第52話 冷血姫
俺は…というか、俺達は少し険しい山道を歩いていた。時々後ろを確認しながら声をかける。
「…マジで眺め良いな…」
誰かに言うでもなく、ただぽつりと呟いた。
俺の人生は今のところ、自然に触れる機会が本当に少ない。動物や植物、虫なんかは嫌いじゃない。触れ合う機会が無いだけで。
俺は会長に頼まれた風景や生徒達の写真撮影なんかもこなしながら宿泊施設まで先導した。
皆、結構疲れてるな。
「君余裕そうだね、登山経験あるのかい?」
三日間の日程内でガイドを務めてくれるこの宿泊施設のスタッフさんにそんな言葉をかけられた。
「いえ、ちゃんと山登りしたのは初めてです」
「そうなんだ!スイスイと歩いてくから慣れてると思ってたよ」
「体動かすのは得意なので」
取り敢えず落ち着いてきた生徒達に今後の予定を説明してから、疲れ切ってる生徒会の面々の手伝いをする。
「あの、玲香先輩」
「…君が居なかったらってちょっと怖くなってる会長さんです」
「あ、そう。それより…葛城先生から伝言が」
「スルーって…。伝言なにかな…」
「養護教諭の高橋先生が怪我したらしいです」
「…養護教諭なのに?」
「や、まあその前に人なんで」
「私の代わりに、結月と行ってもらえない?」
「あ、はい。分かりました」
疲れ果ててる生徒会メンバーの中では、
「あの、神里先輩…?」
声をかけると、チラッと一瞬目を合わせただけでスタスタと歩き始めてしまった。
仕方なくその横を着いていくと、偶に目を向けてくる。
「………」
「ん………?」
なんとなく不思議な人だ。
顔立ちは整っているが前髪からチラチラと見える瞳は少し鋭い気がする。
女性的な曲線が目立つスタイルをしており、聞いた話では男女問わずに人気があるそうだ。
口数が少なく、考えてることは分からないが一緒に居て嫌な感じは全くない。
そんな先輩と養護教諭の高橋先生の元に向かった。高橋先生はどうやら登山の途中で足を捻ったらしい。
他にも少し怪我人が見当たった。
俺は施設のスタッフさんと手分けしながら一人一人の容態を確認して手当てしていった。
…自分が怪我することに慣れてるせいで応急処置とか全部頭に入ってるよ。
「神里先輩、手際良いですね」
「…慣れてるだけ」
「へえ…」
どことなく共感しながら、窓の外に目を向けた。
外では生徒達が野外活動としてお昼の用意をしている真っ最中。
それを眺めながら、俺は神里先輩と施設の廊下にあったベンチで少し休憩していた。
何気なくサイドの髪を耳にかける。
偶然だろうけど、俺の方から綺麗な横顔が見れるようになった。
………ん…マジで美少女、この高校、女子の顔面偏差値高過ぎだろ。福島の主人公力すげえな。
…………。
「……さっきからなに?」
「あ、えっ…?」
「ジロジロ見過ぎ」
「えっと…スミマセン」
言われてからやっと視線を動かした。
だがすぐに横にいる美少女に視線を向けてしまう。
そこでハッとした。
もしかして俺見惚れてたのか…?こちとら美少女慣れしてる筈なんだけどな。
とうとう痺れを切らしたのか、神里先輩が正面から俺に視線を向けていた。
ただ真っ直ぐ見つめ合うだけの時間が過ぎていく。
「……」
「……」
……いや、やっぱ…この人、美人過ぎるよ…。
夜空とか凛月達と並ぶか、それ以上に綺麗な顔してるよなこの人。
少し紫がかった不思議な髪、長めのボブで前髪の奥からチラチラと鋭い目つきが覗いてくる。
「いつまでこっち見てる気…」
「…神里先輩ってモテますよね」
「何の話?」
「いや、なんとなく」
そう答えると、神里先輩は何を思ったのかぽさっと俺の膝に頭を下ろした。
「なっ…?んっ!?」
あまりの急展開に変な声を上げる。
まさかの膝枕要求、私は今日が初対面です。
「…動かないで」
「あ、スミマセン…」
「……」
そして何故か…数分そのまま放置。
「…あの………?」
「………」
流石に気になって声をかけたが、返答は無し。
返ってきたのは規則的な寝息だけだった。
どうやら先程までの態度に反して、かなり疲れていた様だ。しかし良く考えなくても、それはそうだろう。
運動音痴な生徒会の面々に気をかけながらの登山、本人あまり運動が得意ではない。
……シオとは別方向で可愛らしい人だな…。
少し不器用に甘えてくる姉…みたいなシチュエーション、俺は何となく神里先輩の頭を優しく撫でた。
髪が崩れたりはしないように、強い刺激は与えない様に。
ふと、廊下で休んでいた俺達を生徒会の面々が探しに来てくれた様で…歩いてきた彼女達はこちらに気付いた。
そして、愕然とした表情で立ち止まった。
「……?」
「「…うそぉ…」」
「結月が懐いてる…アタシあんな寝顔初めて見たんだけど…」
「冷血姫が…男の子に膝枕して貰ってる…」
えっ、冷血姫ってなに…?
初めて聞いた神里先輩のまさかの二つ名に少々困惑。
取り敢えず少し声が大きいと感じたので、口元に人差し指を立てる。
そんな俺の困惑を知ってか知らずか、
「結月は何かあるたびに男に告白されて、それ全部無視してるから変なあだ名つけられてんの」
「へえ…」
「…で、女顔、お前どうやってその氷溶かした?」
「いや、普通に話してただけですよ。冷たい態度取られてましたけど」
「…冷たい態度で済んだ…?」
「普通会話にならない」
そんなに悪い印象無かったぞ…?
というか、そんな人と男子をよく二人っきりにさせたな玲香先輩。
まあモテるのは納得できるし、塩対応通り越してる氷対応してるのも解釈一致。
ただまあ、ここは少しだけ気を使っておくとしよう。
「神里先輩が起きたら、俺も行きます。お昼は先に進めてください」
「……二人っきりでナニする気かなぁ〜?」
「今日初対面の先輩に何かするわけないでしょ…」
「初対面でその子に懐かれるの異常なんだけど」
懐かれてる気はしないこともないけど…。
少し話をしてから、生徒会の面々が帰っていった。
姿が見えなくなったのを確認、俺は優しく神里先輩に声をかけた。
「…もう居ないですよ」
そう言うと、神里先輩はゆっくりと頭を上げた。
そして第一声は…
「……私あんなあだ名で呼ばれてたの……?」
「あ、それは知らなかったんですね」
「そんなの知るわけ…」
「…ないですか…。まあですよね…」
そんな気はしてた。
「…取り敢えず、少ししたら行きますか」
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