第37話 とにかく走る体育祭②

 〜side〜鷹崎美月



「…今日ずっと走ってるの見てる気がする」

「そういう体育祭ですからね」

「コンセプトが『韋駄天〜誰よりも速くどこまでも駆け抜けろ〜』だからね」

「控えめに言っても馬鹿」

「あはは…」


 凛月の乾いた笑いに対して、お母さんは楽しそうに笑った。


「熱血って感じがして、私は結構好きですよこういうの。湊君は熱血の欠片もないですし」

「確かにお父さんもお母さんも必死で全力に…みたいなのはないもんね」

「もう三十後半ですから」


 大抵の人からはそうは見えないのが私達の母親だ。

 それはそうと、七つ目の種目借り物競争。


 なにやら目を引く美少女が真冬と並んで走り出した。


 次々に借り物のお題が書いてある紙を回収して中を確認していく。


 そんな中、異様なまでに目を引く美少女は一年二組のテントに走って行くと…見慣れた顔の美少年の手を取って走っていった。


「あ。あれって真?」

「よりによって初参加が借り物扱いですか」

「なんのお題かな?」


 真と美少女は一番乗りだった。


 お題に沿った借り物であるかを確認するために、全員が走り終わると一人づつ自分のお題を発表していく。


 美少女はマイクの前に立つと、高らかにお題を発表した。


「私のお題は『身長の近い異性』です。私の身長は168センチです。真は?」


 美少女が名前を呼ぶと、美少年はしぶしぶといった様子で答えた。


「…168です…」


 実際、横に並ぶと二人に身長差が無い事がよく分かる。


 これは文句なしだろうけど、全校生徒に身長を晒す事になった真は何気にダメージを受けている。


 私は何となく気になってスマホを出した。

 少し調べると簡単に出てきた。


「…高一の男子の平均身長は168だって」

「まあ、なんとなくそんな気はしてましたよ」

「真が低いんじゃなくてあの子が高身長なんだね」

「モデル体型だし、モテそう」


 真と並んで走る姿も、見入ってしまう程に綺麗だったと思う。

 ただ一つ気になるのは…『身長の近い異性』なんて、彼女の身長ならいくらでも居るはずだということ。


 それなのにあえて真を選んだ理由はなんだろう?




 その後に始まったスウェーデンリレー。

 由来は1910年代にスウェーデンで人気だったから。そのほかメドレーリレーとも言うそうだ。 


「盛り上がるねえ〜!」


 凛月が楽しそうにどこを応援してるのかは分からない。その隣で、お母さんも、今日は1日ニコニコしている。


 お母さんも久々の外出が楽しい様だった。


 リレーは二年生の圧勝、このままいくと学年総合は二年三組の優勝となるだろう。



 ◆◆◆



 そして次、やっと真の出番であり、この体育祭最大の盛り上がりを見せていた。


 実況解説もかなり盛り上がっている。


『さあ来ました、ついに来ましたよ!我が校の体育祭の顔とも言えるこの競技、100メートルシャトルラン!』

「「「「「うおおおおおおお!!!!」」」」」


 ヒューヒューという指笛やら野次やらが飛び交う。


『ルールは簡単!一往復35秒以内で直線100メートルを往復。35秒ごとに放たれるブザー音に間に合えばセーフ、間に合わなければアウト、脱落となります!参加選手はたったの六人、教員推薦によるメンツ…さあ葛城先生、ズバリ注目の選手は?』

『やはり今年は一年生二人でしょう、抜群の運動センスを誇る二名ですからね』

『なるほど!しかし先輩達も負けてません。今回のメンツは異色中の異色。悲しいことに陸上部は参加無し!それどころか全員帰宅部の異常事態!』


 …それは本当に異常事態。ギャラリーはこれから何を見せられるの?


『しかしその本気度は過去最高!参加メンバー六人全員が陸上用スパイクを持参する始末…やっぱり陸上部参加させてやれよ!?』

『くっそ不甲斐ねえぞ陸上部、なにが韋駄天だ鈍足共め!』

『おっとそれ以上は辞めときましょう、さあ毎年恒例、必要なのかも分からないクラウチングスタート、選手の皆さんは準備をお願いします』


 …なんかめっちゃ盛り上がってるし、茶番やりすぎ。



 オン・ユア・マークス



 六人がゆったりとした動作でスターティングブロックに足を置く。


 一人一人が、高校生とは思えない程の集中力で、ものすごい盛り上がりを見せていたギャラリーを一瞬にして黙らせた。


「…何この緊張感…」

「やば、全く関係ないのにこっちの心臓破裂しそうなんだけど…」

「これだけの人数が居て静まり返るって凄いですね…」



 レディー



 ビーッ!

