第32話 髪切った?

 さて本当にどうしたもんかな……。


 クラスの女子の九割は福島ハーレムだと、俺は認識していた。


 どうも、一瞬気を抜いた隙にクラス内でヒソヒソと噂を立てられるレベルで目立つ人間だったらしい。


 ここまでは俺も想定外だった。


 髪型次第で男性とも女性とも見られるのは知ってた。

 体型的に少し小柄な男とも、スレンダーでスタイルの良い女とも思われる。


 学校では制服だから性別判定はともかく。


 こうも目立つとなると、今のうちに悪い方向に目立つのを抑えておく必要があるだろう。

 とりあえず福島みたいになるのは嫌だからな。


 福島兄妹とは連絡先交換してないし、わざわざ探しに来たりはしないだろう。 けど多分、数少ない夜空の友達として認識されてる可能性が高い。


 そうなると夜空の方に何かしらの被害が出かねないだろう、なんせ福島の主人公力はイかれてる。

 どうにかしてラブコメ展開に発展させようという運命が動いてる感じがある。


 よくもまあ、出会う人全員の心の中をぐっちゃぐちゃにかき回しながら生活できるもんだよ。


「…髪型変えてみるか…?」


 よし…うん、やっぱり今日中に髪を切るか。


 結構放置してたし、丁度良いタイミングだと思って割り切ろう。

 体育祭もあるし、めっちゃ走ることになるんだろうし。




 放課後、黒崎先生のお宅ではなく、久しぶりに帰ってきた間宮宅。


 私室に使っていた2階の部屋、その向かい側には母さんが使っていた散髪室がある。


 自由人な母さんは意外に洒落好き。

 そんな母さんの影響で、俺も自分で散髪をやっていた。

 元々は母さんにやってもらってたけど、家に居ないことも多かったから自然にそうなったのだ。


 鏡に映る自分を見て、つくづく感じる。


「…損なことしてるよな」


 鼻先まで降りた前髪で目元はほぼ見えない。

 髪質はサラサラで癖のない直毛、髪は多いけど柔らかいお陰で寝癖直しに時間はかからない。


 以前と同じようにヘアピンで前髪を半分ほどサイドにまとめて、片目だけ隠れた状態にする。


 こうするとやはり、ミステリアス美人が誕生する不思議。

 夜空曰く「顔つきがクール系」なせいか、どこか厨二病チックなのが難点か。


 刺さる人には刺さるだろうし、個人的に気に入ってるのは事実だがそれはそうと目立つ。


 俺は別に承認欲求に飢えてないし目立ちたがりでもない。

 まして見せびらかすようなタイプでもない。


 ヘアピンをとって、さっさと散髪の用意をする。


 一応“女性”のショートヘアで髪型を調べる。


「…紗月さんみたいにウルフ系とか…」


 自分でやるの大変だけど。


 前髪はある程度残すとして、目元隠すのはもう辞めておこう。

 女性的なショートヘアになるのは顔つきの都合上、当然だ。別に長くしたいわけでもないし。

 何よりも、自分には短髪があまり似合わないと知っている。


 要するに今での印象が崩れない程度に顔が見えればいい。

 …んー…そうなるとほぼ二ノ宮モードになるな。


「…まあ、とりあえずやろう」



 ◆◆◆



 軽く頭を振る。以前と違って前髪が目に当たらない。


「ん…結構軽くなった。ってかこう見ると本当に男の娘って感じだな俺…」


 これは外見からでは性別認識できないけど、もう仕方ないな、割り切れよ俺。


「…まあ、過去一上手くできたし良いか。とりあえず着替えよう…」


 部屋着から外出用の私服に着替え直す。

 普段から俺はワンサイズ大きいアウターを着ることが多い。

 要するに、上半身の体型が分かりづらい服な訳で。


 以前に親睦会に行った時も俺は体のラインが分かりづらい服装だった。


 それはそうと、鏡に映るこいつは本当に耳掛けが似合うな。

 どうなってんだよ?

