第33話 やはり天使な双子

 二人が降りてこない内に、俺は気になって知り合いに通話をかけた。


「…なあ九条」

『…なんで前触れもアポもなく、突然通話してきた?』

「いや、お前確か緑雲高校だったよな」

『そうだけど…ってか中高一貫校で外に行った間宮が珍しいんだよ』


 第一校舎と第二校舎で中高が分かれている。


 一応中学受験をしている訳で、俺はそこから別の高校に行ったからかなり珍しい部類だ。

 事情が事情だったから学校からの多干渉も無かった。

 因みに湊さんは別の中学から緑雲高校に受験したらしい。


「それはともかく。晶が高校で上手く行ってないって話知ってるか?川崎さん…晶の母親にちょっと相談されたんだけどさ」

『あー…川崎?それ多分あれだよ』

「あれって?」

『ほら、当然天使様二人来てるんだけどさ』


 知ってるよ流石に。というか、まだ天使様言われてんのかよ。


 ふと俺は、そう言われるとそうじゃん…と思った。


 中学で知り合った奴等の殆どは、俺が鷹崎姉妹と幼馴染だなんて知らないだろう。

 せいぜい知っててもバスケ部で同じ体育館に居た…程度の認識だ。

 加えて鷹崎姉妹は中学生時点でインフルエンサーみたいに有名だったし、当時高校生だった人達の中でも知らない方が珍しかった様な双子だ。


『その内の姉の方、鷹崎凛月と付き合ってるって噂があってさ』

「へぇ…」


 晶と凛月が…か。


『それで結構…。あれ、イジメに近い事されてるんじゃない?』

「成程ね、事情は分かった。ありがとう九条、今度久しぶりに映画でも見に行こう」

『それは…行こう…』


 ということは…だ。

 俺から干渉する必要は無いな。

 イジメごときで心が折れるタイプじゃないし、凛月の為なら男避けでも敵役でもやるだろう。


 好きな女の為を思って何かしらの行動をしてるんだろうな、晶は…多分だけど。


「…誰と通話してたの?」


 いつの間にか隣に美月が座って来た。

 緩いトレーナーにショートパンツ。

 襟元から見える谷間とか…美脚すぎてびっくりする生脚とか、冷静に考えて同級生の男子に見せて良い様な代物ではない。


「……九条」

「誰?」


 美月がキッチンの方に目向けると、そこから凛月がクッキーを持って出てきた。

 凛月と美月は双子コーデかと思うほど全く同じ格好で、上下のカラーが逆なだけ。


 多分、どっちがどっちの服かを見分ける為の紗月さんの策なんだろう。


「あ、もしかして結人君?」

「そう、そいつ」


 なんであんな地味男知ってるんだ?

 名前呼びするほど仲いいのか?

 とか思うところはあるけど、まあ凛月のことだから中高全員の顔と名前と連絡先を知っててもあまり驚かない。


 凛月だから。


「真と図書委員やってた眼鏡の…」

「…そこまで知ってんのかよ」

「あと、隠れイケメンって言われてた!」

「それは流石に俺も知らない…」


 あいつが割と顔がいいのは知ってるよ。数少ない“ちゃんとした友達”だから。


「凛月が晶と付き合ってる、みたいな噂があるとか聞いたけど」

「あ、確かにそんな話しされた事ある!」

「…実際、付き合ってるみたいな物だと思う」


 美月のこういう反応は少しだけ珍しい。不思議な事に妹の恋愛の話題に対して、つまらなそうに言った。


「え、私晶君と付き合ってないよ?」

「放課後にレッスンあるときは毎回送ってもらってて何言ってるの?」


 お、そんな事になってるんだ。やるじゃん晶。


「でもそれだけだよ?」

「それだけで、他の男子からしたら特別感があることだから」

「晶君もそこまで考えてないと思うけどな〜」

「考えてなかったらやってない…」


 少し言い合いになってる二人を見て少し考える。


 恋愛に対して全く興味を持っていない凛月は多分、晶の気持ちには気づくのが難しいんだろう。対して美月は普段の態度に反して、意外と人の気持ちに敏感だ。


 凛月は大抵の事を人並み以上にこなせる。

 体を動かしたり、頭で考えたりさせれば紛れもなく天才の域にある。


 絵を描いたりするのも同じで、頭で考えたり想像した物をそのまま現実に置き換えて絵を描いたりできる。


 興味のない事柄、ただ目や耳に入っただけの些細な物事や会話なんかも細部まで覚えてる化け物じみた記憶力もある。


 人の気持ちを考えようとした時も、彼女自身が天才気質な反面、自分以外の今まで見てきた人達をある程度総合して考え方や思考回路を真似して…事柄に対してどう感じるのかを考えたりもできる。


 好奇心が旺盛だから割となんでもやりたがるし、その才能は大抵の事において遺憾なく発揮される。


 ただ、彼女は一切恋愛に興味が無い。


 鷹崎家は才能人の集まりみたいな家系だと湊さんが言っていた事がある。


 実際、俺が見た限りでもその通りだろうと納得いく。

 その反面、興味のない事に対してはドライな人達だ。


 湊さんは数多くの資格やコネクションを持っているが、飽きやすく母さん程では無いにせよ自由人な部類だ。

 渚は芸術に興味があり、絵や小説といった創作が好き。今はその道一本に才能を発揮しているが、それ以外には興味を示さない事が多い。


 美月なんかは何に対しても興味が薄く、飽きやすい性格だ。凛月は好奇心旺盛で根気強く飽きにくい性格。


 まさに凛月と美月は真逆な性格をしている。


 凛月は人の気持ち…好きや嫌いといった言葉の奥深くの感情や、自他の深層心理に対して興味を持たない。


 美月は他人の感情や自分自身の気持ち、言葉に宿る明確な意味を考えて話したり、受け取ったりする。


 それは二人のコミュ力の高低にも影響している。


 人の気持ちや言葉を表面のまま受け取る凛月は交友が広く浅く、その逆に無自覚に他人の深層心理へ与える影響が大きい。


 美月は人と話す上で発する言葉に気を使ってしまうため、常に言葉数が少ない。

 一方で言葉を受け取ると噛み砕くのに時間がかかり、深く理解をしようと、示そうとする。


 似た容姿で、同じくらい能力はある。

 殆ど同じ空間で生活してきたのに性格が違いすぎる…それがこの双子だ。


 当然、恋愛感も全く違うんだろう。


「…あ。…んー…」


 よく考えると、二人が真逆なんじゃなくて、どっちも湊さんと紗月さんの良いところ…だよな。


 あの人達、何気にとんでもないコネクション持ってたり、人との関わりを減らして生活してる割には、他人の心を深く理解して共感する。

 特に大切な人に対しては奥深くまで知ろうとするし、自分自身の考えを理解して表に出すのも上手い。


 凛月と美月は、その部分が片方ずつに偏ってるだけなのか。


 俺は何となく両隣で晶がどうだとか言い合う二人の頭に手をおいて、軽く撫でてやった。


「「ん〜…」」


 何だその反応は…。


「凛月はもうちょい、晶の行動とか気持ちについて考えてやれ」

「え、はーい」

「美月は凛月のことを考えてやろうな。人間誰もが人の気持ちを分かるわけじゃない。寧ろ分からないことのほうが多いんだ、だから言葉で伝え合うんだろ」

「…ん…」

「あと言い合うのは自由だけどな、そういうのは俺の居ないところでやってくれ」


 こうやって止めるの面倒くさいから。


 まあ、こうして喧嘩してる二人は珍しい。

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