第58話 紫陽花

「…アタシそんな軽やかに包丁使ったことないわ」

「俺としては椿先輩がどっちも料理得意な事が意外でしたけど」

「…なあ女顔、マスクもう少し小さい奴持ってねえか?」

「川村先輩、申し訳ないけど諦めて下さい。中村先輩、これ持ってって良いですよ」

「了解っす」


 …野菜切るのは俺と川村先輩の二人だけで十分そうだが、この人数で仕事こなすのは流石に面倒だな…。


 幸いな事に三年生と一年生は全員戦力として数えられるし、二年生三人も戦力外ということは無い。


「…あの二人ホント双子っぽいですよね」

「ぽいじゃなくて双子だぞ?」

「にしてもじゃないですかね。知り合いに双子居ますけど全く似てないですよ。性格から何もかも」

「あの二人は去年の二学期の期末テストで12教科全部で全く同じ点数叩き出したレベルの双子だからな」

「超能力でしょそれもう…」

「同じ遺伝子から生まれてるからな」

「個体差が無いんですかね」

「名前呼べば普通に反応してくれるけど、多分三年一緒のクラスに居たやつでも見分けつかねえよ」

「そうなんですか?普通アクセとか着崩しとか髪型とかで気付きません?」

「あえて同じのつけてくるからな。単純に仲が良いのもあると思うが」


 ペアルックって奴か双子コーデって奴か、知らないけど、実際仲は良さそう。


「てかそう言えば、あの二人が福島と噂されてたのって結局何なんですか?」

「知るか」

「…松坂先輩は?」

「アタシの聞いた限りでは『ハイスペ一年生が生徒会の美人双子姉妹に迫られてる』って話だけ」

「ラノベのタイトルかよ…。てか椿先輩の方から話しかけに行った感じっぽいですね」

「それがどうしたよ?」

「あ、いや、俺結構福島とは仲良いつもりなんで。せっかくなら弄り倒してやろうかと思って情報収集してます」

「たち悪いな」

「友達なんで、そんな物じゃないですかね?」

「お前の友情の形は歪だな…」

「間宮」


 ふと、いつの間にか後ろにいた神里先輩に声をかけられた。


「はい、どうしました?」

「これ」

「……?」


 神里先輩は小さな封筒一つを俺の近くに置くと元の配置に戻った。


「…なんだそれ?」

「さあ…?」


 取り敢えず包丁を置いて手を洗ってから封筒の中身を確認する。

 …手紙…まあそうか。


「…あ、これ黒崎先生だ」


 …一体何の様があったら手紙なんて書く必要があるんだ…?


