第69話 頼りになる大人

「………まあ、こんな所ですね。調べは全部ついてるみたいです」


 俺は天音さんから送られてきた斑鳩光の悪行についての資料を元に一つ一つ話していった。


 …取り敢えず分かったのは、この人がマジの悪人だということ。

 今すぐに警察に突き出しても一切問題無い。寧ろそうした方が良いレベルの人だ。


 法律スレスレの物から普通にアウトな物、中でも一番不味いのはやはり、懐妊した女性が二人居ると言うところか。

 これは8割くらいの確率で、双方同意の行為からなっただろうから犯罪にはならない。だが、だからこそ面倒くさい。


 俺は一度、逃げようとした斑鳩光をとっ捕まえて組み伏せた。今は部屋の隅で綾さんと尊さんに監視させている。


 そんな訳で俺は真正面から川村夫妻と話している。


「…天音さんは、親にどうにかして欲しくて泳がせてらしいですけど、まあ結局この有り様。川村さん…はっきりと、一切言葉を選ばずに言いますけど……本当に人を見る目が無かったですね」

「………返す言葉もないな…」

「これに気付かなかった貴方の所の社長も責任は大きいですけどね…。正直、これ会社潰されても文句言えないですよ」

「…だろうな」

「どうするつもりですか、これ?」

「…どう、するのが正解なんだろうな」


 ……ん…?ふざけてんのかこの人。

 それともマジで分からないのか?


「…斑鳩社長に連絡してください。その人の会社に発生してる損失ですから。貴方の取るべき措置は副社長としての物だけ、許嫁とかふざけた話は二度と表に出さない方が良いです。成人済みの大学生なら責任能力を問えますから。まあ、普通に逮捕になると思いますよ。会社の金を社長の御曹司が横領してる訳ですから…」


 誰がどう聞いても、馬鹿のやることだなそれ。俺はその程度にしか思わないな、こんな話。

 しかもその会社の女性従業員食ってるとか、普通に頭おかしい。


「…なんでこんな事に…」

「人を見る目が無いからでしょう、馬鹿を見抜けなかったからですよ」

「……辛辣だな」


 川村さんの態度に本格的に苛ついてきた。この人何がしたいんだ?何が言いたいんだ?


「…チッ…。あのな川村さん、これはそもそも俺に関係の無い話だからな?天音さんに偶然言われてた事と、理緒先輩の家族の事だから仕方なく関わってるんだよ」


 俺はできるだけ取り繕っていたが、この人にそれは意味がない。

 優柔不断でうだうだしてる相手にこっちがイライラするだけだ。

 話してる口調が豹変したせいか、理緒先輩や綾さん達もこっちに目を向けた。


「大元を辿れば、あそこのバカを見抜けなかったアンタと斑鳩社長の監督不行届、もっと言えば能無しに育てた斑鳩光の親と環境の問題なんだよ。話を聞いた限り理緒先輩と斑鳩光さんは幼馴染なんだってな?ならアンタもそう育てた環境の一環だ」


 あまりこういう言い方をしたくは無いが、一企業の副社長にまで上り詰めたくせにこの程度の現実から逃げようとするのはどうかと思う。


「斑鳩光に責任能力は問える、問題の大きさとしては刑事事件にもなる。けど、これは諸々の問題が解決した後も、多方面に悪影響を与えかねないんだよ。アンタはそれを分かってんのか?」


 川村和也さんは俯いて、話を聞いてるのかも分からない。

 何個下かも分からない高校生にこんな説教されるなんて、ここに帰ってきた時には思っても見なかっただろう。

 俺だって二回り近く年上の相手にこんな事を言うなんて思ってなかった。


「反省しろとか、そんな事を言う気はありません。俺に言われてするような反省なんてたかが知れてるますんで。貴方は自分がやらなきゃ行けない事をやって、今後の為に会社の信用回復に務めるしか無いでしょう……と言っても、これは話を表沙汰にするって前提の話ですけどね」

「そ、それは…どういう…?」

「別にどうもこうも。天音さんはこの話をこの家の中で完結させるって選択肢もあると言ってから、それです」

「それ…って…」


 俺は頬杖をついて、一切言葉を選ばすに言った。


「まあ要は、誰も口外しなけりゃ、そこのバカを野放しにして終わりってだけ。今まで通り過ごせば良い。その場合、俺と天音さんは川村家のにも斑鳩家にも一切関与しないって、それだけです。強引に斑鳩光と理緒先輩を結婚させるでも、今まで通り会社の金の横領をするでも、あと二、三人孕ませるでも好きにすれば良い。法的措置を取らないってのはそういう事です。見つからなけりゃ犯罪も犯罪として罪に問えませんからね」


 静まり返った部屋の中、時計の針が動く音だけが響く。

 思わずため息を吐いてからスマホを取り出した。


「……もしもし?」

『やあ真、どうかした?』

「今、時間ありますか?」

『あるよ』

「地図情報送るんで、来て欲しいんです」

『僕、今湊の家に居るんだけど、近いかな?』

「近いですね」

『いいよ』

「じゃあ、情報送りますね」


 通話を切ってマップ情報を共有する。湊さんの家からなら車で十分もかからないだろう。

 和也さんがどこか恨めしそうな表情を上げた。


「一体、今度は誰を呼んだんだ…?」

「こういう時に頼りになる知り合いです」


 少し待っていると、インターホンが鳴った。


 灯里さんが出迎えに行き、部屋に入ってきたのは明るい髪色のジャケットを着たイケメン。


「やあ…真、僕はなんで呼び出されたんだい?」

「俺が拓真さん呼び出す要件なんて一つだけですよ」

「…いつものトラブル体質?」

「そうです」

「……今度は何かな?」

「…取り敢えず、自己紹介してくださいよ」

「ああ、まあそうだね」


 ジャケットの内ポケットから革製の警察手帳を取り出した開いた。


「普段は、いわゆる刑事ってのをやってる、真の友達です」

「…友達の父親でしょ」

「僕と真も、友達だろ?」

「……そうなんですか?」

「そうなんだって」


 拓真さんは軽くそういうと、警察手帳を仕舞った。

 まさか普通に警察が入ってくるなんて思っても居なかったのか、斑鳩が慌てふためいた。

 俺はそんな斑鳩光を指さした。


「その人について少し話したいんです」

「はいよ、何かな?」


 俺は今に至るまでの経緯をかいつまんで話し、天音さんからの話は詳細を詳しく語った。


「……成程、確かに斑鳩社長さんにも話聞かないと分からないね…。天音さんの話では、証拠は揃ってるんでしょ?」

「らしいです」

「なら、彼は僕が署まで連れて行こうか?」

「話聞くならここで大丈夫じゃないですか?」

「君達にとっては良いかも知れないけど、彼にとっては不利な状況。そういう面倒な法的なんたらかんたらが沢山あるんだよ」


 説明すらのが面倒になるくらい、沢山の“なんたらかんたら”があるのか、成程、この人説明面倒になってんな。

 要は加害者側が不利な状況だから、場所を変えて対等に話を聞く、という事らしい。


「それならお任せします」

「さて、斑鳩さんだっけ?取り敢えず署まで同行願いますよ。拒否権はあるけど…真と居るよりは、大分マシですからね」

「俺の事を脅しの道具に使わないで下さいよ」

「人聞き悪いね、脅しじゃないよこれは。説得」


 そんな訳で、斑鳩光は拓真さんが警察署まで連れて行った。やはり頼りになる大人が知り合いに居るって本当に大事だ。

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