第39話 恋人も家族も

 恋愛が苦手な理由。


 一言で答えるなら「環境のせい」だ。


 俺が生まれる前に両親が離婚したから、俺は父親の顔を知らない。

 隣の家の幼馴染達はむしろ真逆、両親の仲がとても良い鷹崎家。


 双子の幼馴染達やその弟は四六時中イチャついてる親にウンザリしている始末。

 …いつまでいちゃついてるのか?…という質問に対しての答えが…同じ墓場に入ってでもイチャイチャしてる…なのだから。


 そのギャップを見て、尚も恋愛に興味が持てるのかと聞かれたら…俺は持てる、と即答する。


 実際、恋愛には人並みに興味を持っているし、高校生らしく可愛い彼女が欲しいなんて願望も普通に持ち合わせている。


 では何故、恋愛が苦手だと断言するのか。


 …俺は中学校に入ってすぐに、先輩に告白された。


 男子バスケ部の先輩に、だ。


 男だから、と断ったが…それでも良いと言われた。

 …いや、良いわけがねえだろ。こちとら普通に女の子と居たいんだよ。


 世の中がジェンダーレスや、LGBTに対して敏感になりつつある中だがあえて言わせてもらうと…。


 外見は女子に見られがちだろうと、俺は男に性的関心を向けることは無い。

 ある種の趣味として女装やメイクに興味を持つ男子が居ても気にならない。だが男だが心は女の子、とか男だけど男が好き、という感情はハッキリと「理解不能」だと言える。


 男子から好意を向けられる経験は多いが、女子に好意を向けられる事は皆無だった。


 幼馴染二人はそもそも俺を恋愛対象として見てないだろうし、身近に恋愛の参考になる人も居ない。


 言ってしまえば、俺には良くわからない。


 男が男を好きになる感覚も、男が女を好きになる感覚も、女が男を好きになる感覚も、女が女を好きになる感覚も。


 …人が人を好きになる感覚、感情、理由。


 愛、がなんかのか良くわからない。


 母さんが、湊さんや紗月さん、黒崎先生が俺に向けた感情?


 こうして隣を歩く夜空が、キスに込めた感情、想い?


 理解しようと、納得しようとすればするほど泥沼にハマるようで考えることを辞める。


 福島は夜空のどこを好きになったんだ?

 幼馴染に抱いた恋愛感情は一体どんなものだった?

 雨宮が俺に向けた笑みに含まれた意味は?

 南が見て欲しいといった本当”私は一体どんな南?

 蜜里や真冬が福島に向ける感情、想いはどんな物だ?


 やっぱり、良くわからない。


 だから、苦手なんだ。


 人の気持ちは理解できる。感情や心境を察するのは寧ろ得意分野だ。この人はこの人を好きなんだろうな、という推測も得意だ。


 あの時に男バスの先輩から向けられた感情と、今夜空から向けられている感情は、限りなく同じ物に近い…という事は分かる。


 それだけは、何となく分かる。


 不本意だが、あの時の先輩も、隣を歩く彼女も。


 俺に向かって言った「好き」という二文字、その一言に込めた想いはきっと、同じ物だ。


「…ここ、私の家。そして隣が、福島家」

「……へえ…」

「…興味ないの?」

「無いな」

「私の家も?」

「興味無いな。もう一度来る機会があるかも分からないし」

「それもそっか、私もこんなところに呼びたくない」

「自分の家を「こんなところ」なんて言うかよ…」

「家族の顔があるだけで、私を家族と思ってる人は居ないから」

「……」


 俺は笑顔でそんな事を言う夜空の額にデコピンをいれた。


「いたっ…。何するの…?」

「別に。イラッとした」

「…女の子でストレス解消とか、悪い人がすることだよ」

「ストレス解消じゃない。君の言動にイラついただけだ」

「…?」

「俺に好かれたいなら、俺の前で家族の悪口とか愚痴は言わないほうが良い」

「……真は家族のこと好きなの?」


 質問と共に夜空は笑顔を消した。


「いや、家族のことはほとんど。それに、知る気もない」

「…複雑な家庭なんだ?」

「複雑というか、俺が知らないだけ。少なくとも家族は母親以外に知らない。その母親が普段どこで何してるのかもよく分からない。まあ、仕事してるのは分かるけど」


 どこか複雑な表情で、夜空は俺の頭を撫でた。


「…なにしてんの…?」

「…家族の事、凄く辛そうに話すから」

「っ…別に…」


 思わず夜空の手を振り払った。


 別に家族に対して劣等感を抱いているとか、そんな事はない筈だ。

 母さんの事も嫌いなわけじゃない。


 俺は寧ろ他人よりも恵まれた環境で、恵まれた人間として生きてきたつもりだ。

 容姿も、才能も、環境も、そして人との関わりも。


「……真…?」

「…ごめん、何でも無い。俺は帰るよ」

「…そう。ありがと、送ってくれて」

「いや…ごめん、手払ったりして」

「大丈夫、真の意外な一面見れて満足してるから」


 確かに、夜空の笑った顔は嬉しそうだった。



 ◆◆◆



 帰り道、夕暮れ空の下を歩きながらずっと考えていた。


 俺にとって、家族はどんな存在なのか…と。


 父親の顔も名前も知らないし、興味もない。

 母さんに関しても知らない事は多いし、知ろうと思った事もない。


 だって……母さんは、俺のことを避けているんだから。


 理由は分からない。聞く機会もないし聞いちゃいけない気がしているから。


 もしかすると、劣等感はあるのかも知れない。

 鷹崎家を見ていたから、その差が大きくて、認めたくないだけで。


 でもいつからか、本当に気にしなくなった。

 少なくとも今日、夜空に言われるまでは考えて来なかった。

 一体…いつからだろうな?

