第62話 兄弟姉妹

 翌日。

 結局俺は、学校を休んだ。

 今は湊さんと黒崎先生、天音さん、そして拓真さんと五人で、川崎亜紀さんが運転するリムジンに乗っていた。


 湊さんと拓真さんは天音さんに渡された資料に目を通している。


「……二ノ宮クロエ…ね。成程…出張先の現地妻との間に産まれたドイツ人のハーフ…か」

「初めて会った時に、クロエが言ってたんですよ。日本に来る途中、飛行機で母親とはぐれて日本に降りた。その後はずっと…知らないお兄さんの家に居たって…。その人はクロエとコミュニケーションが取れたし、クロエはその人の名前も知ってました」

「…それが二ノ宮誠、か…」

「元々母親からは二ノ宮って名字を名乗るように言われてたらしいです…。まあ今回の話を聞く限り、クロエの母親を殺したのも二ノ宮誠でしょうけどね。なんせクロエの母親は…通り魔に刺されてなくなったらしいので」


 それが今年の一月下旬であり…松川夏芽の母親が亡くなったのも同じ時期だ。


「…母親は殺して、子供は保護…か…。マジで何考えてんだ…?」

「さあね…。犯罪者の考えることなんて分からないよ」

「……それはまあ、そうだな。…にしても天音、いつの間に真と知り合ってたんだよ?」

「んっとね…中学校入ってすぐの頃だったかな?」

「それくらいです。湊さんはどうして?」

「あー……うん、まあな。色々と事情があるんだ」


 湊さんが複雑な表情でつぶやくと、天音さんは疑問符の表情を浮かべた。

 運転席の亜紀さんが苦笑いをして、拓真さんもそれを見て頷く。

 黒崎先生は呆れたようにため息を吐いた。


 俺は意味がわからずに天音さんと顔を見合わせた。


「…何かあるんですかね?」

「私にも…分からないな、これは」

「それより、真に一つ聞いても良いかな?」

「どうぞ、拓真さん」

「最近、真はこのクロエって女の子に日本語を教えてあげてるんだよね」

「そうですよ、まだ一ヶ月と少しですけど」

「どれくらいコミュニケーション取れるのかな?」

「聞き取りならかなり複雑な物だろうとできます。複雑な会話となると難しいですけど。遺伝なんですかね、言語習得は早いんですよ…俺もクロエも。クロエの母親は日本語も話せたらしいですし…」

「……遺伝するもんなのかそれ…?」

「どうだろね?聞き取りの能力なら、幼少の頃から聞いてたら自然に覚えるんじゃないかな?」


 そんな事を話していると、目的の児童保護施設に到着した。 


 事情を説明したとは言え集団で中に入ると、流石にジロジロと視線を感じる。

 そして、子供達の中でも異質な程に美しい少女に声を掛けた。


「…おーい、クロエ!」

「っ…!お兄さん!」


 皆より一歩前に出ると、走ってきたクロエがピョンっと飛びついてきた。

 できるだけ優しく抱きとめると、クロエは軽く頬を合わせて「チュッ」と音を立てた。

 ドイツにもチークキスの文化があるらしいが、クロエには控えさせてる。

 …控えさせてるから、一回で済んでるんだよな…?


 何故か湊さん達の視線が痛いので、少し距離を離して会話を始めた。

 すると、クロエは気を使ってかドイツ語で話してきた。


『平日なのに来れたんだ!この人達は?』

「今日は、クロエに聞きたい事があって来たんだ。この人達の事は…まあ、あまり気にしなくて良いよ。それと、今日はできるだけ日本語で話そうな」

「…わかった」

「…ほら、挨拶」


 クロエにそう促すと、クロエは湊さん達に対してペコッと頭を下げた。


「…こ、こんにちは」

「「こんにちは」」


 川崎さん夫妻は丁寧に挨拶を返す。

 湊さんと黒崎先生は何故か俺のことを見ているし、天音さんはすぐに別の子供達の方に向かった。


 湊さんは膝をついてクロエと視線の高さを合わせた。


「…取り敢えず、クロエで良いな?」

「は、はい…」

「今日は君の両親と、君自身の今後について話に来た」

「えっ、今後って…クロエに何かあるんですか?」

「クロエだけじゃない、お前もだ」

「俺もですか…」


 一体何を考えてるんだか…。


「真、個室借りられるのか?」

「はい。俺が使わせて貰ってる部屋に行きましょう」



 ◇◇◇



 わざわざ個室に来てまで湊さんが話したのは『養子縁組』についてだった。


 …と言っても、クロエを鷹崎家で引き取るとか、そう言う話ではなく…。


「一応、この話は松川夏芽も納得してる。話を聞いてりゃ分かる通りクロエも納得した」

「…あとは真次第だね」


 クロエや天音さん、川崎夫妻、黒崎先生と湊さん六人が俺の方に視線を向けた。


「…えっ…?これ俺もなんですか?」

「当たり前だろ。お前も二ノ宮誠の子供だからな」

「……そうなると、俺と松川さんとクロエが兄弟姉妹になって……って事ですか?」

「そういう事だ」

「…えっ…と、これ誰が提案したんですか…?」

「私だけど」

「黒崎先生かよ…」


 そうなると拒否する理由もない…が…ふと疑問に思った。


「黒崎先生は松川夏芽さんと面識が?」

「教え子だからね」

「……教え子…?」

「私が黒峰中で教えてた時に、学級委員やってたから」

「…マジかよ…。で、その…松川さんはどうなるんですか?」

「夏休み中に赤柴に転校する予定だ」

「クロエは?」

「今年受験だろ?お前が赤柴入れる様に勉強教えてやれ。白龍の家に引き取ればいつでも教えられるだろ」


 そこは俺に丸投げするんだ…。


「…俺は…?」

「養子縁組を少し遅らせて夏休み中になる。流石に高校行ってて突然名字変わると大変だろうけどな…それも担任教師と同じ名字はな…」

「……俺は松川さんとクロエが納得してるんなら、それで良いですよ。黒崎って名乗るのが嫌だとも思いませんから。因みにこれって福祉目的になるんですか?だとすると…」

「そうだな…ってちょっと待て。お前なんで養子縁組について詳しいんだよ…?」

「…いや、まあ…多少は分かりますよ。松川さんやクロエにとっては、父親との関係解消はあったほうが良いでしょうから」

「そうじゃなくてな…あーもう、まあ良いや…」


 という感じですんなりと決まった。

 松川夏芽さんは黒崎先生と面識があると言うことでスムーズに話しが進んだが、クロエに関しては俺と関わった時間があったお陰でトントン拍子に話が進んでいった。

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