第54話 ジンクス
「知ってる?」
「いや、知らないかな」
「まだ何も言ってないよ?」
「キャンプファイヤーの側で告白すると必ず成功するとかってジンクスは知らないよ」
「知ってるんじゃん!」
「そりゃ大量の生徒前で告白されたら断りづらいよねって話も知らない」
「私の提供予定だった話題全部先に言われた…」
隣でくつろぐ桜井さんがぐぬぬ…と唸る。
烏間さんが後から来て、俺達にスポーツドリンクを手渡してくれた。
「あ、これでええんよね」
「いいよ、ありがと烏間さん」
キャンプファイヤーの準備が終わり、まだ焚き火はついてない。
18時頃に夕食を終えて外に集まった先生やら生徒達が、もうなんか楽しそうに騒いでる。
そこに椿先輩が二人揃って向かって行き、火を点けた。
少ししたら、炎が高く舞い上がった。
「…よし、やるか」
「えっ?何をやるん?」
それを確認してから俺は焚き火の少し近いところに机と椅子を用意。
マシュマロと長めの串、クラッカーやチョコ、牛乳やココアパウダー、チョコペン、ホイップクリーム等などとマグカップを準備。
ホットミルクにマシュマロを乗っけてチョコペンで猫を描いてみたり。
普通に焼きマシュマロやったり。ココアとマシュマロ使ったラテアートやってみたり。
クラッカーに焼きマシュマロとチョコ挟んでスモアというスポーツを作ってみたり。
鍋とクーラーボックス用意してマシュマロのムースを作ったりして、先生や生徒に配っていった。
因みに先生に許可をもらって全て自腹で行っている。
「うまーい!」
「甘っ…」
「あ、私ブラックチョコが良い」
「猫描いてよ、猫!」
焚き火を使ったマシュマロスイーツは主に先輩女子にとても好評。
ふと、すぐ近くで三年生が部活の後輩に告白して成功。
大盛り上がりも良いところである。
そんな二人を手招きして、ココアラテにホイップクリームを乗せてチョコシロップでハートを描き、ハート型のマシュマロを乗せてプレゼントしてやった。
もしも失敗した奴がいたら、ハートにギザギザかいてプレゼントしてやろうか。
「あ、じゃあ写真撮りますよ」
「ははっ、悪いな」
「いえいえ、せっかくなので。なんなら皆で集まりますか?」
「そうだな、二人だけだと何か恥ずかしい」
というわけで皆でハート型のジャンボマシュマロを持って写真とったり。
今日一日で結構スマホのフォルダまで埋まってきたな…。借りてるカメラのほうも使うか。
スマホと一眼レフカメラの両方でキャンプファイヤーの様子を色んな所を撮っていく。
「あ、あの神里先輩!」
ふと、神里先輩声をかけた男子生徒。
一方で神里先輩は一瞥を向けることもなく俺のところに歩いてきた。
この状況で声をかけた勇気ある男子生徒だろうと、流石のガン無視に唖然。
周囲の先輩たちが慰め始める始末。
「…間宮、私にもココア」
「どうぞ…」
「……」
「あの、流石に無視は可哀想じゃないですか?」
「…無視?」
「えっと、さっきの男子生徒…」
「…誰か、私に話しかけた?」
「えっ?気付かなかったんですか?」
「…考え事してた…」
…余計に可哀想だわ。
「………」
「…あ、マシュマロムース食べます?」
「美味しいの?」
「かなり上手く行ってます」
「なら貰う」
クーラーボックスからムースを取り出して、プラスプーンと一緒に手渡す。
「…どうです?」
「甘い、美味しい」
「良かった」
そこまで話してから、何故か周囲に集まっていた女子生徒が呆然としている事に気付いた。
そしてヒソヒソ話。
「…冷血姫が普通に話してる…」
「なっんで…嘘でしょ!?」
「男子と話してる…?意味わかんない……」
「私のお姉様が…!?」
「あぁ゙ぁ゙!脳が焼かれるぅ…」
…もう、うん…。多分さ、何かがバグってるだろ。
