第四章

第40話 友人たち

 軽いトークと自己紹介を交えてから、一曲目が始まる。

 俺は中学の同級生、九条結人と共に…川崎晶の実家にお邪魔して…大画面でクラリスの生配信を見ていた。


「…お前等ガチファンだな…」

「何だよ真。一応君の幼馴染みが居るグループだろ?」

「それはそうだけど…。てかこの部屋、グッズ揃いきってる?もしかして今回って現地チケット取れなかっただけ…?」

「本当…僕とした事が、ワンマンライブにしか目が行かなかったよ…」

「間宮、うるさい。静かに見てくれ」

「九条…お前も大概だな…」


 こいつ等に一体何があったんだ?昔はアイドルになんて興味無かっただろ…?


 俺も人の事は言えないけど、どちらかと言うとアイドルの3人よりも…プライベートの3人との関わりが強いから最近はライブとか見てなかった。


 どちらにせよこいつ等に言う事では無いが。


 ただ、友人かめっちゃ真剣な顔して見てるのがアイドルのライブなのが…ね。

 …もっと騒げよ…。

 大画面テレビを真顔でガン見してるんだもん。


「…なあ九条」

「………」

「推しは誰だ?」

「南条サラに貢いでるけど?」

「いや、貢いでるの!?お前学生だろ…?」

「そんなのはどうでも良いんだよ」

「…晶…は聞かなくて良いや」

「まあ、言う必要は無いよね。ルカ最高」

「言ってんじゃん…」


 複雑だなぁ。

 友達が友達の推し活してるって最高に複雑。


「…そういや、亜紀さんに言われたんだけど…お前学校で上手く行って無いんだって?」

「……何で休日に鬱になりそうな話するのかな?」

「良いだろ、偶には学校の事聞かせてくれよ」

「別に…。君に関係は無いだろ」

「まあ、確かに俺には関係無いよ。何があったか知らないけど…亜紀さんに心配はかけんなよ。それに学校の事なら凛月にも相談出来るだろ…?」

「いいや、彼女には相談出来ないかなぁ…」

「ん?何でだよ?」

「フラレたからね。そりゃ落ち込むに決まってるじゃん」

「…は?告白したの?…もしかしてゴールデンウィークの前か?」

「良く分かったね。ゴールデンウィーク前日に告白して玉砕したよ」

「クラリスの事で忙しいから…とか?」 

「最初はそう言われたよ。だから…誤魔化さないで欲しいって返した」

「…そしたら?」

「正直に、異性としての興味は無いって言われたよ」


 おおぅ…随分とハッキリ言うな。

 凛月の事だし…無神経に「友達で居よう」とかは言わないだろうけど、似たような経験はあるんだろうか。


 …凛月って…そもそも、恋愛に興味ないんだよな。


「なあ晶」

「なんだい?」

「夏休み入ったらクラリスのワンマンライブあるだろ?」

「あるね」

「それ終わったら海行かね?」

「…二人で…?」

「いや、皆で」

「皆って?」

「そりぁ……皆だよ」

「具体的な人数は…?」

「ちょ待ってよ。男だけで行く気?」

「ん、女子も居て欲しい?」

「「居て欲しいだろ!」」

「……クラリスの三人呼ぶ?」

「「マジで!?」」

「…仲いいなお前ら…」


 そんな訳で雑に海に行く予定が決まったのだった。

 具体的な人数や日付は未定だが…まあ、大人数になることだけさ確かだろうな。

 団体なら変なナンパに絡まれることも無いだろうし。


「……夜空も来るかな。あと…達也たちか」


 スマホの友達リストを軽く眺めながら、集めるメンバーを考える。


「……福島は…気まずいか」

「ん?なにか言った?」

「いや、なんでもない」



 ◆◆◆



 晶の家を出ると、空は少し曇り始めていた。


 5月が終わり、季節は梅雨入りに向かっている。


 梅雨時期と言うのは、どうも好きじゃない。

 理由は色々とあるが…一番はゲリラ豪雨だろうか。


 現代ではその気になればコンビニなんてすぐに見つかるだろうから…念の為、傘でも買って帰るか。


 …なんて事を考えていた矢先、ゲリラに降られた。


 …何してんだ俺は…。


 流石に傘を持って来れば良かった。何でこうなるかな。


 バチバチと強い雨が降り注ぐ。

 駅から出て、コンビニに行ってから帰るべきか、黒崎先生の家に直行するべきか。


 どちらにせよ濡れる訳だし直行するか。

 そんな結論に至った結果………。


 嫌な予感がした通り。結局、途中で雨宿りをする事になってしまった。


「…しかし、今どき神社が町中にあるのも珍しいよな…」


 ひと昔前のラブコメディーならここで美少女とばったり合う、なんて展開が有るとか無いとか。


 例えるなら…黒髪の美人なお姉さんっぽい……。


 なんてそんな事を考えていると、長い黒髪の女性が慌てて神社の屋根下に潜り込んで来た。


「……」


 …えっ、いや、そんな事ある…?


