第74話 やりにくい相手

「ええと、他に注意事項は無いかな。じゃあ、言っても無駄だとは思うけど羽目を外し過ぎない様に。以上、解散」


 黒崎先生が面倒くさそうにそう言って教室を出ていった。


 明日から夏休みに入り、少ししたら俺と松川夏芽さんは黒崎先生の養子となる。

 今の内に黒崎先生じゃなくて、白龍先生って呼ぶようにしておかないと。


 姉さんの引っ越しも終わったし、明日からは普通の家族として生活する事になる。


 少し前に母さんの葬式も終わって、俺の生活にはやっと一段落が着いた。


「おーい、真。この後予定あるか?」

「あるよ、悪いけどね」

「あんのかよ…なんか最近付き合い悪いぞ」

「仕方ないでしょ、割と忙しいんだから」

「学生そんなに忙しいもんかよ?」

「忙しいもんなんだよ、トラブル体質なんでね。それじゃ、また今度」

「おう、またな〜」


 達也達に軽く挨拶して教室を出る。

 すると、少しして霧崎が後ろまで着いて来た。


「…ん…一緒に帰って良い?」

「…良いけど、どうした急に?」

「…せっかく再会したのに…」

「いや、だって再会しようが今は普通にクラスメイトだし。そもそもそんなに深い付き合いが有る訳でもないだろ」

「……ん…。もう少し、何かあっても…」

「んー…」


 そう言われても、特に何もないんだから仕方ない。

 まあ、強いて気になる事があるとすれば…夜空みたいな深い事情が無い限りは一週間ほど隣の席に居たら惚れるのが福島大翔という人間だ。

 その枠組みから逸脱してるのは、ある種の疑問だ。


「…クラスには慣れたか?」

「ん…。皆良くしてくれる」

「そりゃ、よくするよ。皆話したくて仲良くなりたくて仕方ないだろうからな」

「…でも、君は話しかけてくれない」

「席遠いし、用もないのに一々話しかけに行く距離でもないだろ」

「…ん…言ってることがさっきと違う…」

「俺は例外だろ、君の事を知ってるようで知らないからな」


 校舎を出ると、蒸し暑い風と日差しに照らされる。


「私は……君と仲良くしたい」

「元々仲良いだろ、友達友達」

「…塩対応……。怒らせる事、した?」

「…いや、塩対応のつもりは無い。寧ろこっちが素だ…」

「ん……?確かに、前とも…普段クラスメイトと話してる時とも雰囲気とか口調とか違う…かも」

「話す相手によって態度変えるなんて普通だと思うけどな」

「…私と二人だと、素なの?」

「別に…。今更だろ」


 歩いてるだけで汗が出そうな程に気温は高い。


 校門の周辺には帰る生徒達に挨拶している先生が居た。

 俺はそれに軽く会釈した。こちらを見ていた気はするが、挨拶が返って来なかったのでなんか恥ずい。


 隣を歩く美少女はかなり髪が長いを惜しげもなく風になびかせている。


「…この季節でその髪って大変じゃないか?」

「…ん…。君は短い方が好き?」

「いや、長い方が好きだけど…」

「……ん、私も」

「…あっそ」

「……冷たい…」

「暑いし丁度いいだろ」


 色々と言う割には隣を、なんなら腕にくっついてくる。


 ふと思い返してみると…確かに、彼女が転校してきてから、俺は霧崎紫苑に対しての対応が少し荒いかも知れない。


 これと言った理由は無いが、実際これは素に近い自分だと自覚している。


 客観的に見ると俺の元々の性格はそこまでアクティブじゃない。

 どちらかと言えば暗い方だ。


 表向き明るく、人によって話やすい自分を作って居るし年上に対しては常に敬語で話す。

 敬語は一々口調を作らなくてもいいし、色々と楽でいられるから。


 そもそも何故自分を繕って、口調や態度を変えて話すようになったのか。

 それは俺自身が昔から「口が悪い、態度が荒い」という自覚があったからだ。

 それを少しずつ改善していった。


 人と話してて少しでも苛つくと、とんでもない暴言を吐きそうになる事がある。

 最近では理緒先輩の家にお邪魔した時に、斑鳩光相手に「親の言いなりになってるだけのマリオネット」とかいいそうになったし、「表面が良いだけの能無し」とは真正面から言ってしまった。


 基本的に理詰めにしようと思ってはいるが、如何せん元々の育ちの悪さ目立つのでそれを隠すのが難しい。


 人と話す時はできるだけ、好意的な感情を表に出して表情を作り、声、雰囲気、口調、態度を相手によって少しずつ変える。


 それをしないと俺は口が悪く無表情で態度が悪い。これはコミュニケーションには致命的だ。


 この美少女に対してはどう取り繕うのが正解なのか分からない。

 以前と同じ容姿性格をしていたなら、素直な性格に対して諭す、教える様な、少しだけ上からの口調や態度で接すると良いのは分かっている。


 俺は鈍感じゃない。

 他人の感情や考えにはかなり敏感で、人の性格や思考を見抜くのは得意だ。


 それに、これは初めて向けられる感情じゃない。


 何度か、今霧崎が向けてくる感情に近い物は感じたことがある。


 それは夜空から向けられた物。

 言うなれば『恋心』という奴だ。


 霧崎紫苑は以前と変わらず、自分の感情や考えに素直だが、まだその感情は内に秘めている。

 自覚があるのか無いのか、そこまでは分からないが。


 恋は盲目、とは良く言ったもので…彼女に対しての少し荒い対応が「間宮真の素に近い物」だと分かった瞬間、より好意的に捉えられる。


 向けられる感情や言葉を全てを好意的に捉え、相手の短所や欠点が見えず盲目的になる。


 今の霧崎紫苑はまさにそんな状態だ。

 以前の夜空は福島大翔という絶対的で絶大な効果を持った存在が常に横に居たから、本来の位置関係へ戻すだけで俺へ向ける感情は“恋心”から、現状へと導いてくれた“恩義”へと変わった。


 いつぞやに黒崎先生から向けられた感情は「行き過ぎた母性」とでも言うべきか。

 向け方や伝え方が分からなくなった母性と愛情が半ば暴走した結果、体を重ねるという選択をしてしまった。


 全くの別物だが、美月に色々と盛られたり押し倒されたりした時にあったのは黒崎先生に対しての「嫉妬」だった。単純に、幼馴染を取られた気になったんだろう。

 あれは恋や愛とは似ているものの少し違う。簡単な話「コイツとならヤッても後に響かないし良いか」という…信頼や安心感から来る行動だ。


 ある意味で盲目的と言えるが、黒崎先生も美月も、夜空や霧崎と比べると俺の事を良く知っている。


 その行動が原因で関係がおかしくなる事が無いと分かっているから起こしてしまった。

 俺だって別に、二人にされた事が嫌だった訳では無い。色々と悩みはするけども。


 少し俯いていると、何気なく俺の顔を下から覗き込んでくる。

 その顔はやはり美しい…が、夜空の時と違って昔とのギャップがある以上は中々見慣れない物だ。


 心に闇があった夜空は距離を縮めやすかったが、霧崎にこれと言った闇は無い。

 寧ろ、それを晴らしたからこうして純度の高い好意を向けられている訳なのだが…。


「……やりにくいな…」

「…ん…私が?」

「他に誰が居るんだよ…」

「……可愛くなったと思うのに…」

「顔の話じゃねえって…」


 強いていうなら性格の話だ。

 あの頃のちょっとやさぐれていた彼女の方が、まだ話しやすかった。

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