第61話 父親

 高校を出た後、俺と黒崎先生は鷹崎家に向かった。


 高校についたのは夕方の六時、鷹崎家についたのは七時を過ぎた頃だった。


 リビングでなにかの書類を読んでいた湊さんは、目を離してこちらを向いた。


「…真、やっと来たな」

「どうも、湊さん」

「ああ、早速で悪いんだが…」

「母さんの件なら、詳しい事は任せます」

「…ああ、分かってる。お前には無断になったけど…司法解剖をすることになった」

「……そうですか」


 それはつまり犯罪性があったということ。ここまで予想通りだともう、どう思えば良いのか。


「…ああ、それと学校には……」

「行きますよ、普通に」

「…いや、それは流石にな…」

「行きます。黒崎先生にもそう言いました。」

「……珍しく頑なだな?」

「いいじゃないですか。どうせ、それもこれも本題じゃないんですよね」


 今日の湊さんは、少し回りくどい。

 …いや、よく考えたらこの人いっつも回りくどいし性格悪かったな…。


「…まあ、そうか。俺も今日はあんまり話す気分でもないからな…。でもちょっと…いや、かなり大事な話をしなきゃならなくなった。お前が来る前に、事情が色々と変わっちまってな」

「はあ、事情が変わった…?」

「お前の父親について、どうしても話さなきゃいけない事情が出来た」

「……不本意だと?」

「ああ、それはもう、とんでもなく不本意だ」


 やれやれと首を振りながら諦めたように呟いた。

 俺は黒崎先生に目を向ける。

 黒崎先生も、少し俯いていた。


「そんなに嫌なら話す必要ないんじゃ?」

「どんなに嫌でも今回ばかりは話さなきゃならない。事情が事情だからな」

「なら、その話さなきゃいけない事ってのは?」


 湊さんは椅子から立って、ごろっとソファに寝転がる。


「…お前の父親と凛さんが離婚した理由についてだ」

「離婚の理由…?」

「ああ、お前が……真が生まれるしばらく前の事だ。確か…凛さんと籍を入れてすぐに、不倫が発覚した」

「へえ、不倫…。湊さんが嫌うわけだ」

「それはまあ理由のほんの少しに過ぎないけどな。んで、その不倫と一緒に別の人との間に子供ができた事も分かった」

「……はあ…?」

「お前からすれば…腹違いの姉、にあたる」

「……話さなきゃいけない事情ってそれですか…?」

「ああ、そうだ。名前は松川夏芽まつかわなつめ、17歳で高校2年生。今は黒峰って高校に居る」

「…偏差値高っ…」

「凛さんと同じ高校だからな」

「そう言えばそうですね」


 母さんは元々この辺りの出身ではない、という話は聞いていた。実家がどこかは知らないし里帰り出産してる姿を見たこともないが。


「…で、その父親がなんですか?」

「凛さんを殺した犯人は間違いなくそいつだろうって断定されてる。なんせ、松川の母親もそいつに殺されてるからな」


 何がしたいんだその人?


