな問題事を抱えても、解決できる目処が立つまで大人に頼らないんだって、拓真さんが言ってましたよ」

「別に…。そんなつもりはありません。結構頼ってると思いますけど」

「はい、頼ってはくれますよ。でも、手の届く範囲の問題は限界まで解決するじゃないですか」

「それは…手が届くんですから」

「少し位楽をしたって、バチは当たりません。自分で出来る事を自分の手でやるのは大切ですけど…何でもかんでも自分でこなし切るのではなく、適度に手を抜く、後は関わり過ぎないことが大事ですよ」

「…肝に銘じます」

「少し説教じみてしまいましたね」


 ごめんなさいね、と紗月さんが軽く微笑む。


 やはりその美貌はもうすぐ40歳近いとは思えないな、黒崎先生と同じで…。

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