第38話 お疲れ様

「ども…」

「いやぁ、おつかれ様。ヤバそうだったら閉会式も休んでてていいからね」

「はい…分かりました、ありがとうございます」


 実行委員の人達に肩を借りて戻ったクラスのテント。

 クラスメイトからはねぎらいの言葉と、主に女子メンツに親指を立てられた。


 そして夜空はなにか言う訳でもなく、パサッと俺の頭にタオルをかけてクラス対抗リレーに向かった。


 …あれ?このタオル、俺のやつだな…。なんで平然と人の荷物漁ってんだアイツ?


 まあ別にいいか、物盗るような奴でも無いし。


「…汗やば…」


 本当に今五月かよ…。


 念の為持って来てたシャツと予備のジャージに着替える。


 ふと視線を感じて見回すと、テントに残っていた女子がほぼ全員こちらを見ていた。


「…?」


 …マジで何だ?


 答えを出したのはクラス対抗リレー不参加の陸上部阿部君。


「…お前、ホントに男か…?」

「ん、取り敢えず殴っていいかな?」

「いやいや、マジで…」


 何を言ってんだこいつは…。

 と、そこでついさっきの行動を思い出した。


 よく考えなくても、俺は今さっき、クラスメイトの前で普通に着替えた。

 普通に上裸になったわけで…。


「…やっぱり殴らせてよ」

「いや俺悪くねえし!」

「悪いよ。なに平然とホントに男か?とか聞いてんの?」

「その顔とエロいスタイルで男って方が無理あるだろ!」

「おい辞めろ気色の悪い事を言うな!」

「さっきのほぼストリップだろ!?」

「…キモ…」


 思わず本音が飛び出た。


 さっきから人のことを何だと思って見たんだコイツ?

 男の上裸見て興奮するやつと友達続けられる気がしないんだけど。


「…キモい…」

「二回も言う!?いや、でも…割りと…あり…」


 あ、もうこいつと友達やめよう。


 ちょっと怖えよ。


 距離を取ろうと立ち上がって、膝が崩れた。

 自分の足がおぼつかないのを忘れていた。


「わっ…!?…っと!間宮君大丈夫ですか?」

「ん…悪い…」


 後ろから倒れそうになったところを福島の付き添いから戻ってきたらしい蜜里さんに支えられた。

 同じ場所に座らされると、阿部はそそくさと退散した。

 …マジで助かった…。


「…ありがとうございます、間宮君」

「ん…?なんのこと?」

「大翔君と、夜空さんの事です」

「あー…あれね。うん。女子全員の総意だから、頑張りました」

「あはは…流石に、わかりますよね…」

「流石にね…」

「……正直に言ってしまうと…邪魔、なんですよね夜空さんは」

「本当に正直に言うね…」

「だって、大翔君に興味ないくせにずっと横に居るんですよ?そりゃ、本人の意志じゃないのは分かってますけど…。嫌なものは嫌なんです」

「嫌なものは嫌…か…」


 夜空も似た気持ちなんだろうな。


「…でも、私未だに分からないんです」

「なにが?」

「夜空さんは大翔君のこと、どう思ってるんですかね?」

「あー…それは…」

「…もしかして知ってるんですか?」

「まあ…一応は」

「…大翔君には内緒にするんで、教えて下さい」


 女の子の内緒にするってあんまり信用できないなんだよなぁ…まあ、別にいいか。


「…言葉を選んでも好きじゃない…。控えてに言っても嫌い…」

「……幼馴染なのにですか?」

「幼馴染だから、だよ。ただでさえ容姿と能力で嫉妬されるのにアレと幼馴染やってるせいで余計な嫉妬されまくるし、小中学生の頃は虐めも酷かったらしいから。同性の友達ができても福島の事で揉めて居なくなるんだってさ」