 中学の時にこれやってバカにされてた同級生居たのに、おかしいな。


 自分の周りに顔のいい奴ばっかりが居るが、普段は目立たないようにしている俺はどっちの価値観にも理解があると自負している。


 夜空や凛月がいい例だが、外見が良いせいで損したり、人に妬まれたりする奴等も割といる事を良く知っている。

 自分はそうならないように立ち回っていたつもりだが、こういう自分を見ると少し思う所はある。


 別にイケメンでは無いし、福島とかいう奴がクラスには居る。

 ならば大丈夫じゃないか…?

 …どちらかと言うと、男どもに騒がれなければ行けるだろ。


 そんな事を考えながら家を出ると、隣の家に双子が入ろうとしていた。


「あれ、真…だよね?」

「…髪切った?」


 流石に幼馴染二人はすぐに分かったらしい。


「ん、二人は今帰りか?」

「そうだよ、ちゃんと顔見たの久々だね〜」


 凛月は軽い足取りで側に来ると、俺の髪を軽く撫でる。後からゆっくり歩いてきた美月は俺の頬に触れてきた。


「…近くで見ると、ホント綺麗。遠くから見ても綺麗だけど…」

「前に誰かにも似たこと言われたな…」


 …多分、夜空に言われたかな。


「あ、そう言えば赤柴高校って近々体育祭だよね。私達見に行くからね!」

「来なくて良いよ…。出番少ないし」


 なんなら一回だけだからな。


「真冬の事を見に行くから」

「…そう言われると何も言えないけどさ…お前ら二人が並んでると目立つんだよ。そこに紗月さんと湊さん居たらどうなることか…」

「それくらい分かってるよ、小学校の運動会で思い知ったもん」


 うん、子供達よりも目立つからなこいつ等の両親。

 一度来てから、それ以降の運動会や授業参観には絶対に来なかった。

 大体、代わりにうちの母さんが見に来て二人に報告してた。


 そもそも子供二人がめちゃくちゃ目立つタイプだから仕方ないと言えば仕方ないんだけど。


「あ、てかさ、もしかして髪切ったのって体育祭に向けて?」

「半分はそう。スポーツテストの時に走ってると前髪邪魔になるなって思って」

「…もう半分は?」

「クラスメイトに素顔バレたから良いかなって」

「私より芸能人みたいな事言ってる〜」


 凛月がケラケラと笑いながら俺の頬をつつく。


 立ち話が嫌になり、仕方なく鷹崎宅に歩く。

 すると二人して左右の腕に引っ付いてきた。


「おい、辞めろって。くっつくなよ…。芸能人といえば…凛月は学校で大丈夫なのかよ?」

「大丈夫って?」


 何かと危機感のない凛月に呆れながら美月に視線を向けると、質問の意味を察して答えてくれた。


「りつと南、あと時雨は“学校側がちゃんとしてる限り”大丈夫」

「…なんで不安になる言い方するかな…」

「一応、お父さんがクラリスの事務所と緑雲高校、両方の関係者だし、大事にはならない。多分高校の95%くらいは凛月と南と時雨が芸能人なのは知ってると思うけど」


 やっぱり湊さんって変だよ。なんで芸能事務所と私立の学校と繋がりあるんだよ。

 いやまあ、緑雲高校は…OBだからまだ分かるけどさ。


 見慣れた、馬鹿みたいに広い家の中。

 リビングに荷物をおいてソファに腰を下ろすと、すぐに美月がミルクティーを出してくれた。


 美月は二回の私室に戻るが、凛月は制服のまま着替えもせずに隣に座った。


「でも私、そんなに声かけられたりしてないよ?」

「かけられるわけ無いだろ…ファンに殺されるぞ」

「私のファンはそんなに物騒じゃないもーん」

「アイドルのオタクが物騒じゃない訳がないだろ…」

「そうかなぁ…?」

「…とりあえず着替えて来いよ」

「うん。…ん…甘っ」


 俺の手の中にあるカップに顔を近づけて、一口つけてから凛月は二階に向かった。


「…お前それ、俺以外に絶対にやるなよ?」


 忠告というか呟きというか独り言というか。


 外では八方美人通り越して完璧超人やってるくせに俺とか湊さんの前だとポンコツになるのやめてくれないかな。


 そして多分、凛月に俺の忠告は聞こえてない。

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