第44話 後の祭り
「「…なるほど…」」
俺は栗山夜空の妹さん、栗山
どうやら今回の事に関しては、汐織さんも詳しい事情は知らなかったらしい。
というのも…福島が夜空の部屋に押しかけた際に、その手伝いをした姉妹…というのが夜空のお姉さんだったからだ。
汐織さんに関しては無関係と言っても過言じゃない。
そして福島は、それについて怒ってるから無視され続けているのだと思い込んでいる。
あとは多分、告白されての照れ隠しだとも思ってるだろうな。
俺は一応、汐織さんの為に体育祭であったこともかいつまんで説明した。
…まあ、その後に教室であったことに関しては…俺の口から言えることでは無いので。
「……取り敢えず、福島に一つ聞きたいんだけど…というか、確認だな」
「なんだよ」
「…お前さ、夜空とどうなりたいんだよ?」
「どうって、そんなの…」
少し黙り込んでしまった福島に、具体例を上げていく。
「別に答えなくても良い。承認欲求を満たしたいだけなのか、夜空の体に興味があるだけなのか、本気で恋仲になりたいのか…。それとも、ただただ自分の想いを自覚させて他の女子とイチャついてる時に嫉妬されたいだけか?」
自分がどう想って、どう考えているのかを自覚させればそれでいい。
「どう思っててもお前の自由だけどな、夜空にとってはそうじゃないだろ」
「………」
「幼馴染だから一緒に居て当然、仲が良くて当然、将来結ばれて当然。周りにそう言われて、お前もそう思って生きてきたんだろ?普通に考えてそんな訳ないけどな」
「…っ…なんで…」
…そんな事分かるんだよ…って?
「この世界の誰よりも特別な存在に見えるくらいに美人な幼馴染だろ?お前にとって夜空がそうであるように、俺にも似たような幼馴染が居る」
俺は、あの二人と一緒に居るときは大体存在が霞むからそんな思考にはならなかった。
この二人と違って複雑な関係ではない。
幼馴染という、その一言で完結する分かりやすい単純な関係だ。
「ま、お前と違って“異性として意識される”って事がほぼ無いんだよ、この見た目だからな。その幼馴染に限った話じゃない…自分の周りに居た全員に言えることだ」
「…それがなんだよ…」
「つまり…お前と俺は“逆”なんだよ、分かるか?」
「はあ?」
…なんで人が自虐ネタ使いながら丁寧な説明してやってんのに理解できねえんだよ。お前現代文の成績良いだろ、ちょっとは他人の心情理解してみせろよ…。
俺は思わず汐織さんに視線を向ける。
彼女や夜空はそれを身近で、いつも見てきたから、俺の言いたい事がよく分かる。
「あの、間宮さん」
「…ん?」
「会う女性全員に惚れられる様な人では、その話を聞いても理解できないと思います」
「…は?俺が惚れられる?」
「…やっぱり自覚ねえのかよ…」
思わず頭を抱えた。
だが、福島は勝手に自己完結した。
「…いや、そんなのはどうでも良い。俺は夜空一人が好きなんだ、他の女子は見てない!」
「ならその一人に嫌われてたらどうすんだよ…?」
「はあ?そんなわけないだろ、幼馴染が…」
「俺さっき言ったよな、幼馴染だからって仲が良いとは限らないんだよ」
「…俺が夜空に嫌われてるって言いたいのか?」
「言いたいんじゃなくて、そうだって言ってる」
「ならなんでだよ!嫌われるような事した記憶は無い!」
それは俺から言っても納得しないだろう、少し遠くでソファに座ってる夜空に視線を向けた。
コーヒーの入っていたマグカップを見つめながら、夜空は言葉を返した。
「…福島には無いでしょ、誰も…人に嫌われたくて行動なんてしない」
「夜空、俺のどこが駄目なんだ?」
「顔」
「…は…?」
唖然としてしまった福島と、少し意外そうな表情の汐織さん。
夜空は無慈悲な言葉を続けた。
「性格、才能、仕草、癖、表情」
…冷静に考えなくても言ってることやべえよ夜空さん、完全否定とか…。
マグカップからゆっくりと視線を転じた。
その瞳に宿る感情。
ここに居る俺達は勿論、全くの部外者でも、超鈍感な福島でも、どこの誰が見ても分かるくらいに、ハッキリとした…憎悪の感情が宿っていた。
「…誰に
「っ…!?な、なんだよそれ!」
福島はガタッと椅子を倒して立ち上がった。
夜空は瞼を下ろして、何か振り払う様に小さく首を振った。
「…彼女の持ちの男子に告白されたり、担任の先生にレイプされそうになったり…。私自身、自分の事が嫌いで仕方ないけど…自分の事だからって割り切って、一人で解決してきた」
「………なっ…!?」
「…でも、福島が私に関わるせいで私に降りかかる火の粉は、私じゃどうもできない」
「そんなの…ならなんで頼らなかったんだよ!」
「…福島に頼っても増長するだけ。だから周りの大人には頼ろうとした。自分でもどうにか動いた。けど、何一つ…変わらなかった……
