第46話 不満な誕生日
俺は一人でスーパーに来ていた。
夜空のバースデーケーキを予約していたから、三人には本当ならデートの途中で行く予定だったケーキ屋に向かって貰った。
結局、夜空の誕生日は自宅でやることになった。
俺は今日に関しては福島と夜空の仲直りができたので、正直もう、満足して帰れる。
ただそれだと夜空も納得できないだろう。
あまり友人の誕生日を祝うという経験がないから、せっかくなら外食にしたかったんだけどな。
お祝いごとって何か良いのあるかな…。
ほぼノープランで買い物に来たからどうしようか少し悩む所。
「…ま、行き当たりばったりでいいか」
どうせ今日のプランなんて全部ぶっ壊れてる。色々考えてたの全部パーになったし。
スーパーを出ると、外は積乱雲で薄暗くなっていた。
◆◆◆
買い物しながら色々考えた結果、オムハヤシという結論に至った。
家でのご飯は黒崎先生が作ることが多いので、高校に入ってからは料理の頻度が減った。
元々家に母さんが居ないときは自分で作るか鷹崎家に呼ばれるかしてたし、鷹崎家に呼ばれると大体紗月さんか湊さんの手伝いしてた。
「えっ…と…。いただきます…」
ぱくっ。
夜空は一口食べてふにゃっと口角を緩めた。
それを見た二人も食べ始める。
「…美味いな!」
「得意なんですか、料理」
「俺が得意というより…得意な人に教えられたって感じ。頭に入ってるレシピそのまま作ってるだけで、即興とかはできない」
「それで充分じゃないですかね…」
確かにそれで充分。
俺自身料理に拘りがあるわけでもないし、美味しいもの食べれるならそれで満足できる。
「…そういや、家族仲が悪いんだよな。この家って誰が料理してるんだ?」
「大抵はお母さんですが、家族揃ってご飯を食べるって事がまずないので大体皆、料理はできます」
キッチンに立った感じでは、水回りは清潔だし道具は丁寧に使われていた。
皆ある程度の料理が出来る、というのは間違いではなさそうだ。
「…福島、お前のところは?」
「家は母親がプロだからな…」
「…プロって?」
「ああ、調理師専門学校の先生をやってる」
「……あれ、父親は?」
「IT企業の社長やってるな」
「家族揃うことあんのかそれ?」
「土日祝日は必ず家族揃っての夜飯だな、決まりみたいな物で」
「…いい家族だな」
「そうか?」
何となく夜空に視線を向けると、ふいっと目を逸らされた。
「…お前ら、いくら嫌いでも家族は大事にしろよ?」
「「………」」
おっと、姉妹揃ってだんまりかよ。
…まあ、しばらく母親の顔見てない俺に言える事ではないけど。
無言になった二人に小さくため息を吐いて、何気なく外を眺める。
「雨強くなってきたな…」
「…大翔はともかく、真は帰りどうする?」
「ん、取り敢えずは雨が止むまで待つしかないだろ」
少しして、デザート的にケーキを食べる三人を横目にスマホに視線を落とす。
雨が止む気配がないので、黒崎先生に連絡を入れていた。
「あ、そうだ汐織」
「…なんですか?」
「間宮に勉強教えてもらったら良いんじゃないか?」
福島が突然そんな提案を出した。
それに対して困惑した表情の汐織さん。ついでに夜空はムッとした。
…そこは多分、違うだろ…。
絶対に「今度俺が教えようか?」って言う所だ。
なんでさっき会う女全員に惚れられるって話をしたのにそういう結論にたどり着くんだこいつ?
無神経、無自覚、鈍感、ノンデリでなんでモテるんだよこいつ?
