第64話 夢現な嫉妬

 …なんでこうなったのか、よく分からない。

 いや、昨夜の記憶はある。具体的になにがあって、どういう経緯で今に至ったのかまで細部に渡ってよく覚えて居る。


 だがやはり、なんでこうなったのかがよく分からない。


 具体的な部分じゃない。もっと根本的なところだ。


 俺は今、自分の部屋に居た。


 と言っても、黒崎宅ではなく間宮宅。

 鷹崎家の住む家の隣だ。


 久しぶりに帰ってきて久しぶりに自分の部屋で寝てる訳だ。


 ……ただし、俺一人で…ではないが。


 寝返りをうつと朝日に照らされてチカチカと反射する白銀の髪。


 それに似合う白い肌、タオルケットから露出した四肢は程よく肉付き、程よく締まりがある。

 それでいて豊満な胸部が腕の中に隠れている。


 一糸まとわぬ姿で美しい寝顔を晒す美少女に頬を引きつらせながら、俺は頭を悩ませた。



 ◆◆◆



 松川夏芽こと姉さんと仲良くなってからもしばらくの間は話をしていた。


 夕方になってから姉さんと別れると、美月は特に理由もなく俺の横についてきた。ふわりと甘い香りを感じながら、腕を組んできた美少女に声をかける。


「…帰らないのか?」

「……偶には、二人で夕食でもどう?」

「美月がそんな事言うなんて…珍しいな。いいよ、歩きながら、良さ気な店探すか」

「うん」


 美月はこれと言って迷いもなく歩いていき、特に会話もなく目についた店に入った。

 追っていくと、美月の行動にちょっと理解が追いつかなかった。


「予約の鷹崎です」

「はい、お待ちしておりました。二名様個室ですね」

「……?」


 予約してたの…?

 えっ、いつの間に?