冷たい無表情で、口調を変えるでもなく、怒るでもなく、ただ…淡々と。
「…逆恨みだよ。私しか見えてないなら、他の女子なんか関係ないなら…福島には関係ない。ならそれは私が勝手に嫌ってるだけ」
「…っ…!なんだよ…それ…」
「…『嫌われるような事した記憶は無い』って、当たり前だよ。何もしなかったから、何にも気付かなかったから嫌いなの」
結局の所、何でそんな異変に気付かなかったのかって。
そんなの分かりきってる。
福島はちゃんと、しっかりと、夜空を見ていた訳じゃないんだろう。
夜空一人が好きなんだ、他の女子は見てない…って。
そんなのは今に始まったことであって、過去の事を後悔したって意味はない。
福島がギュッと握ったその拳は、振り上げることすらできなかった。
夜空は不意に福島に笑みを向けた。
どこか幼くて、愛らしい、屈託のない少女の様な笑みを。
「…私も昔は好きだったよ
「…えっ…?」
夜空のその表情は、俺には絶対に向けられない。心の何処かでそう悟った。
それはきっと、誰よりも大切で、誰よりも一緒に居た幼馴染にしか向けられない本当の姿。少なくとも俺が見たことのある夜空の中で、最も美しく、魅力的な姿だった。
「でも、壊されちゃった。福島の周りに居る女の子は皆、私のことを目の敵にするから。福島の目につかない所に居る私なんて所詮は、情けない、無様で惨めな弱いだけの女の子…。それに気付いた時、私はもう壊れてた」
そう言うと、夜空は立ち上がり…スカートの裾を腰まで捲って見せた。
見えたのは白いショーツ。
ただ、それ以上に…内腿に視線を奪われた。
ショーツの少し下、痛々しい傷跡が残っていた。
スカートを元に戻すと、ソファに座り直した。
「…これが一番最近のやつ…。…何の傷だと思う?」
「何の傷って…」
少し考えて…雨宮の事が頭に浮かんできた。
彼女も虐められていた経験があり、俺はその一部を本人の口から直接聞いた事がある。
その事から少しだけ、思い当たる節があった。
「…裁ちばさみ…とか」
俺がそう言うと、夜空はビクッと体を震わせた。
反応を見るにどうやら、正解らしい。
すると恐る恐ると言った様子で、汐織が聞いてきた。
「…何で裁ちばさみなんですか…?」
「女子のいじめって陰湿で凶悪。人の嫌がることをよく知ってると、何となく分かる」
「……?」
「……真、正解だけど…ちょっと怖いよ」
言葉通り、夜空の表情には恐怖と困惑が見て取れた。
横に居る福島は全く意味が分かってない。
「…一応、
「「…えっ…?」」
福島と夜空は珍しく同じ様に困惑を見せた。
夜空の事を嫌っている女子はかなり多い。それはクラスメイトにも当然居る。
そしてそのクラスメイトの中には、福島や夜空と同じ中学だった面々も多い。
それこそ真冬や、桜井さんもそうだ。
だが、彼女達はそこまで夜空を敵視していないだろう。夜空が福島を嫌っている事に薄々気が付いていたから。
「…だ、誰だよ…!」
「十中八九…蜜里朱音」
俺がその名前を言うと、夜空は表情を引き攣つらせた。
その反応を見ていた福島に視線を直すと、彼も愕然としていた。
「……真、私…そんなに分かりやすい…?」
「今回のは、話を聞いてれば何となく予想ついた」
「…う、嘘だろ…?そんな訳…ない、彼女は優しい女の子だ」
福島がそう思うのも仕方無いんだろう。
「好きな人の前なら…表面上は優しいだろうけど、彼女は夜空の事になるとかなり口悪いぞ。それに…前に夜空は蜜里さんの事を避けてたし、睨んでたな。蜜里さんは夜空のこと明確に『邪魔』って言ってた事もあった」
今までの状況を加味して、明らかに距離のある二人だったから予測がついたというそれだけの事。
「そんな…なんで…」
「…蜜里さんがお前に惚れてるからだろ」
「はあ!?なんで俺に惚れてたら夜空を傷つけるんだよ!!」
福島は、人を見るのが苦手なんだろうか。もしくは俺がおかしいのか。
「それが一番、お前と夜空を引き離すのに手っ取り早い方法だからだな」
「引き離すって……」
正直なところ、俺は福島を責める気にはなれなかった。
何せ『いじめ』という物は、周囲に気付かれない様にやられると本当に誰も気付けない事があるからだ。
身を以て知っているから、どうも責めようとは思えなかった。
「傷の残り方からして、下着を切られそうになって抵抗したら刃が刺さった…とか。そんな所だろ?」
「…見てたの…?」
夜空は引きつった笑みを浮かべてそんな事を聞いてきた。
「そんなわけあるか。似たような経験のある友達が居るってだけだ」
「……へえ…。その友達は、真が助けたんだ」
疑問ではなくて、断言した。
実際それは間違いではない。