「…福島。お前の方が多分、俺よりも成績良いよな?」
「いや、俺は前に美琴から『教えるの下手』って言われた事があってな」
桜井さんに言われてんのか、それはどんまい。なら身近にいる頭のいいヤツに…。
「…夜空も俺より成績良いだろ?」
「この人に教えられても頭に入りません」
まさかの汐織さんからの否定。
「だって何が分からないのかが分からないし」
「…大翔さんも同じ様な感じです」
人に教えるのが下手、それは多分…
「話が感覚的で自分の知識レベルを前提に教えようとする…ってところか」
「…そのとおりです」
「典型だな。それに君、一人でやっても捗らないだろ」
「…はい。なんで分かるんですか?」
「性格だな」
「…性格…?」
俺はフォークを置いて教えるのが下手な二人を指差した。
「この二人は大体の事を感覚的にできる、そのくせ頭が良い。ハッキリ言って勉強とか運動の参考にはならないのは何となく分かってた」
「…褒められてるのか貶されてるのか分かんねえな」
「どっちもだ。…それで、君はそんな二人を見て育ってる、なら自分が感覚派じゃないのは分かってるだろ?」
「そうですね」
「そこの二人は直感と発想力、好奇心、あとは抽象的な思考が優れてる。ってのはあくまでも勉強に関する話な?日常じゃそこの二人は『人の気持がわからないポンコツ』と『拗らせてるし突拍子のない行動をする面倒なメンヘラ』だからな」
「…ポンコツ…」
「私メンヘラじゃ…」
いや、メンヘラだよ君は。
クールに見えて寂しがり屋で、隠してるけど感情の浮き沈み激しいし、実は自己肯定感低いの気付いてるからな?
「今日少しだけ話した感じ、君は論理的で洞察力がある。勉強するにしても、ある程度ちゃんとした筋道を立てないと捗らないだろうな。多分、勉強自体は計画的にやってるんだろ?」
「そう…ですね」
「ただ姉と比べられるのが嫌で、何をするにしても上に行こうとして焦る、それで失敗する」
「…はい…」
まあそんな事だろうと思ったけど、話聞いてた感じで。
誰にだって得手不得手はあるが、大抵の場合は兄弟姉妹に優秀な奴が居るなら、そいつも何かしら優秀な面を持ってる。
ただ気付いてない、知らないだけで誰にだって得意なことはある。
しかし今回はあくまでも勉強の話。
「確か受験生なんだよな」
「そうです」
「五教科の中なら得意科目は?」
「どれも同じです」
「なら好きな科目は?五教科に限った話じゃなく、例えば漢字を書くのが好きだとか、生物の話は聞いてて楽しいとかって」
「……強いて言うなら、本とか小説…物語を読むのが好きです」
「物語か…。なら苦手科目は数学だけだな」
「いや、何をどう聞いたらそうなるんだよ!?」
何をどう聞いたらって、冷静に考えればわかるだろ。本好きになる奴が頭悪いわけがないんだよ。
日本人の書く物語を読んで理解するって、実は案外、ハードルの高い事だから。
海外の童話と日本の童話を比べるとよく分かる。
日本の童話と海外の童話を読み比べた時に「海外の童話って完成度高くね?」と感じる事がある。
それはつまり、日本の童話よりも海外の童話の方が理解しやすい内容だと言う事。
物語を海外の言語から日本の言語に翻訳する上で、必ず理解しやすい言葉や文章置き換えられるからな。
日本で書かれた日本の物語には、そのワンクッションが無いので少しだけハードルが高いと感じる事がある。
だから本や物語が好きな奴は大抵、やり方を間違えなければ勉強できるようにる。
「…ともかく。物語を読むのが好きなら、間違いなく勉強はできるから、何かあったら…まあ。真面目に勉強教えてもいいけど」
「それは、お願いしたいです」
「あ…じゃあ、はい連絡先」
汐織さんと連絡先を交換して、ケーキを食べ終わった食器を片付ける。
リビングに戻ると、不満顔の夜空がソファの上でクッションを抱いていた。
「…私の誕生日なのに、汐織と仲良くなって…」
「福島と仲直りしただろ?」
「…根本的には変わってない」
「なんで?嫌いな人から幼馴染に直っただろ」
「…結局、大翔は私のこと好きで、今後は寧ろ私が振り向く様にアプローチしてくるんでしょ?」
それを福島本人に聞くのかよ。
「当たり前だ、だめなのか?」
「…福島、お前の周りに居る女子はどうする気だよ?」
「どうもしない。でも…夜空に危害を加える様なら相応の対処はする」
「…だってさ」
「…真は?」
「ん?俺がなに?」
「…真は、私のことどう思ってるの?」
「面倒なメンヘラだと思ってるけど」
「……そうじゃなくて…」
「異性としては見てるけど、恋愛対象としては見てない」
「っ……。なんで…?」
なんで…か。
とても簡単な話だ。
「…いくらなんでも、高嶺の花すぎるんだよ」
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