第68話 天音の権威
何か言いたげな先輩に、気にしないで欲しいと意味を込めて笑顔を見せる。
理緒先輩は浮かない表情のまま先輩のお母様こと、
俺も先輩のそばに並んで邸宅の庭に入る。
そもそも中庭の時点で広すぎてびっくりしていたけど。
「…真、お前…その…」
少しよそよそしく話しかけてきた理緒輩に、思わず肩をすくめる。
「…先輩はいつも通り居てください。俺に気を使うのはらしくないです」
「らしくないってお前な…」
「まあでも、人の気持ちは察せるのにどう言えば良いのか分からない不器用な感じは理緒先輩らしくて可愛いと思います、そういう所は好きです」
「……親の前でそういう事を言うなよ…」
「人前で恋人繋ぎする人に言われたくないですよ」
先輩と少し言い合っていると、前で灯里さんがくすくすと肩を揺らした。なにか言う訳でもなく一足先に家に入っていく。
「…あ、先輩って兄弟とか居ますか?」
「いる、上に二人」
「…末っ子なんですか…?」
「意外か?」
「何だかんだ面倒見いいんで、妹さんでも居るのかなとか思ってましたけど……」
リビングに入ると、突然理緒先輩が横に逃げた。それを見て俺も咄嗟に同じ方向へ逃げる。
「「うわぁっ!!」」
悲鳴とともに廊下の方へと二つの人影が放り出される。
どうやら理緒先輩に向かって飛び付いた…のだとは思うが、状況がよく分からない。
取り敢えず廊下で伸びてる二人に目を向けた。
「…えっ?」
「それが私の姉二人だ」
どちらも体格は平均的、多分身長は160センチ前後だろう。
バッと立ち上がったお二人は、確かに理緒先輩と似てる。
体格は全く違うが、容姿は確かに似てる…か?
「ちょっ…りっちゃん…?…その男?女?誰よ!」
「彼氏」
「「彼氏ぃ!?」」
何やらヒソヒソと話しだしたお二人。
ちょっと待って?一回女の線を考えたなこの人たち、それでも尚「誰よ!」という台詞を続けたのはなんでだ?
「悪い真、騒がしいよな」
「いや、なんか…はい」
「…そっちの眼鏡が長女の
「へえ…一人暮らししてるの先輩だけなんですね」
「き、君!名前と年齢と誕生日と期末の学年総合順位を言いなさい!」
眼鏡の長女、綾さんが俺に思いっきり指さしてそういった。
思わず理緒先輩に助けを求めるが、言ってやれ、と言わんばかりに笑みを浮かべた。
「えっと、間宮真15歳…誕生日は11月21日で、期末の順位は2位です」
「「くっ…高い」」
「おっ?上がったな…中間11位って言ってたろ」
「はい、お陰様で。普段テスト勉強しないんで、真面目にやったら上がりました」
「…普段勉強しないって何だ…?」
「そのままです、自主学習をする習慣が無いんで」
「…お前凄いんだな。まあ、取り敢えず中入っとけ、私は着替えてくる」
「はい」
先輩に言われた通りリビングに入ると、すぐにお姉さん二人から質問攻めにあった。
ロリコンなのかとか、どうやって仲良くなったんだとか、どうしたら対応が柔らかくなるんだとか、どうしたら妹と仲良くなれるんだとか。
…妹との仲深めたすぎだろ、見てる感じ結構仲良いぞ。
着替えてきた理緒先輩は普段着のラフな格好。
リビングの大きなソファに座らされた状態で両脇を自分の姉に挟まれた彼氏を見て、先輩は呆れたように小さくため息を吐いた。
こうしてお姉さん二人と比べて見ると本当に小柄だが…正直、理緒先輩のほうが大人っぽい。
「…先輩はお姉さん方と仲悪いんですか?」
「そう見えるか?」
「全くそうは見えませんけど、お姉さん二人は先輩と仲良くしたいらしいですよ?」
両脇を固めるお姉さん二人がウンウンと頷く。先輩はまた息を吐いて、ぽすっと俺の膝の上に座った。
「「ねぁっ!?」」
「…えっ、何ですか?」
「綾姉達より、私の事を構えよ」
「ぐはぁっ…!」
「ま、負けた…」
背を体を預けてきた理緒先輩と、何故か外側に倒れこんだお姉さん二人。
コントでもしてるのかこの人たち?