「…てか、まさか…そこまで分かっててまだ捕まってないんですか?」

「そのまさかだ。現代の警察出し抜いてよくも平然と逃亡生活してやれるよ」

「よくそんな呑気な事言えますね」

「…まあ、単純な話だ。他に動機を持ってる奴が居ない」

「その俺の父親は動機があると?」

「松川の母親を殺した理由は…というか、ただの行き過ぎた家庭内暴力だけどな。凛さんを殺した理由は…まあ、凛さんへの恨み半分、俺への恨み半分ってとこか」

「自由人の母さんはともかく…湊さんも恨まれる事をしたんですか?」

「まあ、そうだな。恨まれる理由はいくらでもある」

「……例えば?」

「…思春期に俺が原因で苦労した、とかだな」

「俺の父親と、湊さんは学生時代に関わりが?」

「関わりも何も、俺の異母兄だからな」

「……はあ!?」


 それは流石に意味が分からない。

 それから事情を一つ一つ噛み砕いて丁寧に聞いていった。


「え、えぇっと…。…湊さんの話を纏めると…。まず、今湊が住んでる家。つまりこの場所は、湊さんの母方のお爺さんが住んでた家で…そのお爺さんが亡くなる前に、自分の家と遺産は全部気に入っていた湊さんだけに渡すって遺言を残した。色々と手回しもして、その後に湊さんが困らない様に母さんにも協力を仰いだ…と。そしてそれが原因で湊さんの両親が湊さんを捨てた挙げ句に離婚した」

「そうだな」

「…それで、お爺さんの莫大な遺産が自分に入らないって知った湊さんの父親が離婚を切り出して、実は以前から不倫してたし子供も居る別の女の人と結婚した…と。湊さんが産まれたのはお爺さんの遺産目当ての結婚が原因だった訳ですね」


 湊さんはゆっくりと頷いた。


「そういう事だ。俺の母方の祖父って事は白龍の祖父でもある。だがまあ、白龍の母親はお爺を毛嫌いして近づかなかったから、今回の騒動には無関係」

「…で、なら…今、湊さんのご両親は?」

「亡くなってるよ、両方ともな。お前の父親の母親、つまりは祖母にあたる人が俺の母親を殺して、その後に一家心中を図ったからな」

「一家心中…なんで?」

「詳しい理由は流石に俺も知らないけどな、ただ…その時にお前の父親は生き残った。そんな騒動が原因かは知らないけど、お前の父親は俺とお爺を恨んでてもおかしくはない」


 湊さんの家の事情は何となく分かった。

 そうなると問題は、何故その人が間宮凛と出会い、結婚にまで至ったのか…ということだ。


「…母さんと俺の父親が出会ったのは…?」

「仕事の出張先…って聞いたな」

「偶然ですか?」

「間違いなく、偶然だろうな。あの頃も凛さんは世界中飛び回ってたから…。どこで出会って、どんな理由で付き合うに至ったのかまでは流石に分からないが、少なくとも付き合ってた期間は長い筈だ」

「……世界中…海外…?」

「ん…?ああ、その線も全然あると思う」


 母さんが思い入れを持っていた外国の街…とか。

 どうにか、思い出そうとした時…一つだけ思いついた。


「ドイツ」

「…あ?」

「母さんが思い入れを持っていた国です」

「へえ…そうなのか」

「俺も英語は得意ですけど…それは母さんが普段から使ってたからです。教えられたりはしてません…。でも、ドイツ語だけは、母さんに直接教えられました」

「…えっ…お前ドイツ語話せんの?」

「日常会話なら問題なく」

「……お前の父親も海外で働いてた可能性が高いって思ってたんだが…その可能性上がったな」

「一つ、聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「湊さんは俺に、父親の名前を教えたがりませんよね」

「…そうだな」


 湊さんははっきりと頷いた。

 きっと、どんな事があっても教える気は無いんだろう。


 …なら、言い当てるまでだ。


「…二ノ宮にのみやまこと…」


 その名前を言うと、湊さんはみるみる表情を変えた。

 黒崎先生は呆れたように引きつった笑みを浮かべた。


「……は?お前…?はあ!?なんでっ…!?」

「昔から頭のいい子だとは思ってたけど、これは流石におかしいよ…?」

「…どうなってんだお前の頭は!?何をどうしたら名前にまでたどり着けんだよ!」


 …湊さんがここまで取り乱してるのも珍しいな。


 それにしても、そうか…。


「…湊さん、心労が一つ増えますよ」

「はあ…?なんだ、お前どこで父親の名前知ったんだ?」

「えっと、確認なんですけど…松川夏芽さんが…異母姉、なんですよね」

「そうだな…」

「……異母妹もいますよ。それも、母親が居ない孤児の」

「「………」」


 何やら状況を察したように、湊さんは頭を抱えた。

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