第47話 劣等感

「迎え来れそうですか…?」

『うん、行けるけど…今どこに居るの?』

「…栗山夜空の自宅です。誕生日祝いで」

『……なるほどね、迎えに呼び辛いわけだ』

「あの…クラスメイトにバレるのって…大丈夫だと思います?」

『大丈夫じゃないかな?やましい関係じゃ無いんだし…噂したり、広める様な子じゃないでしょ?』

「それはそうですね」

『…この雨だし、今から行くよ』

「分かりました、お願いします」


 スマホをしまってリビングに戻る。

『高嶺の花』呼ばわりが原因で、ソファの端っこで拗ねてる夜空と、あの手この手で慰めてる福島。

 キッチンに対面するカウンターテーブルでホットコーヒーを飲んでいる汐織さんは、少し羨ましそうに夜空を見ていた。


 俺はそんな汐織さんの隣に座った。


「…君も、福島の事が好きなのか?」

「……少し違います。ただ、あの人が羨ましい…」

「違うの?」

「…大翔さんの事は好きですよ、いい人ですから。でも…恋愛対象かって言われると違います。どちらかと言うと…大翔さんとあの人の『幼馴染』って関係が羨ましいだけです」

「それなのに、今までその幼馴染を無下に扱ってた夜空が気に入らない…と?」

「…そうです」


素直に頷く少女の様子に、すんなりと納得できた。


「ん…なるほど」

「…真さんは幼馴染と、仲良いんですか?」

「俺の幼馴染は双子姉妹で、その姉妹がかなり仲良しだからな。俺も喧嘩した記憶はない。世の中の人が羨むような『幼馴染』って関係にはかなり近いかも知れない」

「…凄いですね、自信を持ってそう言えるのは」

「恵まれた環境で育ったって自負があるからな」

「…真さんは…自分じゃなくて、自分に与えてくれた影響を誇るんですね」

「それは勿論。俺は才能無いタイプだからな」

「……そうなんですか?」

「世の中の人間が俺と同じ環境で育ったら、100人中100が俺より優秀に育つよ。これは断言できる」

「…ふふっ…どんな環境で育ったんですかそれ…」


 俺に何かを成す才能は無い。それは昔から何となく分かってる。


「同年代の奴より少しだけ大人びてて、少しだけ器用だった。中学に入った頃にはそこの差ってのはもう無い。俺は何をやっても平均より少し上ってだけで、大抵の人は俺より突出してる事があったんだよ」

「何をやっても平均以上って、それこそ才能じゃないですか?」

「ちゃんとした努力をすれば、才能がなくてもそうなれるんだよ。俺の近くにはいつも都合よく『上手な努力の仕方を教えてくれる人』が居た。頼りになる大人が周り沢山居ること。それが俺の言う、恵まれた環境。普通の人が俺と同じ環境で育ったらきっと、何かしらの分野で天才って言われる人間になっただろうから」