「……意外に大変な思いしてるんですね、夜空さんも」


 ちょっと同情した表情の蜜里さんだったが…すぐにすん…と表情を消した。

 その視線の先には丁度バトンを渡されたアンカーの夜空が走っていた。

 男女問わずにその視線はたわわに揺れる胸に注がれていることだろう。


「…やっぱり同情する気にはなれません…」

「あれはあれで大変そうだけど…」

「だって…あの人文句の付け所ないじゃないですか…」

「…福島に惚れられてるところ」


 蜜里さんじゃなくて周りの女子生徒たちが頷いた。

 なんだろう…夜空ってなんか不憫なんだよな…。


「ん…?ギリギリ一着かな」

「……あれ?これ優勝あるんじゃないですか…?」

「あるかも!」


 ゴール順を確認していく…と。


「…あ、これ…」

「「「優勝来た!!!」」」


 一年生のテント内で一気に声が上がった。



 ◆◆◆



 閉会式では、クラスの代表として蜜里さんがトロフィーを受け取った。


 俺は閉会式も休んでてて良いとは言われたが、割と回復していたので校長から直接表彰状を受け取った。


「来年も期待しているよ、間宮君」

「えぇ…来年は出たくないです」

「いいや。今回の優勝者であり、体育祭MVPなんだ、是非ともやってもらうよ」

「勘弁して下さい…」


 いや、皆笑い事じゃないんだって。  

 あんなの毎年やってたら普通に死ぬって。


 なんか最後の最後で笑い取る羽目になったけど、無事、閉会式不参加は福島一人で済んだ。

 そうして体育祭は幕を閉じた。


 福島はマジで肉体的にも精神的にもキツイだろう。恨まれるのはゴメンだな。


 帰りになると、いつの間にか「おつかれ様」と美月に労いのメッセージを貰ったり、保健室に居る福島に女子が殺到する事件があったりした。


 まあ色々あったものの、皆が帰った頃…。俺は夜空に空き教室へと呼び出された。

 今日はそろそろ学校が閉まる時間だ。

 明日には実行委員が集まって片付けをするらしいが、俺がやることはない。


 制服姿の夜空が、椅子を一つ出して座っていた。

 スマホの画面から顔を上げると、柔らかく笑った。


「…お疲れ様」

「ああ、お疲れ」

「身体は大丈夫?」

「とにかく疲れたってだけだからな。休みの間は大人しくしてるよ」

「そう…。それで、デートの事なんだけど」

「あぁ、うん…」

「少しだけ、保留にして貰える?」

「ん、構わないよ。なんなら別に無ししても良いけど」

「それはダメ。約束だし、福島から離れるには丁度良いし」

「……そんなに福島と居るのが嫌なのか?」

「もう、ウンザリしてるから」

「…そっか」


 そこまで言うのであれば、俺がこれ以上口出しする理由はない。

 今まで通り、福島にどれだけ想いを向けられようとそれに応える気はないということ。


 幼馴染だからと言って、仲が良いわけじゃない。


 …美少女な幼馴染とかなり仲がいい俺からすると、少しだけ福島に同情心が芽生えてしまうけど。


 夜空は椅子を片付けると、俺の目の前に立った。


「…一つ、聞こうと思ってた」

「ん、何?」


 ほぼ同じ身長、真っ直ぐに目を向けるとそれだけで視線が交差する。

 夜空は俺の顎に優しく触れると、ゆっくりと唇を重ね合わせた。


「っ…!!?」

「ん、ちゅ……」


 突然のキスにフリーズする俺。

 夜空は何度か舌を絡めてからゆっくりと顔を離す。

 俺の頬を指でなぞり、ペロッと舌を出して笑った。


「…私はファーストキスなんだけど、真は?」

「………」


 美少女には慣れてる、スキンシップも割と慣れてる方だ。

 だが基本的に、こういう状況にはならないように立ち回っている。

 理由は単純に…知っていたから。


 俺はこういうシンプルで、純粋な好意を向けられるのが苦手だって知っていた。


 雨宮に同じ気持ちを向けられた時も、さり気なく逃げたから。


「…初めて…だな」

「…そっか、じゃあ…呼び出した甲斐あった」

「……意外に、積極的なんだな…」

「そっちこそ、意外に初心。顔真っ赤」


 寧ろ何で余裕そうなのか、それが分からない。

 思わず目を逸らそうとするが、夜空はそれを静止する。

 正面から、至近距離にある美しい少女の瞳が揺れること無く俺のことを見つめている。


「…私、好きだよ。真の事」

「………」

付き合って下さい…とは言わないけど」


 そう言うと、夜空はもう一度…今度は頬に、柔らかい唇を触れさせた。


「あ、帰り送ってもらって良い?」

「…いいけど、三回目は無しだぞ」

「…キスは嫌だった?」

「そういう問題じゃない…」

「なら、どういう問題?」


 …なんでこんなに楽しそうなんだ。あとずっと顔近いんだよ、綺麗な顔しやがって…。どういう問題って、そんなの決まってるだろ。


「……恋愛って苦手なんだよ…」

「…可愛い」

「……可愛くない」


 くそっ…なんなんだそのニヤニヤ…。

 お前そんなキャラじゃ無いだろ…普段のクールさどこ行ったんだよ。


「…チッ…帰るんならさっさと行くぞ」

「あ、誤魔化した」


 足早に空き教室を出ると、夜空はピタッと腕にくっついてきた。


 どうやら、あのキスと好きは本気らしい。

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