 そもそも、自分の家族に対して真剣に考えては来なかったと思う。


 湊さんや紗月さんは正直、母さんより家族に近しい存在だと思う。

 湊さんとは何かしらの繋がりがあるんじゃないかと思うほど、近いものを感じることがあるくらいには。


「…おかえり真。寄り道でもしてた?」


 ふと、声が聞こえて顔を上げた。


 青みがかった黒髪と、ポニーテールを揺らして玄関から顔を出した、赤縁の眼鏡をかけた巨乳美女。


「…黒崎先生」

「なにか、悩み事?」

「別に……何でそう思うんですか?」

「凄く辛そうな顔してたから」


 …さっきも夜空に同じ事を言われた。その時から表情が変わってないのだろうか。


「…何ですか、辛そうな顔って」

「昔の湊と同じ顔、かな」

「…湊さん?……あの人辛そうな顔とかするんですか?」


 一緒にリビングへ入ると、すぐに黒崎先生がココアを出してくれた。


「…湊って家族関係で色々苦労してるから。特に兄弟とか、父親とかのせいでね」

「初耳ですよ、兄弟なんて居たんですか?」

「……………居る」


 どうしてかとても間があった…。

 何か複雑な兄弟事情でもあんのか…?


 いや、あるから「辛そうにしてた」なんて言うんだろうな。


「相変わらず、君は湊に似てるね」

「…あの人に育てられた様な物なんで」

「性格の話じゃないよ。湊は…凛さんと血が繋がってる真ほど社交的じゃない」

「…なら何の話ですか?」

「顔と、体格かな?」

「………」


 一瞬、とてつもなく嫌な想像が頭をよぎった。

 そんな訳は無いと分かってるんだけど、背筋が凍った様な気がした。


「あっ、何を想像したの?」

「…地獄ですかね」

「…湊と凛さんが…」

「ちょっ…先生!?」

「冗談だよ、それは無いから安心して」

「……本当に冗談ですよね…?」

「大丈夫、湊は紗月以外の女の子に手出したりしないから」

「…それは…そんな感じしますけどね…」


 あの人マジで紗月さん以外に興味ないんだな…。


「湊は、紗月のお陰で色々吹っ切れたから」

「…恩人みたいなものですか」

「まあ紗月も紗月で…親のことで苦労した人だからね、どこまでも、分かり会えるんだと思う」

「…親、ですか」

「……まあ、二人とも…真よりはマシかもね」

「いや、別に…俺は…」

「二人には、凛さんが居たよ。偶に顔をあわせる程度でも、心の支えになってた」

「…?」


 …母さんが心の支えになってた?いや、それこそ…なんの冗談だろうな。

 確かに以前、湊さんは母さんの事を恩人だと話していたけど…。


「…二人にとって恩人でも、君にとっては母親。ほぼ育児放棄だけど…」

「…だから、どうとも思ってませんよ。母さんがそうしたいなら、俺は別に…構いません」

「……君がそう言うから、凛さんも湊も甘えるんだよ。凛月も美月も渚も…湊と紗月より、君のことを見て育ってる。あそこの人達は皆、君に甘えすぎなんだよ…」


 どこか苛立ったように、黒崎先生は俺の手を引いて…胸元に抱きしめた。


「先生…?」

「…私もそう、君に甘えてる」

「黒崎先生に甘えられた記憶なんてありませんけど…?」

「君になくても、私はあるんだよ。昔から君は大人びてるからね」

「昔って…」

「真は覚えてないと思うけど、小学校に入る前から…面識はあったんだよ」

「…知らないです」

「あの頃から君は、凛月達に気を回して周りに気を使って、人の事を助けて、自分は迷惑かけない様に立ち回って…久しぶりに会ってもそうだったね」

「……」

「クラスメイトの女の子助けた後に、小学生を庇って交通事故…だっけ。本当に自分の事を顧みないね」

「…やりたくてやったわけじゃ…」

「そうかもね。……昔からそうだけど…」


 ゆっくりと体を離すと、今度は優しく頭を撫でられた。


「…」

「君は本当に表に出さない…。痛くても、辛くても、悲しくても、泣きたくても。内側に抑え付けて、ポーカーフェイスを決め込んでる」


普段から感情を表情に出してるつもりだ。ある程度、話す人によって態度を変えたりはしているが。


「……そんなつもりはないです。それに、さっき辛そうな顔してるって言ってたじゃないですか」

「そうだよ、凄く辛そう。だからこうして、スキンシップしてる。こうしてると、安らぐでしょ?」

「……そうですか…」

「真は感情を隠したり、辛い気持ちを抑え付けたりするとき…必ず同じ表情で、同じ事を言うんだよ」

「……?」

「冷たいくらいに無表情になって『別に…』って」


 自分ではよく分からない、そんな癖があったのか。


 俺はため息混じりに先生の手を下ろして、自分の部屋に戻った。


 ベッドに倒れ込み、ぼーっとスマホを眺める。


 ………家族…か…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る