 というブザー音と共に、六人が走り出す。

 100メートル一往復、つまり200メートル。

 それを35秒。

 しかし真っ直ぐではなく、切り返しの時間がある。

 それを考えると、決して手を抜ける時間ではない。


 ただ流石、教員推薦。


 ほぼ全員が34秒時点で二往復目の準備を終えた。


 二度目のブザーに合わせて走り出す。


「…ねえみつ、冷静に考えてこの競技…やばくない?」

「…その内、死人出そう…」


 普通、100メートルダッシュした時点で息切れする筈なのに、時間制限付きのシャトルランって…。



 少しして、六往復目。



『さあ、例年なら脱落者が出てくる頃だ…』

『おっと、二年の勝俣選手少し出遅れた。しかし問題ありません。さあ、まだまだ脱落には早い!皆さん声援をお願いします!』


 六人全員、肩で息をしている。

 それでも誰一人として闘志が消えていない。


 …というか、真がここまで本気なのがちょっとおかしい気がする。


 適当な所で辞めそうなタイプだけど、高校生になって何か変わったのかも知れない。

 どちらにせよ声援に応える余裕なんて無さそうだ。


 九往復目に突入したところで、二年生二人が同時に脱落した。


『おおっと!!ここで二名脱落!残るは四人、まさかの四人です!まさか初の二桁突破が四人同時なるか!そして何故ここに陸上部がいないのか!』

『陸上部はシャトルランなんかやんねーよ!』

『その通り、そもそも常人は100メートルシャトルランなんかやりません!』

『さあ九往復目は四人突破したが…おっと三年磯崎、これは…間に合わない!ブザーに間に合いません!二桁突破は三人です!そして葛城先生期待の一年生二人はいまだ健在!その先見の明を部活で発揮してくれ!』

『…返す言葉もねえよ…』


 …だから実況解説の茶番が多いって…。

 …それにしても、やっぱり変だ。


 あんなに真剣な表情の真は、本当に久しぶりに見た。

 いやそもそも、汗を流して真剣な顔で前だけ見てるなんて、そんな姿は初めてかも知れない。


 凛月もそれを感じ取ったのか、祈るように胸の前で手を握った。


『12往復、なんと12という数字が見えてきました!』

『…やばくね…エグくね?』


 解説の先生、語彙力どこに置いてきたの?


『いや、流石にヤバいですよ!っとぉ!ここで三年北畠がコースアウト!!何処かへ駆け込んでしまったぁ!』

『見せられないものを吐き出しに行ったんだろうな、よく頑張った!』

『間に合うことを祈りましょう。そして残るはなんと一年生二人!13往復目に突入!これはもう異次元、異次元です!』


 アナウンスと共に、声援が上がると、呼応するように福島大翔が足を速めた。

 それを見るなり…一瞬だけ…真は少し、ニヤッと口角を上げた様に見えた。


 13往復目が終わり…14往復目が始まるブザーが鳴る、そのギリギリで真はなんとか14往復目に突入した。


 体の動き、表情、どこをとっても辛いなんて言葉では表せないくらいに辛そうだが、どうしてもさっきのニヤつきが気になる。


『な、なんと…15という数字が見えてきた…』

『…ちょ、マジで止めなくて大丈夫かよこれ……』


 15往復目、どう見ても限界の二人。

 しかし…また、間に合ってしまった。

 ブザーと共に足を前に出す。


 最早声援は無く、心配する声がチラホラと聞こえてくる。


 そして今度は…16、そう聞こえてくる気がしたその時。


 福島大翔が、倒れた。


 あと一歩で15往復目を終えるだろう、その時に。

 倒れた福島大翔の横を、真は横切る。


 16往復目が始まるブザーと共に、汗に濡れた美少年また脚を前に出した。


 100メートルを20秒程度で走り抜けた後、切り返そうとして足がもつれ、そのまま尻餅をついた。


 そして、終わりのブザーが響いた。


『な、なんと…!福島大翔は15往復に僅かに届かず。間宮真が15往復と100メートル、距離にして3.1キロメートルもの距離を走り切って優勝しました!』


 優勝宣言と共に、空気が破裂しそうなるほどの大歓声が学校中に広がった。


 なんとか仰向けになって、そのまま担架で運ばれた福島大翔と…

 一方で、なんとか立ち上がって、歓声に向けて手を振った間宮真。


 これほど分かりやすい勝ちはない。


『さあ優勝した間宮君、話せるかな?自己紹介と、優勝者として少し言葉を貰えるかい?』


 実況をやっていた実行委員が、ふらついてる真にマイクを向けた。

 その委員に肩を借りながら、真は笑顔で話を始めた。


「あ、えーと…一年二組、間宮真です。取り敢えずこの競技を作った校長の事は一生恨みます」


 真のコメントで、ギャラリーからは笑いが上がった。恨むという言葉の説得力が違う、心が籠もりすぎている。凛月も横で苦笑いしている。


「体育祭、次で最後の種目ですけど、全員が走り切る姿を、皆さん楽しんで行って下さい!」


 力強く言ってから、真は再度手を上げて歓声に応えた。


 盛大な拍手の中、実行委員に肩を借りながらクラスのテントに帰っていく。


「ねえみつ、あんなに本気な真は初めて見たかも」

「…何かあったのかも」

「何かって?」


 何か言おうとしても思いつかなかったが、先にお母さんがいたずらっぽく言った。


「…例えば、この後女の子に告白するとかじゃないですか?」

「えっ…!?それは……」


 お母さんの言葉に何か言いたげの凛月。仕方ない、少しフォローしてあげようか。


「それなら、真は体育祭の前にすると思う」

「そうですか?でしたら…頼まれた、とか」

「「頼まれた…?」」

「私の知る限り、ですけど…真は人の為ならどんなに辛くてもキツくても本気で、必死でやり遂げますから」


 そう言われると、そうかも知れない。

 これはかなり納得できる。


 だとしたら、何のために?誰のために?


 疑問は募るが、私は小さく感想を漏らした。


「今日の真は、凄く格好良かった」

「…うん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る