「…そうなれなかったから、才能が無いんですか?」

「そうだよ。ただまあ…自分の事で、一つだけ誇れる事があるとは思ってる」

「なんですか?」

「そういう環境の下に産まれた強運」


 俺が自信満々のドヤ顔で言うと、汐織さんは吹き出すように笑った。


「くふっ…あはははっ…!」

「あ、おい笑うところじゃないぞ!」

「ふふっ…流石に笑っちゃいますよ…。本当に強運なら、座ってる席にピンポイントで車が突っ込んで来たりしませんよ」

「仕方ないだろ、その時点で運使い果たしたんだから。そのせいで俺はトラブル体質だ」

「えぇ?そのせいなんですか?」

「絶対そうだって」


 可笑しそうに笑う汐織さんの笑顔に、少し釣られて俺も笑った。


 …本当に可愛らしく笑う子だな。


 俺は何となく、少女の頭を撫でた。


「…君みたいな妹が居たら、もう少し素直になれたのかもな」


 自分でも気付いている。

 自分の心が分からないほど馬鹿じゃない。ただ認めたくないだけだ。

 恵まれた環境で育ったって自負があるから、どんな人間であれ、俺の母親はあの人しか居ない。


 俺はきっと『家族』というものに劣等感コンプレックスを抱いている。


「えっ……と…?」


 少女は少し頬を赤らめて、チラチラと視線を動かした。

 艶のある髪は触り心地が良い。

 困惑してあわあわと手を動かしたり、小動物とはまた違う愛らしさがある。


 …俺は初めて知ったな、こういう不思議な魅力。


汐織しおりって呼び捨てにするのも何か違うんだよな…」

「な、何なんですか急に…」

「シオって呼んで良い?」

「…いい…ですけど…」


 突然の愛称呼びに戸惑い隠しきれていない美少女。


「ホント可愛いな君」

「なっ、!…なんですか、さっきから…」


 思わずポロッと心からの本音が漏れた。


 今日一日、ほんの数時間しか話してないけど俺はこの子をかなり気に入ってる。


「シオは赤柴高校も目指してるのか?」

「…えっと、一応そうです…。この近くでは一番偏差値高いですから」

「…俺は君のこと後輩って言ってみたいな」

「……それは…はい。頑張りますけど…正直厳しいですよ…?」

「なら頑張るじゃなくて、助けてって言ってくれれば良い」


 俺がそう言うと…どこか嬉しそうな、申し訳無さそうな表情で「えっと…」と少し間をおく。


「…じゃあ、助けて下さい」

「じゃ、いつでも連絡くれよ?」

「はい…」


 汐織の返事で、少し笑いあった。


「…イライラする…」

「「うわあっ…!?」」


 いつの間にか耳元、至近距離で夜空が呟いた。

 …頼むから耳元に来ないでくれよ…。


「いつまで頭撫でてるの…?」

「…良いだろ別に嫌がられてる訳じゃないし」

「……私誕生日」

「関係ない…」

「…私より汐織の方が良いんだ」

「面倒なメンヘラ同級生より素直で可愛げのある後輩の方が好ましいとは思うけどな」

「…ふーん…」

「ほら、そっちにお前の事大好きなイケメンが居るぞ」

「そ、そうだぞ!」

「………」


 黙っちゃった。


「真さんは…その人より、私の方が好みなんですか…?」

「そうだな」

「…珍しいですね」

「……先輩って呼んでみ…?」

「えっ…と?真先輩…?」


 …よし、絶対合格させよう。


 素直な子は好きだよ、うん。


 ふと、スマホが鳴った。

 確認すると、どうやら迎えが来たようだ。


「ん…迎え来たから、俺は帰るよ」

「もう帰るんだ…」

「帰るよそりゃ、結構な時間居たぞ?」

「あの、真先輩?…今日はありがとうございました」

「こちらこそ、変な事言ってごめんな。さっきも言ったけど、いつでも連絡くれよ」

「はい、お願いします」

「…私と扱いが違う…」


 外は雷雨、黒崎先生は車からわざわざ玄関に来てくれた。


「真、帰るよ」

「はい。わざわざすみません」

「いいよ、この雨だからね」

「えっと…なんで黒崎先生が…?」


 福島の疑問は最もだろう。黒崎先生は平然と受け答えた。


「真は今、私の所で生活してるから」

「……え?」

「…なんで…?」

「先生には中学の頃から世話になってて、まあ色々と事情があって居候させて貰ってる」

「それは、事情はあるんだろうけどな…?」

「あ、これ学校の人には内緒な」

「「……!??」」


 困惑する二人を見て、くすっと黒崎先生が微笑んだ。

 それから、俺の頭を撫でてきた。


「…なんですか…?」

「相変わらず、人間関係の修復が上手いね」

「相変わらずって何ですか?」

「あれ、心当たりない?」

「ないですね」


 きっぱりと言ったつもりだが、黒崎先生は笑うだけ。心当たりが無いわけではないが…同じ物だとしたら何で黒崎先生が知ってるのか疑問な所。


 俺の心当たりは雨宮時雨と英亜樹先輩の関係。


 あの二人の関係は陰ながら修復された。

 一度は関係が崩壊した二人だが、雨宮の性格が良すぎるせいで治ってしまったもので…別に俺がなにかした訳ではないのだが。


 そもそも黒崎先生が知ってる事ではないだろうし…。


「…ないなら、それで良いけどね。帰ろっか」

「…そうですね」

「それじゃ、お邪魔しました」

「あ、えっと…」

「また、学校でね」

「「あ、はい…」」


 呆然とする二人と、頭を下げる汐里さん。

 黒崎先生の苦笑いとともに俺は栗山宅を出た。

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