第36話 とにかく走る体育祭①

 〜side〜鷹崎美月



 一体誰が書いたのか。高校生とは思えない良くできたイラストのしおりをめくる。

 真の参加競技が一つしか無いし、なんかキツそうだし、かなり最後の方だし。


 目立つ髪色だから帽子を被ってるものの、周囲から何かと視線を感じる。


 お父さんは県外、渚は自宅待機、お母さんと凛月と三人で赤柴高校の体育祭を見に来た。


「…居心地悪い…」

「あはは…こうなると気持ちは分かるなぁ」

「そうですね…。少し移動しますか」


 開会式が始まるまで、三人で人気のない体育館裏に向かった。


「キャッ!」

「うわっ…!」


 曲がり角で突然、凛月が誰かとぶつかった。

 ふわりと帽子が地面に落ちる。


「ご、ごめん!大丈夫か?」


 ぶつかった男は慌てて立ち上がり凛月に手を差し伸べた。

 ジャージ姿での爽やかな雰囲気をしたこの高校の男子生徒だった。

 川崎晶とは、また少し違ったタイプのイケメンという奴か。


 凛月は差し伸べられた手を素直に握って立ち上がった。

 そんな凛月に、少年は見惚れていた。


「…ちょっと不注意だったなぁ。あ、君は怪我してない?」

「……」

「?あの、大丈夫?」

「あ、ああ…大丈夫だ…」


 私はぶつかった拍子に落ちた帽子を凛月に被せ直した。


「あ…」


 それで凛月も、事態に気がついたらしい。


「…あの…」

「君、月宮ルカ…?」

「あっ…」


 やはりバレた。顔を見れば一発だから当然だが。

 しかし彼は冷静に言葉を続けた。


「大丈夫、安心してくれ。俺は真冬と十年近い付き合いがあるんだ」

「え、あ…そうなんだ。なら…大丈夫…かな?」


 どこがどう大丈夫なのか分からないけど、二人は普通にやりとりを続けた。

 というか…いつまで手を繋いでいるつもり…?


「あ、俺は福島大翔よろしく」

「えっ、うん…。鷹崎凛月です」

「凛月って言うんだな、そっちのお二人は?」


 …なんで私も名乗らなきゃいけないの?運命的な出会いに私関係無い筈だ。


「こっちは双子の姉の美月、こっちはお母さんの紗月」


 そんな中、福島と名乗った少年の後ろから彼の中を呼ぶ声が聞こえてきた。


「おい、福島何やってん…」

「ん、おいどうした?」

「あ…ん?」


 ジャージ姿の男子四人。

 一人は明らかに知った顔の美少年。ほか三人は初見だが、四人の仲はとても良さそうに見える。

 美少年と隣に立つ高身長のイケメン、同じく身長の高い男子生徒の計三人が同時に呟いた。


「「「…まーたラブコメやってるよコイツ…」」」


 残った一人もなにかを察した様に手を振った。


「あー…なんだ、ごゆっくり。俺ら先言ってるからさ、開会式には間に合わせろよ」

「えっ?いや、あっおい!」


 四人は見慣れた光景だと言わんばかりにそれだけ言って、そそくさと来た道を戻って行く。


 私は思わずお母さんと目を合わせて笑った。


 真がクラスメイトと楽しそうにしてるのが、何となく嬉しかった。

 中学に入ってから、真は地味な雰囲気ををしている事が多かったから。


 間違いなく私達には気付いていただろう。その上で気を使って話しかけることはしなかった。


 福島という彼はその後も凛月と少し話すと、時間だからと言って走り去った。


「…なんか、面白い人だったね」

「福島大翔君…確か、真と同じ競技に出る子ですよ」

「そうなの?」


 凛月はお母さんのしおりを覗く。


「あ、ホントだ。そう言えばさっき、真も居たよね?」

「居ましたね。クラスメイトと仲良くできてそうで、良かった」


 不思議な台詞を残していたけど、あれは何だったんだろう。「またラブコメやってる」とかそんな事を言っていた。


「…取り敢えず、行こう。開会式始まるみたいだから」



 ◆◆◆



 午前九時三十分、第一競技の部活対抗リレー。


 運動部だろうが文化部だろうがハンデ無しの超ガチンコ競争。


 運動部は六つ。

 陸上部、野球部、バスケットボール部、硬式テニス部、卓球部、バドミントン部。


 文化部は七つ。

 写真部、囲碁・将棋部、新聞部、吹奏楽部、軽音楽部、美術部、書道部。


 何かと走る競技の多い体育祭をやる高校なのに、部活は文化部のほうが多い事に少し驚いた。

 ならば陸上部は相当力が入って居るのだろうと期待したところ、優勝はまさかのバスケ部。


 二位が書道部、三位が陸上部という有様だった。


 実況の隣で解説をしている、葛城という先生は陸上部の顧問らしい。

 この体育祭のど真ん中で「陸上部は恥を晒すなよ!?」と盛大にフラグを立ててから見事に回収してみせた。


 真は今のところ部活に入ってないが、少し前に話した時には「…またバスケやろうか迷ってるんだよな」と相談してきたことがあったのを思い出した。




 第二競技は唯一の走らない競技、クラス対抗綱引き。


 十種目あって走らないの一つだけって…。


 何やら珍しい事に、この高校の綱引きは参加条件に160cm未満の女子であることが求められている。


 本当に意味不明だ。

 後で真に聞いたところによると、毎年綱引きは参加条件が変わる。

 体育祭の実行委員が集まって、参加条件の書かれたクジを二つ引いた結果今回はこうなったらしい。

 ここの実行委員の人達は凄く楽しんでそうに思った話だ。


 優勝は二年二組。

 真は一年二組。

 一応、学年毎に六組あって、真のクラスは三位だった。




 それからは体育祭の応援団と吹奏楽部、軽音楽部、美術部が集まってのパフォーマンスや、学年ごとにダンスパフォーマンス等をやって体育祭を昼前に盛り上げていった。


 しかし、相変わらず真とさっき出会った福島大翔は姿を見せない。


 どうやら一競技に専念させられてる様だ。

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