だけど、絶対に助けてるって確信を持って言い切られると少し恥ずかしい。
「…その子が、羨ましい」
「…っ…」
羨ましい…か。
その言葉は、福島の心の奥深くまで突き刺さっただろうな。
後悔したって過去が変わるわけじゃない。
今になって真実を知り、騒ぎ立てようと意味はない。
「…福島」
「……なんだよ…」
「蜜里さんへの態度は変えるなよ。責め立てる様な事もするな」
「…なんでだよ…」
過ぎた事だから…と言ってもこいつは絶対に納得しない。
「別にお前は蜜里さんの事を嫌いなわけじゃ無いし、お前に実害があった訳でもないだろ」
「でも夜空を傷つけたのは事実なんだ、なら…」
「…お前は夜空に、好きな人に拒絶されてどう思った?」
「っ!」
質問に答えることは無かったが、悲痛な表情をしたのは見なくても分かった。
「それと同じか、それ以上に辛い思いさせて何になるんだよ。復讐するにしてもマジで誰も得しないぞそれ」
俺はチラッと時計を確認した。
何やかんやあって、もう昼時だ。
「…夜空、デートの代わり…って言うのも少し違うんだけどさ…」
「…ん…?」
「一つ、俺のお願いを聞いてもらえないか?」
「…お願いって何?」
少し息を吐いてから、お願いを口にした。
誕生日にこんな事を言うのもおかしいけど、どうしても言わなきゃいけない気がした。
「仲良くなれとは言わない。せめて、福島と…普通の幼馴染に戻って欲しい。正直、今の状態の二人の事は見ていたくない」
それは同情とも言えるし、共感とも言える。
意味が分からないという表情の福島と夜空を見て、俺は思わず笑った。
「…さっき言っただろ、俺にも幼馴染が居るって。もし俺がその幼馴染に拒絶されたらどうなるかなって、少し考えた…で、すぐに辞めた。辛いし、キツいし、なんでそうなったんだってめちゃくちゃに後悔するだろうな。一生じゃ済まないくらい、多分墓場に入っても後悔してるだろうな…って思ったんだよ。それくらい、俺にとって『幼馴染』って存在はそれくらい大切で、手離したくない存在だから…」
ぷふっ…と汐織さんが吹き出した。
「…大袈裟じゃないですか?」
「いや、そうでもない。隣の家、幼馴染の家族がめっちゃ仲が良くてな。俺は母親以外の家族を知らないけど…その仲の良い家族と一緒に育ったんだよ。だから…限りなく家族に違い、でも他人で、兄妹みたいに育ったけど、『幼馴染』なんだよ。俺にとってお前ら二人は他人だけど、クラスメイトで…二人は幼馴染だろ。そういう奴らが今後もギスギスしてるのは…見たくない」
これは俺の本音。そう確信を持って言える。ただ近い距離で、長い時間を同じ様に過ごして育っただけの存在。
幼馴染なんてものは所詮その程度の間柄だが、それでも大切なものは大切。
話を聞き終えると、夜空は柔らかく頬を緩めて笑った。
「…真は、本当に優しい人」
「そう育てられたからな」
「……分かった。もう
「別に拒否する理由もないけどな…。二度と耳には触るなよ」
「えー…前みたいに可愛い声聞かせてよ」
「絶対に嫌だ」
俺と話す夜空の姿を見て、福島も少し笑顔を浮かべた。
「…確かに、昔の夜空はそんな感じだったかもな…」
「へえ、どんなところが?」
「イタズラ好き、とか」
「……一回鳴りを潜めたんなら、なくなってろよ…」
思わずうなだれると、夜空と汐織が肩を揺らして笑った。
こう見ると、この姉妹はそこまで仲が悪い様には見えない。
ということは夜空が嫌いな家族というのは、両親や姉のことなのかも知れない。
「…あ、そう言えば…お願い聞いちゃったし、デートどうしよっか?」
「…取り敢えず今日は止めよう。って…そうだ。一つ聞きたかったんだよ」
「なんですか?」
「ここの家族って今日は居ないのか?夜空の誕生日なんだろ?」
「今日は居ません。あの人、両親とは仲が悪いので」
汐織はチラッと夜空に視線を移した。対して夜空はふいっと視線を反らす。
そこでふと気が付いた。
そういえばさっきから、汐織さんは夜空の事を『あの人』と呼んでいる。
普通の姉妹にしてはどう考えてもおかしい。
「…福島は夜空と家族の仲が悪いのは知ってたのか?」
「………初耳だ」
「お前さぁ…」
「い、いや…」
「…近隣には両親や長女が隠してますから」
「…そうか」
…お姉さんの事も、あえて長女呼びかよ…。
「…因みに、その両親と長女さんがどこに行ってるか、君は知ってるのか?」
「何処でしょうね?私は知りません」
俺達は夜空に視線を移した。
「…知らない」
「…しゃーない。なら、この四人で誕生日祝うか」
「「「えっ?」」」
俺はスマホを取り出して良さそうなお店を探して予約を入れた。
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