第29話 演劇観賞

 〜side〜栗山夜空



 目的地はバスに揺られて十数分程の場所らしい。

 乗り降りする利用者達からのチラチラとした視線を感じながら、私は隣に座る二ノ宮さん?に対して後ろに乗る二人に悟られない程度の小声で話しかけた。


「…それで、どういうこと?」

「どうって?」

「…その格好とか…」

「ほら、君の場合顔見知り福島とかに男と二人で居るところを見られると面倒な事になるだろ。だから一応、見てくれで性別が分かりずらい格好で来た」

「顔は元々…?」

「ノーメイクだな。男らしさの欠片もない顔」


 悪く言ったらそうかも知れない。良く言えば超絶美少年だが。


「…声とか、口調とか…変えたけど」

「それは逆。普段から声高いのを意識して抑えてるだけだ、寧ろあのくらいが一番楽」

「…雰囲気変わりすぎ」

「演技するのは得意だからな」


 ニヤリと口角を上げて、いたずらっぽい笑みを見せた。

 彼は普段高校では少し明るめの声をしている。態度が変わった後の少し乱暴な口調の時は、落ち着いた声とのギャップも感じた。


 今日はそれらとはまた別の、落ち着きのあるお姉さん…みたいな口調と声。


 確かに、演技は上手いのかも知れないけど…そうなると、どれが素の彼なのかは分からなくなる。


「ところで、このコーデ結構気に入ってるんだけど…」

「…綺麗、似合ってると思う」

「…えっ?俺口説かれてる?」


 軽口を叩いていると、後ろの席から唯華が顔を覗かせてきた。


「あ、あの!二ノ宮さんっていくつ何ですか?」

「ん…何歳だと思う?」

「え?えっと…19歳くらい…ですか」


 確かにそれくらいに見えなくもない。

 真はさっきの微笑みとは違う、クスッと妖艶な笑みを浮かべた。


「私、そんなに大人っぽく見える?」

「は、はい!」

「正解は…今年16歳。まだ15、夜空と同級生だよ」

「…う、うそぉ……同い年なんですか…?」


 …流石に大学生くらいだと思ったんだろうけど、私にそんな知り合いが居る訳無いのに。


 そんな話をしていると目的地に到着した。

 バスを降りてから数分歩くと、そこは舞台演劇の劇場だった。


 二ノ宮(間宮真)は大きな広告の前に立った。


「はい、ここ」


 すると、二人はすぐに分かった様だ。


「「雨宮時雨!!」」

「…誰?」


 雨宮というのは誰だろう?私は知らない。

 だから、誰?と聞いたのに、福島兄妹はギョッとした様子でこっちに目を向けてきた。


「「えっ…!?」」

「なっ…夜空まさか…知らないのか?」

「…有名?」


 私が二ノ宮(間宮真)に視線で問いかけると、苦笑しながら答えてくれた。


「ここ、ステージアラウンドっていう…舞台演劇の劇場で大体1200席。チケットが売り切れるのは本当に一瞬だったらから、まあそれくらい有名かな。因みにこの舞台鬼桜希望さんも居るから…」

「鬼桜…あ、そっちは知ってる」

「…流石に知らなきゃヤバいし…」

「テレビつけたらどっちも見るだろ…」


 滅多なことではリビングに入らないのだから仕方無いだろう。それくらいには家族の中でも孤立してるし、映画とか女優さんとか興味もないから知らなかった。


「二ノ宮さんはチケット取れたのか?」

「ん、いや関係者席。友達誘って来て欲しいって言われてたから」


 チケットは自腹だけど…と呟きながら肩をすくめる。


「…知り合いなのかよ…」

「関係者席って…私達もですか?」

「そうだけど。一応、招待されてる訳だから」


 唖然としてる二人に、二ノ宮(間宮真)は軽く笑いかけた。


「ほら、入るよ」


 二ノ宮(間宮真)の背を追って劇場に入る。




 雨宮時雨が頭角を現したのはここ数ヶ月。


 芸能界の歴は浅いながら、圧倒的な演技力と歌唱力。

 最近ではクラリスの三人と音楽番組で共演したことで大きな話題を呼んだ。


 女優や歌手など活動は幅広いが、中でも群を抜いているのは舞台役者としての才能。


 彼女の出演するミュージカルは一生に一度見ておく事をオススメする。


「……だって…」

「夜空さん、だから凄いんですよ雨宮時雨は…」

「マジで最近になってだからな?しかも俺達と同級生…」


 二ノ宮(間宮真)が席を外している内に、その有名な雨宮時雨さんとやらについて少し調べていた。


 一体どういう理由でそんな人と知り合いなんだか。


「…ごめん、ちょっと知り合い見かけて舞台裏行ってた」


 …そういう理由で席外して会いに行ける物なの?それができるだけこの舞台の関係者と縁がある…ということだろうか?


 今回私達が見るのはミュージカル、数年前に流行った恋愛映画の舞台化…らしい。


 そっちもよく知らないから本当に分からない。


「…あっ…始まる」


 唯華の声を最後に、劇場は静まり返った。



 ◆◆◆



 劇場を出てからどうも福島兄妹の様子がおかしいので、近くのカフェでお昼として軽食を食べることになった。


 様子がおかしいというか、感動して余韻に浸ってるだけなんだけど。


 ずっと二人でこれが凄かったとかあれが良かったとか話している。

 どうやら二人とも原作の方を見たことがあるから盛り上がりが凄かったようだ。


「…なんか、俺達より楽しんでたな…」

「…そうだね」


 …そもそもこの二人どうして駅前に居たんだっけ?


 思わずといった様子で素が出た二ノ宮(間宮真)は軽く咳払いをしてから私の方に目を向けてきた。


「夜空は、楽しめた?」

「…本格的な舞台は初めて見たけど、確かに面白かった」

「それは良かった」

「し…まことは普段からああいう、演劇とか見るの?」

「知り合いにそういう、舞台とかドラマとか映画とか。エンタメの裏方に精通してる人が居て…まあ、その人の影響」


 二人っきりのデートとは行かなかったものの、苦手意識のあった兄妹を同伴で純粋に楽しめたのは自分の中でも少しの成長だと感じた。


 …そもそも外出先で楽しかったこと自体、久しぶりだったかも。


 …それもこれも、二ノ宮(間宮真)に感謝かな。

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