第63話 松川夏芽

 頭が痛くなる程に激してく照りつける太陽の下。


 季節は本格的に夏に近付いている。

 …立夏はゴールデンウィークなんだけどな。


 久しぶりにちゃんとしたお洒落をしての外出だから気分は良いが、いかんせん暑い。


 季節が7月に入ってからずっとこんな調子だ。


 高校はテスト期間に入って部活をやってなかったり、6月中はやっていた生徒会の手伝いもしばらく行ってない。


 神里先輩や川村先輩とは時々昼休みに会ったりしてるけど。


「……ん…?」


 ふと、待ち合わせ場所で人を待っていると…何やら見覚えのある顔を見かけた。


 どうやら福島大翔と栗山夜空が二人で本屋に向かって行った様だ。

 笑い合う二人を見て、俺も思わずニヤッとしてしまった。


 あの二人は夜空の誕生日以降かなり中が深まっており、ハーレムが夜空の独壇場になりつつあった。


 そうなっていくと、自然とクラス内の空気感が変わったり。

 最近は夜空と話す機会は少ない…というか、ほぼ汐織とのやり取りの中でごくまれに遭遇するという程度。

 その汐織とも最近は会って、クロエと一緒に勉強を教えている。

 つまり話す機会はまず無い。

 夜空と福島がくっつくのは良い傾向だろう、あの二人なら間に入ろうとする奴も出てこないし、女性陣も諦めがつくというもの。


 …それにしても、ちょっと遅いな。電車が遅れてる訳でも無いし、単純に寝坊か…?