神里先輩もこの状況にドン引きである。こんな人と二人っきりの部屋とかマジでヤバイだろ。
本当にマジでヤバイ。
語彙がなくなるくらい不味い状況なのではないだろうか。
そんなバグってる状況がちょっと面白くて、俺は神里先輩にもう一度話しかけた。
ただし、周囲には聞こえないような小さな声だ。
「神里先輩。さっき言ってた考え事ってなんですか?」
「……間宮には関係ない」
「ですよね、聞いてみただけです。ところでどこで
「…んぐっ…!?」
表情はほぼ変わってない…よ、うに見えるだけで少し目を見開いた。なんならちょっと咳き込んだ。
何となくそんな気がしただけだが、やはり正解だった。
今まで何百回と告白されて来たと噂の神里先輩だが、付き合うどころか返事すらしたことがないそうだ。
その割には…。
「…案外考えてるんですね」
「別に…」
「マシュマロ焼くの手伝ってください」
「……いいよ」
焚き火のそばにしゃがみ、串に差したマシュマロをゆっくりと回す。
「なんで返事しないんですか?」
「……どう答えれば良いか…」
「…分からない?」
「まず…恋愛がよく分からない」
「…その気持ちは分かります」
「間宮はそういう経験あるの?」
「恋愛経験はありませんけど、告白されたことはありますよ。初めての相手は男でしたけど」
「……女顔…」
ほんの少しだけ口角があがった気がした。
相変わらずいい方向の表情が無い人だ。
「最近だと、夜空からも告白されましたね」
「…夜空…。栗山夜空?」
「はい」
「…あの子は、福島大翔と…じゃなくて?」
「それであってますよ。今は少し気の迷いがあるだけで、その内福島とくっつきます」
「……告白されたのに、そう思うんだ?」
「根拠はありますよ。人に言うことでもありませんけど」
きっと、あの表情を見なかったら…付き合っていた気がする。昔の福島大翔を思い出した時に見せた屈託のない笑顔。
あれはどう頑張っても福島大翔にしか向けられない表情だから。
あそこに、俺が入る余地はない。
あとは夜空本人がそれに気づくだけだ。
二人の関係はある程度修復した、だからきっと…遠くない未来、あの二人は恋人同士になるだろう。
…最終的には、そう仕向けたんだけど。
綺麗に焼色のついたマシュマロを少しかじる。
「…人の恋路は見てて、聞いてて、面白いですよね。他人事なので」
「当事者にはなりたくない?」
「なりたいですよ、俺も彼女ほしいとは思います。先輩はそういうの無いんですか?」
「…無い、訳では無い」
「……考え事になるくらいですから、そうですよね」
少しだけ弱まっている焚き火に薪を焚べて、同じ場所にしゃがみ直す。
すると、神里先輩もどこからか戻ってきた。
マグカップを片付けて、マシュマロを持ってきた様だ。
「………間宮」
「なんですか?」
「私と、付き合ってみる?」
「……えっ……?」
思わず聞き返して隣を見る。
少し離れたところでしゃがみ、マシュマロにふーふーと息を吹きかける神里先輩。
俺の視線に気付いて、目を合わせる。
神里先輩の表情に変化はない。
「……それは……お試し…ということですか…?」
「…恋愛が分からない者同士、少し理解を深めてみない?」
「えっと…え?…それは…。流石に…」
ないんじゃないかな。
「……だよね」
「…………はい」
俺がそう答えると、その視線は焚き火に戻った。
炎のせいか、状況のせいか、少し熱を持っている自分の顔に手を当てた。
もう一度隣に視線を向けると、神里先輩は前髪を耳にかけてハート型のマシュマロを一度で口に放り込んだ。
チラリと見えた横顔は耳まで朱色に染まっていた。
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