取り敢えず頭を撫でる。
「理緒先輩って普段髪のお手入れしてます?」
「ほぼやってない」
…それにしては整ってるけど、林間学校の時とかの朝の様子を見ると少し心配になる。
「何でですか勿体無い、折角綺麗な髪してるのに」
「面倒だろ」
「なら何で伸ばしてるんです?」
「切りに行くのも面倒」
「……なら俺がやりましょうか」
「林間学校の時も思ったけど…お前人の髪触るのす……慣れてるよな」
好きなのかって聞こうとしたな?正直に言うと大好きだよ。嫌われてさえ無ければ割りと触ろうとしてるくらいには。
「幼馴染の女の子が居るんで、しかも双子で。小さい頃とかよく手伝ってたんですよ」
思ってることとは別の言い訳をしっかりと考えてあるのでそっちを説明する。
「…どーりで女慣れしてるわけだ」
「そういう事です…。で、どうします?」
「お前はやりたいのか?」
「やりたいし、先輩にもやって欲しいです」
「……しゃーねーな」
少し照れくさそうに呟いた。実は推しに弱いなこの人。
ふと、キッチンで楽しそうにこちらを見ていた灯里さんが玄関に向かった。
少しすると、ドタドタと足音を聞こえてくる。誰かがリビングのドアを勢いよく開けた。
入って来た人影は二つ、どちらも男性。
一人は壮年の風格漂うオジサマと言った風貌の体格のいい男性。
もう一人はかなり若い、恐らくは理緒先輩と同級生か、大学生くらいだろうかパッと見の身長は180センチ前後、短髪で爽やかそうな雰囲気で、かなりの容姿が整っている。
場合によっては福島よりも女性からの注目を集めそうなくらいに、イケメンだ。
「理緒に彼氏だとぉ!?」
「認めるわけがないだろう…」
「…面倒なのが居る…」
理緒先輩は疲れたように再度背を預けてくる。
二人は俺のことを睨みつけると、壮年の男性は膝から崩れ落ちて、イケメンさんは近付いて来た。
「理緒、少しそいつに話がある、どいてくれ」
「……帰れ、呼んだ記憶無いぞ」
「許嫁の誕生日に来ない訳が無いだろう?」
「親が勝手に言ってるだけだろ、私は知らない」
なんか埒が明かなそうだ。何となく話は掴めたので、俺は理緒先輩を膝から下ろして立った。
「あっ、おい」
「ええと、取り敢えず。俺は間宮真です、貴方の名前は?」
俺が名乗ると、後ろで崩れていた壮年の男性がピクっと反応した。
イケメンさんはこれを睨みつけたまま名乗った。
「
「…斑鳩さんですね、お話というのは?」
「今すぐ別れろ、そして帰れ。理緒の隣はお前の場所じゃない」
「…成程、一旦その話は保留で。それ以降が会話にならないので。許嫁って言うと親同士が認めてるってだけですよね。それも、今日少しだけ見聞きした限り…“父親同士だけ”で認め合ってる感じの…」
「それがどうした、これ以上はお前には関係の無い話だ、帰れ」
話をしようと言った癖に話しならないなこの人。
そんなこの人の対応に少しだけイラッとした。ここ場が一対一だったら手が出てた可能性が高い。
できるだけ、表面だけでも笑顔は崩さずに。
「親の言いなりになってるだけの……じゃねえや…。えっと…」
おっと…危ない、とんでもない暴言吐く所だった。育ち悪いのバレるぞ。
俺は自分が思ってるよりも苛ついてるのかも知れない。
「理緒先輩の意思もない、双方の両親が納得してる訳でも無い、その程度の許嫁に意味なんて無いですよ」
「言ったはずだ、君には関係ない」
「ありますよ。
できる限りの作り笑顔で言い返すと、後ろから壮年の男性が斑鳩さんを押し退けて俺の前に立った。
「ちょっ…和也さん!俺は今…」
「き、君は…間宮凛の息子か!」
和也さん、と呼ばれたこの人は多分、理緒先輩のお父さんだろう。
リビングに戻ってきた灯里さんが修羅場を見て不安そうにお姉さん二人に目を向けた。
お姉さん二人は我関せずを貫いている。
「灯里さんにも聞かれましたけど、そうです」