 そんな事を考えていると、後ろから肩を叩かれた。


「…ん?」

「真、久々」


 振り向くと、目立つ銀のポニーテールを揺らしながら俺の顔を覗き込む美少女が居た。


「美月?なんで…ここに?」

「お父さんに言われて」

「…俺、松川さん待ってるんだけど」

「知ってる」


 あっさりとそう言うと俺の手を引いて歩き始めた。

 どうやら俺の聞いた待ち合わせ場所ではなく、松川さん側の理由で変わった。

 連絡ついでに何故か美月を寄越したということらしい。


「…なんで変わったなら俺に連絡しないかな…」

「お父さんは真をからかうのが好きだから」

「変な所ばっかりいやな人だな…。まあ、それは良いや。ちょっと気になったんだけど…美月、最近は髪伸ばしてるんだな。前は目立つからって短くしてただろ?」

「真はこっちの方が好きでしょ」

「そうだけど…あれ?この話、前もしなかったっけ…。てか俺のために伸ばしてるの?」

「…そうだ、って言ったら?」

「……まあ、無いな」

「そうだね」


 結局それは無いのかよ。なんだったんだ今の会話。


「お母さんが伸ばしてるの見て、良いなって思っただけ。それ以外に特に理由は無い」

「まあそんなもんだよな。俺は長い方が似合うと思うぞ、折角綺麗な髪してるんだし」

「ありがと」


 相変わらず反応の薄い美月に苦笑いしつつ、手首を掴まれていただけの所、手を握り返した。


「…繋ぎたいの?」

「いや、何となく。昔は危なっかしい凛月の手をずっと握ってたなと思って」

「リードみたいな物?」

「大体そんな感じかも。まあでも、凛月よりは美月と居た時間の方が長いよな」

「そうだっけ」

「そうだろ、多分。凛月は友達多いし」

「そうかも、多分」

「…あ、てか待ち合わせって何処になったんだ?」

「そろそろ着く」


 そう言ってから数十秒後に立ち止まったのは…BARバーだった。


「…俺達未成年だし…今むしろ昼時だぞ…?」

「いいから入るよ」

「…えぇ…?」


 何の遠慮も躊躇もなく入っていく美月の後を恐る恐る追っていく。

 当然ながら客は居ない。今の時間、この店は本来閉まっているのだから。


 少し進むと、カウンター席に座る一人の女性が居た。

 聞いた話では高校生、お酒が飲める年齢では無い。

 となると、彼女の手にあるグラスの中に入ってるのは果たして何だろうな。


「松川さん、こんにちは」


 さっさと近づいて行った美月が、女性に声を掛けた。

 振り向いた女性はふわっとした長い茶髪をサイドテールに纏め、前髪はシンプルなヘアピンで留めてある。

 パッと見でもハッキリと分かる茶色と金の虹彩異色症オッドアイ


 スレンダーな体型で身長は俺よりも高い。

 そして何より…俺自身と瓜二つの顔立ちに、思わず頬を引きつらせた。

 それは相手も同じの様で、俺の顔を見るなり苦笑いを見せた。


「……成程、確かにそっくりね…」

「…俺と貴女が似ているって、聞いてたんですか?」

「鷹崎…じゃなくて、えっと…湊さんと初めて会った時に…ね、似てるって言われた」


 女性は上品な仕草で微笑んだ。


「知ってるとは思うけれど、一応ね。私は松川夏芽、17歳の高校2年生。貴方とは…異母姉弟、ということになるそうだけれど、DNA鑑定するまでもなくその通りみたいね」

「…そうですね。俺は間宮真、歳は15です」

「…敬語は要らないわ。今後、一緒に暮らすことになるのだから」

「あー…そっか、そうだな。分かった、じゃあよろしく、夏芽…さん?」

「そうね、せっかくだし…お姉ちゃんって呼んでみて?」

「……なんか気に食わないから姉さんで」

「あらそう。ならそれで良いわ」


 そう言うと小さな笑みを浮かべた。

 嫌な感じはしない。

 裏がある様にも見えないし、闇は感じられない。


 俺と同じ様に、人と話すのが好きなんだろう。そしてきっと、それ以上に一人の時間も好き。

 それはクロエも似ていた。日本語の勉強をするようになってからは周囲とのコミュニケーションを積極的に行う様になって、人間関係の構築を得意としている。


「…一つ、聞いてもいいか?」

「なにかしら?」

「…松川夏芽って人間にとっての父親、二ノ宮誠はどんな存在なんだ?」

「…参考までに、君にとっては?」

「俺にとっては顔も性格も、本当に何も知らない、ただ血縁だけの父親だ」

「……私は、いっそのこと殺してやりたい最低な父親」


 そう言う彼女の表情は笑っていた。


 妖艶な色気を放つ笑み…そこに不思議と邪気は無く、ただ純粋な感情を言い放ったに過ぎないと心のどこかで理解した。


 無表情のままドン引きする美月を横目に、俺は思わず苦笑した。


「…成程、よくわかったよ。平然とそんな考えに辿り着く自分の事が嫌いで仕方ないんだな」

「そうね、だから君のことも嫌い」

「父親によく似てるからか?」

「それを良しとしてるところも…ね」

「だろうな」


 そんな事を言ってくるこの人を、俺は嫌いになれそうもない。


 絵面としては笑顔を向け合う瓜二つの美女と美少年だが、その胸中は穏やかじゃない。


「仲良くなれそう?」


 美月の問いに、俺は小さく頷く。

 同時に、松川夏芽は大きく首を横に振った


「なんでだよ?」

「そういう態度だからよ。話し方も、表情も、大っ嫌い」

「だから言葉遣いも表情もありのままを出そうとしないのか?」

「ええそうよ、それが悪い?」

「いや、悪くない。俺も学校じゃそうだからな。でもさ、“俺達の父親もそうだったから”俺達がこうして産まれてる。それは違うか?」


 笑顔で言い返すと、美女の表情がスンと消えた。

 初めて見た筈だが…とても既視感のある、見馴れた表情だった。


「……やっぱの事嫌い」

「そう?俺は君の事気に入ったよ、


 作り笑顔で言い放つと、姉さんも作り笑顔で対応してくれた。

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