第六章

第71話 紫紺の瞳

「…凄え、マジで本物だ」

「顔良すぎだろ…」

「髪長げえ、綺麗」

「ん…三人ともテンション高いな」


 まあこの3人に限った話ではないが。


 俺達は席替えにて、不正を疑われてもおかしくないレベルで位置関係が変わらなかった。

 一方で相変わらずの主人公力を発揮した福島大翔は右に夜空、左に転校生の霧崎紫苑、後ろに真冬、前に桜井さんという素晴らしい美少女陣形。


「…にしてもやっぱり大翔んとこか…」

「ほら、そこは主人公だから」

「最近栗山さんと仲良かったしそろそろ消えたと思ったんだけどなぁ」

「あーあ、こんな事ならさっさとくっついてりゃ良かったのに…」

「そうなれば主人公じゃなくなるか…」

「だから俺達にもチャンスあるんだろ?」

「まあ、福島居る限り基本的なチャンスねえもんなあ…」

「お前が言うなよ佑樹」


 と、俺が言うと…


「彼女持ちは黙っとけ」


 と、海人が続いた。


「はあ?」

「なんかあたり強くね…?」


 廊下側一番うしろに俺。達也が一つ前の席、その隣に佑樹、そして俺の隣に海人。

 変わったこといえば佑樹と海人の席が逆になった程度。


 しかも7月終われば夏休み入るからな…。


「おら1限目始めんぞ」


 入って来た先生は、何故かいつもと違う人。

 この人は確か、蛍光灯落ちて来た時の先生だな。


 このクラスの英語は普段別の先生が担当していた筈だが…。


 流石に先生全員の顔と名前は把握してない。


 いつもの様に普段と違う事があると、なんとなくトラブルの予感がする。

 ただ今回は先生側に何かあった程度なんだろうから、俺は特に気に留める事無く授業を受けた。



 ◇◇◇



 昼休みになると、やはりいつメンで理科実験室に向かった。


 …のだが、何だか人数が多い。


「…どういうことだ?」

「知らねえ」

「なんか着いて来たぞ…」


 何故か福島と夜空、転校生と桜井さん、蜜里さんまでも着いて来た。


「お前らこんな所で昼休み過ごしてたのか」

「…理科実験室に10人は多いって」

「えっ、ここ使って大丈夫なんですか?」

「…一応教頭に許可取ってる」

「へえ…」


 何故か丁寧に全員分の椅子を出す真冬、特等席だと言わんばかりに窓際の端に座った。

 福島も何気なくその隣に座った。多分何も考えてないとは思うけど。


「…なあ、真冬もいつもここに居るのか?」

「そうだけど、それが?」

「男四人と居て楽しいのか?」

「女の子二人だし」

「あれ?後は誰が来てるんだ?」

「真だろ」


 ………ちょっと待って。何で俺が女子判定食らってんの?

 おい達也、福島も納得すんな。


「あ、そうだ紫苑。こいつらは…」


 突然福島が、転校生に俺達の紹介を始めた。

 なんか早速呼び捨てにしてるあたり、主人公力が限界突破すら通り越してる気がする。


 名前を聞いていく中でふと、転校生はフッと柔らかく笑みを浮かべた。


「ん…一人は、知ってる」

「なんだ、知り合いでも居るのか?」


 怪訝な表情を浮かべた福島、転校生の視線の先には…


「…え?俺?」

「ん………。やっぱり気付いて無かった…」

「えっ…と?いや、俺の知り合いには霧崎って名字も紫苑って名前も居ないんだけど…」

「……ん…」


 ジト目で見つめてくる転校生、俺は本気で頭を悩ませた。


「……人違いでは…」

「ない。君の顔は、中々忘れない」

「お、おい真!お前マジであのシオンと知り合いなのか!」

「いや、本当に覚えてないんだって!てか知り合いだったとして…流石にこんな美少女忘れないって」

「や、まあそうだよな…」

「紫苑、やっぱり人違いなんじゃないか?」


 つーんと拗ねたような可愛らしい表情を向けてくる。

 冷静に考えて久しぶりに再開した人に「人違い」とか「覚えてない」とか言われたらそりゃ拗ねもするだろうけど…。

 本当に見覚えがない……あ、いや……?


「…ん……。間宮真君」

「えっ?俺名乗ってない…」

「お、おいやっぱり知られてんぞお前!」

「待って、ちょっと待ってよ…今なんか思い出した。顔も名前も全くわかんないけど…一つだけ」

「何だ真、何を思い出した?」


 俺は転校生に少し近寄って綺麗な顔を見つめた。

 じっと見ていたせいか、美少女は思わずといった様子で顔を反らした。


「……間宮君、見過ぎじゃないですか?」


 蜜里さんの言葉で引き下がりながら必死に考えを巡らせる。


「…待ってくれよ、何か見覚えが……」


 何だろう、一体何に見覚えがある………あっ…!