「…真、何してるの行くよ」

「えっ?あ、うん…」


 手を引かれるがままついていくと、明らかに遮音性の高そうな完全個室に連れて行かれた。


 取り敢えず対面に座った美少女に疑問をぶつける。


「お前いつの間に予約なんかしてたの?」

「松川さんと険悪ムードたのしそうに話してた時」

「…いつだよそれ…」


 ふと、美月はポニーテールをほどいて、ヘアアクセサリーも全て外してポーチにしまい込んだ。

 ストレートの銀髪は腰の近くまであり、はらっと落ちてきた前髪で片目が隠れた。


「突然どうした…?」

「別になにも」

「なにもなくて急に髪解くかよ…?」

「この方が楽」


 そうなのか。

 凛月は昔からショートヘアで髪型を変えることがまず無かったし、それは今も変わらない。ダンスをやる様になってからはそれが顕著に現れている。


 美月は結構、伸ばしたり短くしたりを繰り返している。


 最近では確か…美月が髪を伸ばし始めたのは、それこそ中学2年の頃くらいから。

 高校に入ってからは何かと目立つ容姿が隠れるような服装や髪型にしていた。


 学校に行ってる時は基本的にお団子に纏めているそうだ。


 こうして楽にしてるのは風呂上がりか俺以外に見てる奴が居ない時くらい…なのだとか。


 さっきは「こっちの方が好きでしょ?」とかからかって来たが、こう見るとやはり俺の幼馴染は美少女過ぎる。


「……どうしたの、ジッと見てきて。そんなにロングヘア好き?」


 確かにロングヘアの方が好みなのは認めよう。

 ただ俺は凛月も美月もショートの頃のイメージが一番強いせいで、久しぶりにこういう姿を見るから少し戸惑っているだけ…だと思う。


 相変わらずの無表情を崩す事もなく、小さく首を傾けた。そんな美月の姿を見て、俺は思わず額に手を当てた。


「…なあ美月」

「ん…?」

「お前そんなキャラじゃないだろ…」

「………ん…?なんのこと?」


 俺の知る美月は…うん、なんか…こう。


 常に凛月の一歩後ろに居て、凛月の陰に隠れて生活してる様な奴だ。

 取り敢えず凛月を目立たせておけば自分には火の粉が降りかかることも白羽の矢が立つことも無い。


 そうやってのらりくらりと生活してるイメージだ。


「…わざわざ積極的に俺の好みに合わせてファッションを作るとかお前のやる事じゃないだろって」

「……真は私の事なんだと思ってるの?」

「根暗」

「否定はできない」


 そうだろう、美月が根っこから暗い性格してる事に間違いはない。

 凛月とは正反対の性格、それだけじゃなく色んな事が真逆なのが美月だ。


 容姿は多少共通点があるものの…。


 例えば美月と凛月が走っているとして。


 疾走する凛月の姿に、人々は見惚れるだろう。

 一方で美月は走るだけで男たちを悩殺できそうだが、それでいて案外俊足。


 主に胸囲に脅威の格差がある。

 最近は髪の長さでも二人の判別がしやすい。


 凛月には能力があり好奇心旺盛、覚えようという気概がある。人と関わるのが得意だし、一人の時間があまり好きじゃない。


 美月にも能力はあるが基本的に無気力でぼーっとしている。コミュニケーションはできるものの基本的に一人でいる時間のほうが好き。


 陽のオーラを纏っていて分かりやすく明るい性格の凛月。


 陰のオーラが滲み出てる暗い性格の美月。


 暗い性格をしてはいるが、別にネガティブだったり自己肯定感が低い訳じゃ無い。

 自分の事を客観的に見る能力はあるし、主観的な思考もできる…ただし、やる気はない。


 二人はそんなところが根本的に違う。


 そして色恋に興味のない凛月と違って、美月は案外少女漫画とか恋愛小説とかが好き。


 ただ、だからと言って俺に意識をさせようとする理由にはならないだろう。


 いつの間にか美月が頼んでいた料理が来た。


 存外、舌に合うフレンチに舌鼓を打った。

 今度自分でもアリゴとか作ってみようと密かに思いを抱きながら


 その後も軽い雑談をした後、俺がトイレに離席した内に美月が会計を済ませていた。

 …なんかこの美少女幼馴染、エスコート能力が高いんだけど…?


 そして店を出ると、美月がいつの間にかタクシーを呼んでいた。




 ……あれ?その後なんでこっちの家に来たんだ?




 ここからだ、記憶が曖昧で、どこかおかしい。丸々抜き取られた様に消えうせている。


 それ以降、思い出せるのは……


 破瓜の痛みをどこか嬉しそうに受け入れる銀髪美少女の姿であった。


 その間に……マジで何があったんだ…?


 その後の俺の記憶に残っているのは…とりあえず、かなり長い時間この銀髪美少女と絡み合っていた事くらいか。


 恐らく寝付いたのは日を跨いでかなり経ってからだろう。


 とりあえず分かるのは…。


 俺は、今隣に眠る美少女幼馴染とガッツリとまぐわった事と、こいつに何か盛られた、ということくらいか。


 結局この美少女が起きるまで何も解決しない。


 そう思ってもう一度美月に視線を向けた。


 ……起きてるじゃん。


 しっかりとこちらを見ていた。


「……なあ美月」

「…ん…?」

「お前俺になんか盛った?」

「………シフォンケーキと香水」


 酒入りのシフォンケーキと媚薬香水か…いつだよそれ…。


「…やったなお前…」

「真とヤッた」


 おいやめろ、何で残ったのかも分からない傷をえぐるんじゃない。


「で、なんでこんな事したんだ?」

「…なんでだと思う?」

「……分かんねえから聞いてんだよ…」

「…確認」

「……は?なんの確認だよ?」


 美月はころっと仰向けになってまた目を瞑った。


「……黒崎先生…?」

「…は?何がだよ?」


 無表情のままそう言った。美月の言葉に、思わず背筋を凍らせる。


「……えっ、確認ってそういうこと?」

「他に何があるの?」

「…なんで黒崎先生だと思うんだ?」

「女の勘」

「流石にそれは嘘だろ」

「ん、冗談。単純に、黒崎先生の真を見る目がおかしくなってたから、そう思っただけ」

「……だとしてもお前の観察眼イかれてる…」


 人を見る能力は俺もあると思う。でもそこまで察するのはちょっと怖い。


「あってるんだ」

「……まあ…うん」

「…ふーん…」

「…別に、美月に不都合があるわけでも無いだろ」


 すっと瞼を上げると、彼女はゆっくりと体を起こした。

 膝の上に枕を抱く様に座り、覗き込むようにこちらを見つめる。

 少し拗ねた様な声と表情で、呟いた。


「…不都合はないけど、気に入らない」


 思わずドキッとして顔を背けた。

 すると、背中に柔らかい感触と温もりを感じた。


「…意外だな、美月もそういう事言うんだな」

「真にしか言わない」

「…ああ、そんな気はする」

「……ばーか」


 他に言う事も無くなったのか、とりあえず罵倒された。


「…一つ聞いていいか?」

「だめ」

「……俺のスマホどこ?」

「………シラフのままでもう一回するなら、教えても良いけど」

「……」


 湊さんの異母兄が俺の父親なら、湊さんにとって俺は甥。

 それはつまり、凛月と美月と渚の三人が俺の従姉弟いとこであった事になる。


 それを美月に伝えると、美月は半ば強引に俺の事を押し倒して言い放った。


「…どうでもいい」


 その後、俺は手元にスマホが帰ってくるまでふて寝した。

 その間に美月が何をしてたのかは想像に難くないが…。

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