「…あ、これアレルギー持ちの一覧ですね」

「これこっちじゃねえな、おい玲香!」

「はいはい聞こえてたよ〜」


 パタパタと一覧を回収して、少し見てから顔をしかめる。


「牛乳アレルギー多っ…」

「生きづらそうですね」

「女顔はアレルギーあんのか?」

「そば食べれないです」

「年越しどうしてんだそれ?」

「俺だけうどん食べてますよ、四国じゃ結構あるらしいんで。先輩は?」

「ないな」

「それが良いっすよ…。小麦のアレルギーマジで面倒っすから」

「うわ、きつそう」

「給食パンの日とか虚しかったっすよ…一人で弁当持参して」

「アレルギー持ちだとあるあるですね」

「まあそういう対応は学校側も大変だもんね〜」

「その対応を今からやるんですけどね」

「「「………」」」

「…給食室って入る機会まずないっすよね」

「現実逃避してんなよ…」


 生徒会本当に仲良いな。良い事だよ、うん。



 ◆◆◆



 林の中を恥ずかしげもなく走り回って、一体何をしているのか俺には分からないが、取り敢えずパシャリ。


 そしてそんな光景を追っかけて写真撮ろうと頑張ってる桜井さんをパシャリ。


 施設の裏に集まってタバコ吸いながら談笑してる先生とガイドさんをこっそりとパシャリ。

 …黒崎先生ってタバコ吸うんだ…と思ったけどあれ吹かしてるだけ…だな。


カタツムリの集まるアジサイと並ぶクラスメイト達をパシャリ。


 それからもある程度自由時間を謳歌してる生徒達を撮影していった。

 そして偶然見つけた阿部と駄弁っていた。


「…やっぱこの学校、顔面偏差値高すぎるよな」

「あ、阿部もそう思う?俺もそう思う。マジで誰撮っても映えるんだよね」

「…そういやお前生徒会の手伝いやってるんだったな…」

「昨日も言ったよそれ」

「何でお前なんかが神里先輩と普通に話してんだぁ………」

「俺だとだめなのは何?やっぱり福島じゃないと納得できない?」


 福島が女子と話してるの見て嫉妬する奴は福島のこと知らない奴だけだからな。

 如何にあいつの主人公力を掻い潜って彼女つくるかって話。


 …俺の場合は…まあ、うん。福島全く関係無いところだったからな。


「あのハーレム野郎は納得できるだろ。天然の美少女ホイホイだぞ?でもオメーは駄目だ。その女狐顔を最大限利用してるだけじゃねえか」

「誰が女狐顔だ!…てかまず女狐顔ってなんだよ!」

「あのクソイケメンハーレム美少女ホイホイ野郎は主人公だから仕方ないとしても、女顔友達ポジのお前がモテんのは気に入らねえ」

「さっきからそのよく分からないカテゴリ何なんだよ!?お前そんな事言ってる割には最近秋山と良い感じになってんの知ってるからな!」

「いや何で知ってんだよ!?どっから情報収集してるんだオメーはよぉ!?」


 クラスで作られてる女子だけのグループに俺も入ってるからね、それくらいは知ってる。

 …悲しい事に俺はほぼ男として認識されてないからな!


 実際マジな話、俺のことを異性として見てる女子はかなり少ない。それこそ関わりが浅い人はほぼそうだろう。

 関わりが深くても本気で意識する様な出来事が無い限りはそういう意識をされることが無い。


 まあ、楽だから良いけど。


「ま、付き合うことになったら祝福はしないからな」

「祝福はしろよ!」

「いやいや友達辞めるよ。彼女居る阿部とか仲良くなれる気しない」

「俺の事何だと思ったんだお前!」

「一緒に福島を妬んで遊ぶ友人…?」

「だとしたら俺達の友情の形いくらなんでも歪すぎるだろ…」

「友達ってそんなもんでしょ?」

「怖えなお前…」


 …まあ冗談だけど。

 不定形の友情に歪もクソもないだろうし、クラスメイトに対してそこまで深い感情も無い。

 普通の友達だ、彼女できたんなら普通に祝福するし、別れたらしっかりとからかいつつ、慰める。


 そういう物だろう、冗談言い合ってるだけの時間も嫌いじゃ無いし。


「…あ、そうだ。阿部には年上の女性の知り合いって居る?できれば仲良い人」

「なんだ急に…?」

「中学の時世話になった先輩が誕生日近くて、参考が欲しいなと」

「ほーん、お前生徒会の先輩に聞けば良いだろそれ」

「それも考えたんだけど、女子の好みの差って激しいでしょ?それよりは安牌探したい」

「安牌ならポーチだろ」

「ん…ポーチ?」

「女子ってコスメとか小物大量に持ち歩いてるし、ポーチは安牌じゃね?」

「……お前の口からコスメとか聞きたくなかったな」

「はあ?なんだそのディスり!?」

「取り敢えず…ポーチ、なるほどね。イイコト聞いた」


 俺はその後もからかうだけからかって阿部の近くからはなれた。


 …だって阿部と一緒に居るところ見られて友達だと思われるの嫌だし…冗談だけど。



 ◆◆◆



 曇り空で月は見えない。少しどんよりと湿った空気と冷たい風が頬を撫でる。


 消灯時間は過ぎており、本来こんな時間に外に出ては行けない。

 見回りの事務員も既に寝床についた頃だろう。


 部屋では神里先輩が寝ているし、昨日と違って抱き枕にされた訳でもない。


 そんな中で、俺はこっそりと部屋を抜け出していた。理由は単純に、そういう司令があったから。


 施設の裏山を、スマホの明かりを頼りに進んで行くと、見慣れた寝間着の先生が居た。


「…黒崎先生、こんばんは」

「こんばんは…なのかな?」

「さあ?取り敢えず言ってみました」

「ごめんね、普通生徒にこんな事させちゃ駄目なんだけど」

「いいですよ。先生と生徒、の前に恩人ですから」

「君に恩を売ったつもりは無いかな」

「そうでしたか?」


 俺は黒崎先生の正面に立って木に寄りかかった。


「それで、どうしたんですか突然?わざわざ夜中に来いだなんて」


 消灯時間になる直前に、黒崎先生から深夜にここに来いと連絡が来た。


「ちょっとだけ、君以外に聞かせられない話が出ちゃってね」

「…そんなこと日常にありますか?」

「普通は無いんだけど、君のことだから」

「トラブル体質ここに極まれりですね、何ですか一体?」


 そう聞くと、黒崎先生は途端に顔を俯かせた。


「………凛さんが亡くなった」

「…は?」

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