「や、やはり…。何故うちの娘に目をつけたんだ?」
「目をつけたとか人聞きが悪過ぎる…。母さんのこと何だと思ってるんですか…」
「ま、まあそれは良い…。ともかく、理緒とは将来彼か結婚すると決まっているんだ。君の入る余地はない」
「…理緒先輩がそれに納得してませんけど?いくら相手が大企業の御曹司だからって、その流され方で良いんですか?」
俺が表情を消してそう言うと、我関せずを貫いていたお姉さん方や灯里さんまでもこちらに目を向けた。
「…君はそれをわかった上で言っていたのか…」
「この辺で斑鳩なんて名前の人、他に居ないですから。世間知らずじゃない限り分かります」
「分かった上で言っているなら君は十分に世間知らずだろう。俺と君じゃ立場が違うんだ」
言い張るイケメンさんに、俺はニヤッと口角を上げてみせた。
「よく知ってるよ、アンタの事は。所詮は表面が良いだけの能無しだろ?どっかで聞いたことある名前だと思ったんだ、散々愚痴聞かされた事を思い出したよ」
俺はスマホを取り出してある人に通話を掛けた。
ワンコールが終わらない内に通話がつながったので、スピーカーモードに変える。
『少年、急にどうし…『大事な会議中に電話に出るとはどういう事ですか社長!!』『代表!我々の話を…』……』
…なんか凄い怒声が聞こえてくるんだけど…。
「…あの、忙しいならまた後で…」
『ああ、ちょっと待ってね。『社長一体…』あのねえ、私は君等の“会議と称しただけ”のくだらない機嫌取り大会に興味ないの、何時間も生産性の無い無駄な時間を過ごさせないで。前も言ったと思うけど、権力欲しけりゃ変な貢物より成果出せ。私からは以上。亜紀さん、あとはよろしく』
なんかめっちゃ横暴、に聞こえるだけで真っ当な事を分かりやすく言ってるだけだなこれ。
会議とやらを抜け出したのか、電話越しの異音は無くなった。
「…あの、良かったんですか?」
『いいの。いっつもうんざりしてるし、能無しのおっさんの相手するより少年と話してる方がよっぽど人生の役に立つからね』
「…そう言ってくれるのは嬉しいですけどね…」
『それで、何か用事でしょ?プライベートで少年が私に連絡してくる事なんてないもんね』
「それは仕方ないですよ、天音さんは忙しいでしょ」
俺と天音さんの会話は部屋に居る全員に聞こえてる。
部屋の全員が、会議を抜け出してまで俺との通話を優先する天音さんがそこに居る事に驚いてるだろう。
「…取り敢えず、前に話してた…斑鳩光って覚えてます?」
「なっ…」
『はいはい、前に愚痴ったね。顔と立場利用して親の会社の女性従業員食い荒らしてる七光りだね』
天音さんの爆弾発言で、和也さんは斑鳩さんに鬼の形相を向けた。
「ど、どういう事だ斑鳩くん!」
「ち、違う!デタラメだ!そんなガキが天音財団と関わりがあるわけ…」
『おや?もしかして…』
「あー…はい。お察しの通りです。前に天音さんが『無いとは思うけど会うことがあれば連絡してくれ』って言ってんで、それです」
『あっはは…やっぱり権力だけのおっさん集団より君のトラブル体質ほうが百倍優秀だね。会議放りだして大正解だよ』
「…まあ、光栄ですね、多分」
『斑鳩ねえ…社長さんは能力あるし愛妻家で誠実、息子のことも信用してる良い人なんだけどね〜』
成程そうなのか。この人の親だし多分イケオジなんだろう、モテそうだとは思う。
「せっかくなんで話します?」
『そこに居る斑鳩と?いやあ遠慮しておくよ、その代わり一つ』
そう言うので、何やら言い合っている斑鳩さんと和也さんにスマホを向けた。
『やあやあ斑鳩くん、こんな形だけど君にごほーこくが一つ』
「なっ…何なんだよお前!本当は天音代表なんかじゃないだろ!」
『そう思うのは君の勝手、強固な事実は捻じ曲げられないものさ。それはそうと、君が手を出した女性の内の二人ほどが懐妊したそうだよ、おめっとさん』
「な、なに…?」
