第43話 玄関前
うーわ……面倒くさ…。
何でアイツ、外出る度に福島と一緒に居るんだよ…。
6月9日、夜空の誕生日であり、約束していたデートの当日。
家まで迎えに来て欲しいと言われていたので、結構ちゃんとしたデートスタイルで栗山宅のそばまで来たところ…何故か彼女は玄関で福島に絡まれていた。
…どうしよう、本当に…行きたくない。何やってんのかは少し気になるけど、それはそうと本当に巻き込まれたくない。
しばらく生け垣の陰から覗き見していると、福島が夜空の腕を掴んだ。
二人は何か言い合っているようだが、流石にここまでは聞こえてこない。
ふと、福島が力強く言葉を発した。
何か言ったのは分かるが、何と言ったのかまでは聞き取れなかった。
それによって…夜空の表情が変わった。
冷たい無表情だったのが、本格的に不愉快な物を見る様な表情に。
何をどうしたら夜空相手にあんな、ゴミを見るような目を向けられる事になるんだ?
あの二人の関係性は本当によく分からないが、色んな意味で俺が間に入る余地は無い。入りたくもない。
…待ち合わせ時間まであと5分くらいあるし、いっそどっかで飲み物でも買ってから戻って来ようかな。
ふと、スマホが鳴った。
『早く来て』…と、夜空から一言だけ。
この文面だけ見たら非常事態に見えるだろうが、生憎と急いで欲しい事情は知っている。
そんなに福島と話すのが嫌なのか…仕方ないので、さっさと夜空の元へ向かった。
足音に気付いた福島は、視線だけで人を殺せそうな程に俺を睨み付けた。
…なんでそんな目を向けられなきゃいけないんだ…。
俺何も悪いことしてないのに…。
夜空は俺の姿を見つけるなり、何の躊躇もなく飛び付いてきた。
…わあ、柔らかい…。
「…やっと来た…」
「やっとって…待ち合わせピッタリだとおもうんだけど」
「…普通は十分前くらいに…」
「いや、何で家前集合なんだからピッタリで良いだろ…」
一応、5分前に付く予定で歩いて完璧な時間で来てたんだけどな。
「まあ、それより……福島と話してたならその後で良いんだけど」
「良い訳ないから、早く行こ」
「待てよ」
…ほら、止めてきたよ。
まだ話すことあるみたいだから、離れよう?
っ…ておい!
より力強く抱き着くのは辞めろぉ!
「…間宮、悪いけど俺は夜空と話さなきゃいけないんだ。
「…なあ、こう言ってるし…」
さっきから本当に福島の目が怖い。
…ねえ夜空、本当に殺されそうだから離してくんない?嫌だよ俺クラスメイトに刺されるとか。
「福島と話すことは無いから、行こう」
「待てって!」
福島は俺に抱き着いている夜空の腕を無理矢理に引き離した。
その時、不意に頬に痛みが走った。
「っ…た」
「あっ!ごめ…」
「夜空、何で俺の話を聞いてくれないんだ」
一体何が起こったのか、少し考えてすぐに分かった。
福島が無理矢理引っ張った夜空の手。
よく見ると、自然な色のネイルが施されてある。
どうやら引っ掻かれたらしい。
頬に触ってみると、痛みがあった。
引っ掻き傷の割には血も出ていたから、少し傷が深いかも知れない。
ポーチからハンカチを取り出して頬を押える。
軽く止血してから、常備している絆創膏を貼り付けた。
その間も福島と夜空は揉めていた。というか、福島が一方的に話してるだけだ。
話を聞いていると…何となく状況が分かってきた。
まず…ここ最近、おそらくは6月に入ってからはほぼずっと。
福島は隣の家、つまりは栗山宅を何度も出入りしていたようだ。
確かに俺も幼馴染である鷹崎家には、躊躇や抵抗なく出入りできてしまう。
個人的には、隣の家に住む幼馴染、という距離感ならそれくらい近くの距離感があっても違和感は感じなかった。
ただ問題があったのはその後。
福島は夜空の姉妹に手を借りて半ば強引に夜空の私室に部屋に押しかけたらしい。
そこで、自分の想いを告白した…と。
