第67話 母の徳

 7月も半ばに差し掛かり、三日関の期末テストも終わった。


 テストの準備期間はたかだか2週間程度だが、嫌に長く感じたな。


 その間は帰ってから汐織の勉強を見たり、学校に居る間は図書室で何度か川村先輩に勉強を教わったりした。


 そして帰り、いつもより早い放課後にウキウキしながら達也が寄って来た。


「真、午後どっか行かね?」

「用事あるから無理」

「えぇ…?なんだよ用事って」

「それは…っと…ちょっと待って」


 そろそろ来るだろうなと思っていたが、やはり来た。

 送られてきた画像を確認する。

 すると…


『お陰様で、学年三位まで上がりました!一桁初めてです!』


 と送られてきた。当然、汐織からである。


「…おい、誰からだ」

「夜空の妹さん。勉強教えてたんだよ」

「へえ…。え?なんで真が?」

「夜空も福島も勉強教えるの下手だからね」

「頭良いのに?」

「自分で勉強するのと人に勉強教えるのでは勝手が違うんだよ」


 理緒先輩を見てそれが良く分かった。


「午後の用事って、もしかして…」

「汐織ではないよ」

「違うのかよ、なら誰だ?」

「…ん、誰だろうね?じゃあ、俺は行くよ」


 それだけ言って教室を出る。

 同じ様に帰ろうとしてる生徒たちに紛れ込んで校舎を出ると、何やら目立って避けられてる小柄な美少女を見つけた。


 こんな状態になってて気にならないのかな…。


「…理緒先輩、お待たせしました」

「…校門は辞めとけばよかったな。居心地悪いったらありゃしねえよ」

「でしょうね」


 舌打ちする先輩に思わず苦笑しながら、隣を歩く。


「それにしても、話しかけただけで大騒ぎになるとは思いませんでしたよ」

「知るか、一々騒ぐ奴が悪い。そもそも林間学校で私とお前が話してる所を見たやつは結構居るだろ」

「俺もそう思うんですけどね、俺案外、目立たないんで」

「後ろ姿は地味だからな」

「そうですね」


 歩いて向かったのは駅前。今日は理緒先輩の家にお邪魔する事になっていた。


 同じ制服を来た人達も結構見かける中、電車に乗り込む。

 当然の様に席が埋まっているので吊り革を掴むと、理緒先輩が反対の腕に抱き着いてきた。


 一体何事かと思ったが、すぐに気付いた。


「…あ、届かないんですか?」

「仕方ねえだろ…この電車高いんだよ」

「普段どうしてるんです?」

「座るか手すりだな。じゃなきゃ揺れると普通にこける」


 身長が低すぎて吊り革に手が届かないらしい。本当にそういう高校生居るんだ。


「……あれなら、普段から帰り同行しますか?」

「流石にそこまで求めてねえよ。これも三年目だ、流石に慣れてる」

「なら良いですけど」

「…でも、こうすると楽だな」

「まあ、好きに掴んで下さい。人目が気にならないのであれば」

「今更だな」


 実際今更だが、人目は本当に多い。特に同じ高校の人達で川村理緒を知らない奴は絶対に居ない。

 チラ見してくる奴もガン見してくる奴も居る。


 それが面白かったのか、理緒先輩は抱き着いていた腕の肘から下に沿って人差し指でつつ…と手のひらまで指をなぞった。


 少しくすぐったい感覚、それから優しく指を絡めて恋人繋ぎをしてきた。


 …電車の中なのにザワザワし始めたぞ…。


「…そういう事するんですね、マジで意外」

「私も意外だ。案外周りの反応見てるのも面白いな」

「俺がドキドキするんで離してもらって良いですかね…?」

「確かにさっきより手熱いな、お前も意外に慣れてないのか?」

「俺が女慣れしてる見たいな言い方しますね…」

「実際、結構慣れてるだろ」

「まあ、慣れてる方だとは思います。それはそうと、人に見せつけるみたいなのは恥ずかしいですよ流石に」

「そうか?まあ良いだろ、折角付き合ってるんだし、これくらい」


 相変わらず余裕そうで、思ったより楽しそうに手を握り直した。


「…まあ、そうしたいなら良いですけどね…。また学校で話題になりそうだな…」

「好きにさせておけば良いだろ」

「先輩、本当に面白がってますね」


 しばらくして、俺達は電車を降りた。

 予定通りの見馴れた駅前。


 少し歩いて前に帰ったばかりの家の前に来た。


「俺、着替えて来ますけど、家入りますか?」

「いや待ってる。さっさと着替えてこい」

「分かりました」


 ということでさっさと着替えてどこぞの双子姉妹が帰って来ない内にさっさと家の近くを離れた。


 それにしても、まさかこの街に先輩のがあるとは思ってなかった。


 少し歩きながら、純粋な疑問をぶつけた。


「先輩なんでこっちの高校にしなかったんですか?」