「どこもおめでたく無いですよそれ…。この人許嫁居るらしいんで」
『許嫁ねえ〜…大方、川村和也副社長…辺りかな?あの人の娘さんみんな美人なんだよねえ』
この情報収集能力は流石と言うべきか…。まさかそこまで知ってるとは思わなかった。
『あ、もしかして今どっちかの家に居たりする?』
「はい、世話になってる先輩の誕生日で…」
『あー…じゃあ末っ子ちゃんかな?確か川村理緒ちゃんだよね』
「……天音さん、どういう情報網と記憶力してるんですか…?」
『立場が立場だからね、色々知っとかないといけないんだよ。まあまあ、そんな状態なら…川村副社長さんもそこに居るね?少し話してもいいかな』
「はい、どうぞ」
俺は和也さんにスマホを手渡した。
壮年の男性は震える手で受け取った。
「…あ、貴女様は天音由紀代表でお間違い無いのですか…?」
なんか口調おかしい…。
『天音由紀さんで間違い無いですよ〜』
「な、何故この間宮という少年と関わりが…?」
『まず基本的な能力が高いね。交友関係も広いし、問題事の解決能力が高い。相当な事が無い限りは冷静で常に物事を客観的に見れる、それでいて若く将来性がある』
…質問に答えてない気がします。
「一体なにを…?」
『そんな子は世の中いっくら探しても見つからないわけ。偶然だろうが、遭遇したら意地でも自分の物にしたいと思うでしょ?』
「はあ…それは…」
『少年は、それに加えて打算無く人を助ける性格の良さがある。まあ簡単な話、私はそこに居る間宮真という少年に強く惚れ込んでるわけ。関わりなんてその程度だよ』
「あの、天音さん。羞恥心やばいんで話進めて下さい」
凄え褒め殺しに会ったんですけど。天音さんに「惚れ込んでる」とか言われたらドキッとするわ、辞めてくれ。
『おっと、そうだったね。川村副社長さん』
「は、はい…」
『私には親も子も居ないから、子を持つ親の気持ちは分かりません。でも、親の勝手で子供の将来に悪影響をもたらすのは…例え小さな見込み違いが原因だったとしても絶対にあってはならない事だと思います』
…親も子も居ない、か。
それは決して聞き流して良い言葉じゃない気がした。
『今回に限った話で言えば…娘さんの高校卒業が迫ってるこのタイミングで真君の介入が入らなかった場合にどうなっていたのか、よく考えた上で今後の事を決めるのが良いと思いますよ。娘さんに“人を見る目”があったことに感謝するべきですね』
案外、理緒先輩は俺を当て馬に使おうとしてたのかも知れない。
…こうなるとは欠片も思って無かっただろうけど。
「は、はい…。肝に銘じます…」
『ま、私の言いたい事は以上。一応これも言っておくと、私から斑鳩くんをどうこうしようって気はないよ。咎めたいなら調べれば良い、気にせず関係を続けるならそれでも。そこまでは私には関係無いからね…少年も、その場合関わらないでしょ?』
「えっ、まあそうですね。流石に天音さんが何もしないなら、俺から何かする気もありませんよ」
『こんな所かな、じゃあ私はそろそろ失礼するよ。少年、今度は二人でご飯でも行こうね〜』
「そんな時間無いでしょ…。まあ、ありがとうございました」
『こちらこそ、一々くだらない愚痴を覚えててくれてありがとね』
機嫌良さそうに通話が切れた。和也さんからスマホを返してもらい、俺は取り敢えず和也さんに言った。
「…そう言う事なんで、俺は今日は帰ります。色々と話さなきゃ行けない事があるでしょうから」
「待て」
理緒先輩が後ろから袖を掴んできた。表情は普通だが、色々と聞きたいと顔に書いてある。
「…こんだけゴチャゴチャにしといて逃げるのは無しだろ」
「………理緒先輩…まあ、そう言うなら、居ますけど」
「なら、取り敢えず話を整理させもらうぞ…」
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