第59話 消えない痛み
「………凛さんが亡くなった」
「…は?」
黒崎先生の言葉を咀嚼し、飲み込む。
理解はできる、頭は働いてる。
母さんが死んだ、先生はそう言ってる。
状況は何となく分かった、なら何故そうなったのか…だ。
「……何があってそうなったんですか?」
俺は真っ直ぐに黒崎先生に視線を向けた。
「…やっぱり、君はそうだよね」
「…何がですか?」
「母親の死を聞いても、冷静で、すぐに状況を理解できる。感情的にならず、受け入れる」
「感情的になってどうなりますか?事情が分からないと悲しむことも恨むことも辛くなることもできません。それに、
ゆっくりと言葉を紡いでいく。冷静で居られてる、狼狽えてはいない。
「……君は、本当に……」
聡明だね……と、そういう先生の表情は酷く曇っていた。
「…湊さんと母さんが俺に隠したがる事なんて、知れてますから。どうせ今回も、『詳しい事情を話すわけには行かない』とか言われたんですよね」
「っ…!私は……!」
「分かってますよ先生が湊さんを何度か説得しようとしたのは、知ってます…」
湊さんや母さんは、基本的に隠し事はしない。
知らなくて良い事は教えないし、必要のあることは教える。自分で調べたり経験したことに口出しはしないし、なにか咎める事も無い。
ただ、ある一つの事に関してだけ、俺には絶対に話そうとしない事がある。
「…今回は、俺の
俺がそう言うと、黒崎先生は少し強引に俺のことを抱き寄せた。
豊満な胸に抱き寄せられて、温もりに目元が熱くなる。
「もう見たくなかった、君のその表情は」
「……別に…」
意識はしてなかったが、自分の声が少し震えているのが分かった。
「真は…凛さんの事、名前も知らない父親の事。嫌いじゃない、よく知らないって、いつもそう言うね。実際そうなんだろうけど、君は家族の話をする時、いつも嘘をついてる。自分を騙して、無理矢理に思い込もうとしてる」
「……」
「…一度、正直になろう?自分に。真は、家族の事どう思ってるの?」
優しく、諭すように問いかけられた。
「…………分かりません。いつからか、考えなくなりました。目を向けないようにして、知らなくていいって本気で思ってましたから」
「…そっか」
「でも…。他人の家族と話したり、家族の話を聞いたりするのは好きです。自分の事じゃなくても、人の家庭に関わるのは心が暖かくなる…って、めちゃくちゃ自分勝手だよなって、理解はしてます…」
「…確かに自分勝手かも知れないけど、その行動は人の為になってる。害だけを与える存在にならなかったのは、君が『家族』って存在を大切に思ってるから。そうでしょ?」
「…そう、なんですかね。でも、俺を大切に思ってる『家族』なんて、俺には居ません」
「っ…ちがう、それは…」
「流石に分かりますよ、母さんが俺のことを避けてた事くらい。理由までは分かりませんけど、話そうとしなかったってことは…
きっと、母さんのそばに居ることが苦痛になるくらい、父親に似ていたんだろう。
俺はバカじゃない。
自分がどんな人間か、どれくらいの能力があるか、
母さんや湊さんが父親の事を話そうとしない理由も、黒崎先生が俺に目をかける理由も。
詳しい話を聞かなくても、実際にその場に立ち会わなくても、何が起きて、何故そうなったのか。
「…大抵の事は、少し話を聞けば何となく分かります」
「そうだね…真は、いつもそう」
「………なのに…」
「……何?」
「……何なんだよ、これ…。頭は整理できてるのに…胸の奥がずっと痛い…」
分からない。
いや、自分の状況は分かってる。理解できてる。今回の事に納得もいってる。
なのに、どうしても、痛みが消えない。自分が何をしたいのかも、どうすれば良いのかがわからない。
「…君が泣いてる姿を見るのは初めてだな」
「………どうしたら消え…」
俺の呟きは途中で口を塞がれた事によって途切れた。
その代わり、雑木林には漏れ出る吐息だけが静かに響くだけ。
どれだけの時間そうしていたか、暖かく、柔らかい感触は名残惜しく、ゆっくりと離れていく。少しだけで来た隙間を冷たい風が流れていった。
「…消えない痛みは、和らげることしか出来ないよ」
先生はそれだけ言うと、もう一度唇を重ねた。
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