第42話 何となく気に入らない
〜side〜柊真冬
軽い足取りで教室を出ていった夜空。
さっきまで彼女は、教室内の空気を徹底的にかき回していった。
私は机の下でうずくまっている美少年に視線を向けた。
彼はしばらくあのままだが、ここから見ても分かるくらいに耳が赤い。
私は自分が分からない。なんであの姿を見てイライラしてるのか。誰に対しての感情なのか分からない。
少し前までは地味でどことなくぼーっとしてる様な、普通に隣の席の人、という程度の認識だった。
話してれば、優しい性格をしてるのは分かったが、その反面…表面だけで話して自分を見せないやつだと思った。
ルカ、いや…凛月と幼馴染だって事を知ってからは、かなりイメージが変わった。
話す相手によって口調を、態度を、仕草を変える。
絶対に本音を、自分を見せようとしない。
凛月と話してる時は表情が柔らかいけど、でもどこか…奥底が見えない。
美月と話してる時は少しだけ、他の誰にも見せない部分があるように感じた。
南の事を相談してからは、南と凛月の仲は今までより深まった。
なんなら少し、南が凛月に向ける感情がおかしく見えることもあった。それが真のせいなのかはともかく。
…クラスの親睦会をしてからだろうか。
夜空と真が話すようになったのは……。そうだ。
真が夜空のことを見ていたから、私が「栗山さんが可愛いのかどうか」を聞いたんだ。
あの時に真は言っていた、「栗山夜空に対しては、マジで興味あるよ」…と。
そうだ、言っていた。
それが今はこの有り様。
きっとミステリアスな美少年は、クールな彼女を見事に落としてみせた。
今回はそのついでで、返り討ちにあっているが。
…大翔の気持ちを考えると、複雑この上ない。でも何で私までこんな気持ちにならなきゃいけないの?
私はいつまでも転がってる真のところに行った。
顔を隠していた腕を強引に引っ張り上げる。
「…いつまで寝転がっ…て…!?」
零れ落ちそうなくらいに大きな、うるうると揺れる瞳。
真っ赤に染まった頬と耳。
私に掴まれている手と逆の手で、口元を隠して今にも泣き出しそうな震えた声で呟いた。
「……放っ…と……いて…」
……………。
……………。
いや、え…?
あ、あれ?
…女の子でしょこれ。
そこには少女漫画か薄い本でしか見たこと無い顔をしてる美少年が居た。
少なくとも、普段一人称で「俺」を使っている男子高校生が見せて良い顔ではなかった。
思わず掴んでいた腕を離すと、真はその腕で目元を隠した。
ゆっくりと振り向くと、最近になって真と仲のクラスメイト達が…友達に向けてはいけない目つきをしていた。
いや、彼らだけじゃない。
この教室にいる皆が、さっきの真の顔を見てしまった。
私は救いを求めるように蜜里朱音に視線を向けた。
すると、蜜里はハッとした。
「……えっと、皆さんそろそろ帰ったほうが良いですよ。今日は部活も委員会活動も無いんですから」
「そ、そうだよ」
「あー…なんだ、ほら。俺は残るよこいつ見ておくから」
「「一番駄目な顔してただろお前!」」
真の彼氏面してる東蓮寺を、五十嵐と阿部が教室の外に押し出した。
それを皮切りに、そそくさとクラスメイト達が帰路につく。
教室に残ったのは私と桜井美琴の二人。
桜井は日直だからともかく、私はさっきのことを謝ろうか、どうしようか迷っていた。
その頃には、やっと真が自分の席に座った。
まだ耳は赤いし顔を隠している。
少し落ち着いてきたかと思うと、また思い出したかのようにぼふっと赤くなる。
……なんか、気に入らない。
こっちが隣の席で仲良くなるのに四苦八苦してると言うのに、夜空は一ヶ月とかけずに手玉に取り出すのだから。
…あれ?
夜空は福島大翔を恋愛対象として見ていないのは、最早クラスの女子の中では 周知の事実と言えよう。
そんな彼女が、いつもクールでドライな栗山夜空が…まさかの行動に出る、ということは、真に対して心を開いているという証拠にほかならない。
そもそもデートがどうとかって話も、夜空の提案だ。
二人がやる気を出すには丁度良いだろう…と。
そもそも、どういうこと?
今日の様子を見てる感じだと…それはまるで、夜空が真とデートに行きたくてそういう賭けに誘った、ということなのだろうか。
真が福島みたいにどうにかして夜空とデートに行きたくて…という姿は想像できない。
夜空が真にそういう提案をして…何故真がそれを受けたのか。
「…女子全員の総意だから…だっけ」
蜜里さんが言っていたか。
それはあながち間違いではないだろう、実際大翔を狙っている女子は…このクラスに限った話ではなく先輩達にも沢山居る。
最近はどういう経緯か、生徒会長と仲睦まじい姿を目撃されたとか。
そんな福島が無自覚に想いを寄せる栗山夜空は、彼に想いを寄せる女子にとっては大きな障害。ハッキリと邪魔な存在。
なにより、栗山夜空にその気が一切ないから余計にたちが悪い。
ただ、その状況が途端に覆った。
栗山夜空と福島大翔の間にあった大きな壁が、間宮真という目に見える形で現れた。
ふと、桜井が真に話しかけた。
「ねえ間宮君」
「…何……?」
「傷心中の男子を慰めるのに有効な手段ってなにかな」
「……俺も絶賛傷心中なんだけど…」
傷心は傷心だろうけど、ニュアンスが違う。
「あっちは失恋、そっちは辱めでしょ。失恋してから初めて恋心を自覚した男の子の慰め方聞いてるの」
「…ご飯にでも誘ったら。二人っきりだと露骨だから、男子も交えつつ」
「思ったより的確なアドバイス…」
「……てかさ、俺に聞くのって…やってることやばいよね」
「大翔からしたら恋敵だもんね」
「……そんなつもり無かったんだけど…」
「耳をハムハムされるくらいには心開いてたわけでしょ?」
「……やめて……」
「意外だな〜間宮君も栗山さんもクールなタイプだと思ってた」
「…俺も夜空はクールな奴だと思ってたよ…」
真は桜井と話している内にいつも通りに戻っていった。
私はただ話を聞いていただけ、なんなら真の機嫌を簡単に元に戻した桜井の話術に驚いていただけだった。
…そんな状況すら、なんとなく気に入らない。
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