 チラッとまたこちらを見た転校生の瞳と視線が交差した時、気付いた。


 そしてすぐに考え直した。

 教室の窓を開けて風を入れる。うん、ぬるい。これでは頭を冷やせない。


「……ん…いや…ちょっと待ってよ。ちょっと考え直す」

「何だお前、完全に思い出した反応だっただろ今の」

「いや、思い出したよ、思い出したんだけど…ごめん。マジで現実を直視できない」

「おい、お前何を思い出したのか知らないけど、あの美少女を至近距離で覗き込んだ挙げ句出てきた言葉が『現実を直視できない』はマジで意味分からんぞ」


 流石にダメ元でこれ言うのは不味い。

 違った時に気まずくなること間違いなしだから。

 どことなく不安そうな表情をしている転校生に、差し支えなさそうな事を聞いてみることにする。


「…あのさ、霧崎さん…」

「思い出した……?」

「……交換日記ってやった…?」


 恐る恐る質問すると、美少女はうるっと瞳を揺らして少し表情を明るくした。

 その反応を見て…取り敢えず一言、言わせてもらう。


「…俺君の名前知らねえよ…」


 思わずため息交じりに声をあげると、美少女も少し頬を膨らませた。


「ん……。それは、君が急に居なくなったから…」

「ちゃんと説明は書いただろ!」

「…。そう、だけど…。お別れくらいちゃんとして…欲しかった」

「それは普通にごめん。だとしてもなあ、流石に変わり過ぎ、分かんねえって」


 少なくとも久しぶりに会った女の子に「誰お前」って反応するのは中々最低だとは思う。

 でも仕方ないじゃないか、マジで分からなかったんだから。


「……髪、伸ばしたほうが良いって言ったのは…君」

「それは…そうだっけ?俺そんなこと言ったの?」

「ん…。言った」


 取り敢えず、彼女が誰なのかは思い出した。


 確か中学二年生の頃のゴールデンウィークにであった黒峰中の少女。

 何やら無理なダイエットに躍起になっていたので手助けをした。


 あの頃の彼女は…お世辞にも美人とは言えなかった。髪質が悪かったり、肌が荒れていたり、体の線もかなり太かったから。

 特に不便しなかったから名前すらも聞いてなかった。


 唯一、光を反射しない程に漆黒の髪と…不思議な紫の瞳だけは前と変わらず印象的。


 …にしても、ここまでの美少女に変わるとは…。


「ええっと…真君、本当に知り合いなの?」

「あー…うん、知り合いといえば知り合い。名前に関してはマジで知らなかったけどね。短い間だけど、仲は良かったよ」

「すげ、そんな事あるんだな」


 取り敢えず席に座り直す。正面に座ってきた転校生の顔を改めて見つめる。

 透き通る様な白い肌、艶のある長い髪に、以前と変わらない瞳。

 一年間程度だが、shineシャインというグループで絶対的なセンターを確立していた時期もあった。


 それは紛れもなく、彼女自身の努力の賜物。


「見返したんだな」

「…ん…お陰様」

「努力したのは君だろ?俺は手を貸しただけだよ」


 美少女は嬉しそうに笑顔を見せた。


「間宮君、お二人はどういう知り合いなんですか?」

「ん…どんな…か」


 そう言われると少し困る。

 どういう関係なんだろうな?取り敢えず助けを求めて転校生に目を向けると、彼女は紫紺の瞳を揺らした。


「君にとっての私は、どうでもいい人?…覚えて無かったくらいだから…」

「………覚えては居たよ、分からなかっただけ」

「いつの話してんのか知らないけどさ、今と前の紫苑ってそんなに違うのか?」

「…まあ…ほぼ別人」


 ハッキリとそう言うと、少女はニコッと微笑んだ。


「…ん…私にとって、君は人生の全てを変えてくれた人」

「大袈裟だな」

「大袈裟じゃない。君が話しかけてくれなかったら、shineシャインにも入ってない」

「…えっ、そうなの?」


 桜井さんの言葉に、転校生は笑顔のまま答えた。


「…ん…そう。私がshineシャインのオーディション受けたのは、間宮君に見つけて欲しかったから。君のおかけで、今はこんな場所に立ってるんだよ…って」


 転校生の話を聞いて、理科実験室には静寂が響いた。

 …居心地悪っ。

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