普通のラブコメで、福島くらいの主人公ならきっと…それで結ばれるのかも知れない。
ただ、夜空はその時も、そして今も…福島の話を聞こうとしない。
全て聞き流し、受け流し、我関せずを貫いている。
福島は致命的なくらいに
なら、正直に返してやれば良い。
福島には興味がない、ということを真正面から叩きつけてやれば良い。
…そもそも最初から、そうすれば良かったんだ。
なのに今になっても、そうしない。
その理由が俺には分からなかった。
「…夜空、いい加減に…何か言ってくれよ…!」
必死な顔を近づけてくる福島と、一歩後ろに下がってふいっと視線を反らす夜空。
俺はそれを見ていると不意に、後ろから袖を引っ張られた。
振り返ると、そこには…少し背の縮んだ、ポニーテールの夜空が居た。
「…は?」
「あの、どういう状況なんですか、これ?」
…夜空よりも少し声が高い。顔つきは瓜二つ、とても美しい顔立ちをしているが…夜空よりは表情が柔らかいのか、綺麗な顔は困惑を隠そうとしていない。
そこで何となく気がついた。
「君、もしかして夜空の妹さん…?」
「そうですが…。質問してたの私なんですけど」
「あぁ、ごめん。今ちょっと…福島が夜空に告白してるところだから」
「……こんな所で?」
困惑した表情はさらに混乱している。
「…じゃあ…あなたは、何をしてるんですか?」
「野次う…」
「絶対嘘ですよね」
食い気味に否定された。野次馬じゃないのは分かり切ってるのか…。
「……ん。俺は…」
「私の
突然、夜空がぽふっ…と背中に張り付いてきた。いつの間にか背後まで来ていたらしい。
「…あの人の彼氏…?」
何を言ってんだそんな訳ないだろ…と、綺麗な顔に書いてある。
その通り、そんな訳がない。
何を堂々と妹に嘘ついてんだよ。
「あの…」
「あのな、夜空。冗談はよせ」
「……」
俺が何か言う前に、福島に否定された。
夜空は振り向いたが、俺は思わず俯いてしまった。
…別に良いけどさ、なんか…うん。ほんのちょっとだけ気に入らない。
否定されたところじゃなくて、重ねて喋ってきたのが気に入らない。
否定は良いよ、俺もするから。でもなんでお前が先に言うんだよ?俺まだ喋ってただろ。
本格的に帰りたくなってきた気持ちをどうにかして抑え込む。
「こいつと夜空が釣り合うわけ無いだろ?」
…ちょっと待って、それは酷くない?思ってもせめて本人の居ない所で言ってくれよ。俺最近気付いたけど、結構メンタル弱いんだぞ?
それはそうと気になった。
福島は一体どんな感情でそれを言っているんだ?
まさかとは思うけど…恋人同士は能力や趣味嗜好が釣り合ってないと付き合えない…とか思ってるわけではない、よな?
俺のことを否定したくて言ってるなら良いんだけど、本気でそう思ってるなら誰かが少し言ってやらないと不味いんじゃないだろうか。
夜空は福島の言葉を聞いて、ほんの一瞬だけ手に力を込めた。
ふと、夜空の妹さんが…考え込んでる俺の顔を覗き込んで、小声で言ってきた。
「…言われてますけど、否定しないんですか、彼氏さん?」
俺は小声で返した。
「…彼氏じゃない…」
「へえ…?あの人は彼氏って言いましたけど。距離感も近いみたいですが…」
「夜空が男と付き合うわけないだろ…」
「それは私もそう思いますけどね」
「そうだろ?」
「でもあなたは男の人っぽくないですよね」
「……人には言って良い事と悪い事がある」
「…あっ…ごめんなさい…」
「…何をコソコソしてるの?」
「あっ…夜空、無視するなよ!」
うあぁ〜…なんか混沌としてきたな…。
「はあ…。…あの、人目がありますし…一旦入りませんか?」
そんな妹さんの提案で、俺達は一度栗山宅へと入れてもらう事になった。
「……帰りてぇ…」
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