 少なくとも、この周辺では見覚えの無い学校指定であろうジャージを来た女性。


 生憎と言うべきか幸運ととるべきか、知った顔の美少女だった。


「…たちばな…?」

「あっ…間宮さん」

「おい、さん付けは辞めたんじゃ無かったか?」

「…えっと、間宮真君…よね?」


 彼女は橘六華。

 中学の頃にあった…ちょっとした事故の際、俺は少年を庇って怪我をした。


 少年の名前はたちばな颯人はやとと言い現在は9歳。

 その姉である橘六華は7つ年上、誕生日が4月だったから…現在は16歳か。

 偶然にも同級生だった為、その関連から多少ながら交友があった。


「そうだよ、橘は部活帰り…とは違うよな?」

「ううん、部活帰り。あと病院の帰り。本当はお母さんに家まで送って貰って帰る予定だったんだけど…急用が出来ちゃったみたいで」

「…雨が降って来た…と。病気か何か?」

「成長痛で、ちょっと膝が悪いんだよね」

「おい、歩きで帰っちゃ駄目だろ」

「本当はそうなんだよね…」


 苦笑いしているがここに来た時に何となくだが、少し脚を引きずっている感じはした。


「はあ…雨止んだら付き添うよ」

「そんな…大丈夫だよ」

「大丈夫な訳無いだろ。ったく…手間の掛かる姉弟だな」

「…優しいよね、間宮君は…誰にでも手を差し伸べてくれるね」

「仕方ないだろ。そういう親に育てられたんだから」


 困ってる人、傷つきそうな人が目の前に居ると助けようとする。

 母がそうであるように、俺もそんな環境で育った。

 言ってしまえば…それが当たり前だった。


「そういう親…か…良いなあ…」

「橘の父親に会った事は無いけど…君のお母さんは割と普通の人じゃないか?」

「誰だって、表面上は良くするよ」

「本当は違うってこと?」

「違う…訳じゃ無いけど、お母さんは私の事を自分の人生の二週目みたいに思ってる気がしてて…」

「あー…同じ思いをして欲しくない…みたいな?」


 少し柔らかい表現で言うと、橘は眉をひそめた。


「そんな感じ…なのかな。今日も…バスケなんてやってるから怪我をするんだ…って言われて、好きなスポーツを否定された感じがして…」


 成長痛は怪我ではないが、それが原因で部活に支障を来したり怪我をする可能性はあるか。


「仕方無いんじゃないか?気持ちを伝えたつもりでも届いて無い事なんて良くあるよ。相手が親だろうが友達だろうが恋人だろうが、本音なんてそう簡単には分からないもんだろ」

「…そう…かな」

「俺の親は放任主義だから君と同じ様な悩みにぶつかった事は無い。けどまあ、将来苦労しない様に、今の内に苦労しておけ…みたいな君のお母さんの考え方は結構普通だと思うけどな」


 学生として生活していて気付いた事として…俺の周りマトモな人は居ない事を知った。

 放任主義で自由人な母親だったり、何でもかんでも上手く出来る才能人とその娘たち。


「…大人だね、間宮君は」


 俺は普通の環境で育った人間じゃない割には、普通の高校生に育ったと思っている。


 …黒崎先生はそうは思ってないみたいだけど…。


 それはともかく、橘は俺の言葉を聞いて考え込んでしまった。


「まあ、家族関係は俺が口挟む事じゃないけど…な。あー…そうだ、颯人は元気か?」

「うん。元気だよ、助けて貰ってから…真面目に勉強する様になって…間宮君みたいに格好良い人になりたいんだって」

「…格好良いなんて初めて言われたな」

「嘘?間宮君イケメンだと思うけど…?」

「イケメンとも言われた事は無いなぁ…可愛いとは何十回と言われた気がするけど」

「そうなんだ…。あ、そういえば前に会った時と違って髪短いよね」

「うちの高校で、5月の終わりに体育祭があってさ。その時にまあ、仕方なく」

「走ったりするときは前髪邪魔になっちゃうもんね」


 少し落ち着いてきた空を見上げて、俺は橘に手を伸ばした。


「…えっ?」

「ん、ほら」


 キョトンと首を傾げた橘に一歩近付く。


「えっ、ほらって…」


 橘の手を取って、軒下から引っぱり出して腰を抱き寄せる。


「ふぇあっ!?ちょっ…」

「えっ、なに?そんな反応する?」


 彼女は変な声を上げながら急に顔を真っ赤に染めた。


「な、何急に…」

「いや、こっちのセリフだけど…急に奇声あげるなよ」

「な、何この格好!」

「何って…え?お姫様抱っこの方がいい?」

「付き添うってそういう事!?」

「付き添うって普通、保護対象に使う言葉だろ。何もおかしくない」

「だ、だからってわざわざ抱き寄せること…」

「ああ、それに関しては別に…。綺麗な顔近くでみたいなと思っただけで」

「…絶対嘘」

「綺麗な顔してるとは思ってるけどな」

「なにそれ、嫌味?」


 俺と橘は軽口を那叩き合いながら神社を後にした。

 抱き寄せる理由なんて、からかいたいだけに決まってんのにな。

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