「人のこと言えるのか?」

「いや、俺はちゃんとした事情があるんで…」

「私も同じだ、事情がなけりゃ一人暮らしなんてしねえよ」

「…そうですね、失礼な事聞きました」

「いいよ、ちゃんと話す」

「はい」


 理緒先輩の家にお邪魔する…と言っても、今回は一人暮らしの家ではなく実家。


 ある意味先輩のご両親に挨拶する事になるのだが、これには少し理由かあった。


 …というのも、今日7月16日は川村理緒先輩の誕生日。

 俺は先輩の実家で行われる親戚の集まる誕生日パーティーにサプライズとして参上する。


 これは理緒先輩から提案されて「お前なら大丈夫だろ」という何の信頼かよく分からない言葉と共に半ば強制参加させられている。

 多分家族と話すのは楽勝だろ、という意味なのだろうけど…流石に不安だ。


「ほら、ここだ」

「……でかいっすね…」

「中村見たいな口調になるな」


 湊さんの家を屋敷というなら、ここは邸宅とでも言うべきか。


「…ご両親は一体何をされてらっしゃる方なんですか…?」

「言葉遣い丁寧過ぎるだろ…。母親は緑雲理事長やってる。父親はまあ、そこらの大企業で副社長やってるってだけだ」


 緑雲中学、高校…は凛月達が行ってる高校。

 俺も中学の時はそっちに居た。


「母親が理事長って…あー…そりゃ行かないか…。コネって言われてもおかしくないですね」

「おかしくないというか間違いなく言われるからな」

「……で、話聞く限り俺どう考えても先輩に不釣り合いですよね」


 福島じゃないけど、これは色々と思ってしまう。


「だから、そこは持ち前のコミュ力でどうにかしろって」

「急に帰りたくなってきたんですけど…」

「ここまで来たんだ、諦めろ」

「いや、ギリ引き返せますよね?」

「諦めろ」

「…仕方ない、可愛い先輩の為に一肌脱ぐか……」

「お前は等身大で良いぞ」


 嬉しい事を言ってくれる先輩は少しの躊躇を見せながらインターホンを押した。


 少しすると、女性が出迎えてくれた。

 女性は笑顔で理緒先輩の頭にポンっと手を置いた。


「…ただいま」

「はい、おかえりなさい。早く入って、と言いたい所だけど、そちらの子はどなた?」

「彼氏」

「………へえ……?」


 笑顔は崩れてない…が、俺を見る瞳は笑ってない。

 理緒先輩の母親であろうことは容姿を見れば誰でも分かるだろう、身長や髪の長さ以外は何処もかしこも似通っている。

 特に童顔で、外見からでは一切年齢が分からないところとか。


 チラッと先輩から視線を感じたので、とりあえず名乗る。


「えっと…間宮真です」

「二個下の後輩」

「一年生…間宮…?」

「…はい」


 女性の瞳が、どこか憐れむように揺れた。


「間宮…って、まさか、間宮凛さんの息子さん…?」 

「えっ」


 ビクッと体が震えた。

 怪訝な表情の理緒先輩。その横を通って、女性は俺の手を握った。


「…この度はご愁傷様です…。私、凛さんにはたくさんの恩があったの。けれど、ただの一つも返すこともできなかった…」

「えっと…?母さんの死亡通知ってまだじゃ…」

「鷹崎湊さんからお聞きしてます…」

「…そうですか」


 分かってはいたけど、この人が理緒先輩のお母様か。緑雲中高の理事長やってるなら、確かに湊さんと関わりがあってもおかしくはない…か。


 理緒先輩は少し目を見開いている。俺はまだ母の死を誰にも話していない。

 …というか、いわゆる死亡通知と呼ばれる物は遺体の引き取りが済んでからになるそうだ。


 拓真さんの話では、状況やこの事件の都合からして司法解剖に一ヶ月以上はかかるらしい。


 だからまだ葬式もできてない。


「…葬儀には必ず、家族全員で向かわせて頂きます」


 女性はゆっくりと頭を下げた。

 俺はどうして良いか分からず、取り敢えず気になった事を聞いた。


「…あの、母さんに恩がある…っていうのは…?」

「それは、中でお話しますね。娘に連れられて来てるのなら、事情はご存知でしょう?」

「…そうですね、すみません。話は今日は辞めておきましょう。折角、理緒先輩の誕生日ですから」


 俺がそう言うと、女性と少し笑い合った。


 相変わらず、母さんが何処で何をしてたのかは分からない。

 ただ…恩がある、と息子の俺が言われるくらいなのだから、多分どこ行っても人を助けていたんだろう。


 …こういう事があるから、俺は母さんを嫌いになれない。母としては失格なのかも知れないけど…人としての存在の大きさは知っていたから。

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