第55話 それが茨の道だとしても
キャンプファイヤーが終わり、俺は生徒会メンバーに混じって片付けを終わらせた。
他生徒達は今頃大浴場を楽しんでいる頃でしょう。
生徒会メンバーは全員女子なので大浴場を使うだろうけど、俺は個室にある風呂を使わせてもらう。
流石に大浴場一人で楽しむのは悲しくなるから遠慮させて頂きます。
明日も大浴場には行きません。
神里先輩と少し気まずい雰囲気にはなった物の…取り敢えず神里先輩の対応を見ている感じだと……人の前では今まで通り、という結論に至った。
「「よっしゃ終わり!」」
「ふい〜終わった…お疲れさま〜。架純、さっさとお風呂行くよ!」
「あ、まだやることあるんで先行って欲しいっす。理緒先輩チャッチャと済ませましょうっす」
「ったく、面倒くせえ…。おい椿、あと烏間と桜井も先帰ってろ」
「「はいさ〜」」
「はい、お疲れ様でした」
「うちもお風呂…」
「…間宮、帰るよ」
「…ん……え?あ、はい」
突然呼ばれて生返事。驚いて返事し直した。
「荷物は上?」
「はい」
「なら私のと一緒に下に持ってきて。私は先生に報告してから行く」
「分かりました」
そう指示されたので、俺も一度生徒会メンバーの大部屋へと荷物の回収に向かった。
道中で入浴を終えてツヤツヤしている女子生徒達を見かけたり、偶然見つけた阿部グループと軽く話したり──生徒会メンバー美少女集団過ぎて羨ましいとキレられただけ──してから荷物を回収して、二人部屋に戻った。
どうやらモタモタしている隙に神里先輩は戻って来ていた様だ。
「お風呂、先いいよ」
「はい…って…え?」
「………?」
「えっと…神里先輩は大浴場行かないんですか?」
「行かない」
「……そうですか」
お言葉に甘えてお風呂は先にいただきました。
これが
生憎と彼女は常識人なので乱入イベントはなく、消灯前には俺も神里先輩も入浴を終えた。
余ったココアパウダーと牛乳でホットココアを楽しんでいると、丁度神里先輩が上がってきた。
「…私も貰って良い?」
「あ、はい。つくりますよ」
…風呂上がりの神里先輩色気やばっ…。
真っ直ぐ正面の椅子に座ると、ホットココアでホッと一息つく。
「間宮とは、少し話さなきゃいけない個人的な事情があって、この部屋も実は仕込み」
「……えっ…?俺の部屋無かったのって仕様なんですか…?」
「部屋割りは私がした」
「……先生のミスじゃなかったのかよ…。それで、個人的な事情っていうのは?」
多分この話の中で一番大事な部分。
一体どういう理由があったら、今日が初対面の俺と神里先輩な話さなきゃいけない事情なんて発生するんだろうか。
「……私と
「…えっ?いや、初めてですよね…?」
突然の名前呼びに困惑しつつも少しだけ考える。俺の身の回りには神里という名字も、結月という名前を居ない。
「…私達が初めてあったのは2年前、4月の終わり頃」
「4月の下旬ですか…」
俺は少し記憶を探った。
普段表情の変化が少ない神里先輩が何故か少しずつ拗ねた様な顔になっていくので、必死に頭を働かせた。
…2年前とか言われると、雨宮の事と事故った時の事が印象に残り過ぎてるんだよな…。
「…ユヅ」
「………えっ…?」
ゆず…じゃない、ユヅ…。
「……っ…嘘だろ…?」
「嘘なわけない。あれは私とシンしか知らない…私は誰にも話してない」
「…俺も誰に話してないけど…でも、ならっ…?」
ユヅ、というのは…確かにずっと記憶に残っていた。2年前の4月と言われて真っ先に思いつくくらいには。
でも彼女の可能性はすぐに排除した。
何故なら…
彼女は美しい長い髪をしていた。本人は嫌いだと言っていたが、あれだけ綺麗に伸ばしていたくらいだから…大切にしているとばかり思っていた。
なにより、俺は彼女に出会ったのが理由で髪の長い女の子がタイプだと感じる様になった位には、俺の中でユヅは長く美しい黒髪が印象深かった。
「……髪は…」
「…やっぱり、それが原因…?人の事何で判断してるの…」
「いや、判断も何も…数時間一緒にいただけの女の子、しかも名前も知らない様な子の印象なんて…外見とその時の性格くらいしか…」
「…生徒会に居る印象なんて無かった?」
「全く無かったし…。そもそも黒峰の子が赤柴高校に来るなんて思ってないし…年上だとも思ってなかった…」
「……赤柴に来たのは去年の9月。それまではいとこと同じ高校に居た」
「…転校してきた…ってこと…?」
ゆっくりと頷いて、自分の髪を触った。
「シンが好きって言ってくれた髪は…
切った、ではなく…切られた。
「…いつ誰に?」
「転校する前、クラスメイトに」
「…どうして?」
「……何でだろ、気に入らなかったんじゃない…?」
少し悲しそうで、辛そうに揺れる瞳。何があったのかは容易に想像がつく。
人当たりがよく男女問わず人気がある凛月と違って、注意を引く外見と福島の存在が原因で嫌われていた夜空。
そしてこの人は…無愛想で人見知り、人付き合いが下手。
そうでありながら、美しい長い髪と相まってその姿は誰よりも目を引く。
…今の短い髪でも、そうなるくらいには美人な人だから、嫉妬を向けられるのが当たり前か。
「…家族は?」
「両親は離婚。妹は母親に引き取られて、父親の行方は知らない。私は従兄弟の両親に引き取られたけど、今は一人暮らししてる」
「……一人暮らし、ですか…」
思わず少しうつむいた。
別に付き合いが長い訳じゃない、なんなら俺はほんの少しだけ世話をしただけだ。
彼女は一方的に俺の名前知っていたから気付いたんだろうけど。
「…私は…」
先輩が話し始めるので顔を上げると、酷く真剣な表情で俺のことを見つめていた。
「君以上に優しい人には会えなかった。どこで、どれだけの人と話しても、君よりも暖かい言葉を投げかけてくれた人は居なかった」
「………」
どうなんだろう、それは本当にそうなのだろうか?
「…たった数時間一緒に居ただけのシンのことが、ずっと記憶に、心に残ってた。再会するまでの二年間…一度たりとも、シンを忘れたことはない」
「……」
「さっきは、栗山夜空に告白されたって聞いて、思わず言ってしまったけど…。これが『好き』って気持ちなのかは分からない。でも、私はもうシンと離れたくない。シンが他の誰かに取られるのは嫌」
「………」
「でも、自分に嘘はつけない。それだと私は私を捨てた人達と同じになってしまうから。シンにはあの時と同じように、私の隣に座って、優しい言葉をくれる…そんな存在になって欲しい」
揺れる瞳、紅潮する頬、それでも視線を反らすことなく、真っ直ぐに俺のことを見ている。
そんな彼女の姿を見て、俺は思った事をそのまま口にした。
「…えっと…俺で良ければ、近くに居させて欲しいです。まだ『好き』が分からないって言うなら…俺は、君が初めて『好き』だと思える優しい人になりたい」
それは決して恋人などではない。
ただの依存先…もしくはごく普通の、成立していない男女の友情か。
それを理解した上で、神里先輩は「隣りに居てほしい」と言った。
なら俺は、彼女を拒むことはできない。
どんな形の『好き』であろうと、俺は神里結月を受け入れるしか無いんだろうな。
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