第28話 お忍びできないデート

 〜side〜栗山夜空



「じゃあ、またな夜空!」

「……」


 立ち止まった福島大翔をスルーすると、福島は苦笑して帰った。

 その隣の家に入り、玄関で「ただいま…」と挨拶をする。


 返事は無いが、リビングには姉妹も両親も揃って夕食を食べていた。


 まるで私に気付いてないみたいに、家族団らんの時間を過ごしている。


 リビングには入らずに二階に上がって、自分の部屋に入る。


 小物も装飾も置いてない真っ白で面白味の欠片もない部屋。

 荷物をおいてベッドに倒れ込む。


 普段なら、今日もやっと…面倒でくだらない一日が終わった…とそう思うところだけど。


「ふふっ………楽しかった…」


 間宮真。彼と話している時間は、とても楽しかった。

 彼にはきっと、本当に退屈で面倒な女だと思われてしまっただろう。

 それでも、もう少し話をしたかった。


 話しかけてきた時、彼は明らかに態度や口調を取り繕っていた。


 何年も下心や嫉妬の目に晒され続けてきたから、人の視線や表情で考えてることは何となく分かる。

 顔色を窺って生きて来たから、どう思われてるのかも分かる。


 だからこそ、彼は少し不思議だった。


 “それ”を意識してるのか、までは分からないけど…話している途中で、私への態度や口調が変わった。


 その途端に、心の内側に入られた様な感覚になった。


 まるで全て見透かされている様な気持ちになった。

 最初は、表面的な会話だけだったのに…彼が態度を変えた時から…私は自分から心の内を曝け出して行った。


 静かに聞いて、適度に相槌をしてくれて、遮られる事もなく。人との会話がこんなに楽しかったのは初めてだった。


 嫌な視線もなく邪魔者も居ない中で、ただ純粋に間宮真という同級生との時間を過ごしただけなのに。

 今までの人生でも…一、二を争うほどに充実した時間だったと思う。


 ……今から連絡したらどう思われるのかな。


 時刻は8時前、流石に彼も帰宅してる頃だろう。私は一度窓から外を確認した。

 この部屋の窓からは隣の家、丁度福島の私室の窓が見える。

 カーテンが閉じてるから…彼の部屋には今、女子の誰かが来ている様だ。


 こっちもカーテンを閉めて、今日追加されたばかりの連絡先に「今から通話してもいい?」と送る。


 …ちょっと、勢いで送ったけど。これ大丈夫かな…。


 既読がついた瞬間、手に持っていたスマホが震えた。


「っ…ん!?」


 どうやら彼の方からかけてくれた様だ。

 少し覚悟を決めてから、繋げる。


『…夜空?どうかしたか?』


 少し反響して聞こえる音声と、水の音。


「…真、今お風呂…?」

『あぁ、ごめん。反響してるかも』


 そういうことじゃなくて、お風呂に居るなら後にすれば良いのに。

 彼の方には気にしている様子がないので、私も気にしない様に話を進める。


「…さっき、言ってた話」

『ん…もしかしてデート誘うってやつ?』

「ゴールデンウィーク…まだ空いてる日ある?」

『今の所、最終日以外は空いてるよ』


 ゴールデンウィークは後三日間。ということは二日は空いている様だった。

 私には友達が居ないし誘ってくる人も居ないから、そもそも今日の親睦会が無かったらゴールデンウィーク中はずっと部屋に籠もっているところだった。


「…なら、明日出掛けたい」

『いいよ、なら行きたい所とかあるか?』

「………」

『ないなら、俺いくつかあるんだけど…』

「…じゃあ、一緒に行く」

『分かった。午前中からでも駅前に来れるか?』

「行けるけど」

『じゃあ…そうだな、集合は9時で良いよな。ちょっと色んな所回ることになるから』

「…いいよ。どこ行くの?」

『ん、それはお楽しみにって事で。まあ多分退屈はしないと思う』

「なら、楽しみにしておく」


 私は言葉通り、明日が楽しみで仕方がなかった。



 ◆◆◆


 …楽しみだったのに…。


「…夜空、どうしてこんな所に一人で居るんだ?外出なんて珍しいじゃないか」


 駅前に来て早々にナンパされたと思ったら、よりによって通りかかった福島が撃退した。


 集合時間より少し早いだけで、なんでこんな事に巻き込まれなきゃいけないのだろうか。


 これがあるから、あまり外に出たくないのだ。


 外に出ると、いつもこうして福島に遭遇する。まるでストーカーされてるような気分になる。

 …隣の家に居るから家族から私の動向は自然に聞き出せるし、そうじゃなくても見かけたら簡単に追ってこれる。


 ナンパよりもよっぽどたちの悪い男。


「…別に、友達と…」

「ははっ、夜空が友達と出掛けるわけないだろ?俺になにか隠したいのか?」


 …その通りではあるけど、自分が酷い事を言ってる自覚はないんだ。


 確かに私には友達なんて居ない。

 居たとしてもこういう事があるから滅多に外出しない。


 …でも、そうなってるのは…誰のせいだと思ってるの?


 私だって同性の友達と遊んだりしたいし、異性とドラマみたいな恋がしてみたいと思うことだってある。


 福島と話していると、そんな考えすらも否定されてる気がして嫌になる。


 俺の隣に居ないんだから一人になって当然。

 夜空には俺しか居ないんだから、夜空が俺を好きになるのは当然。

 俺と夜空は過去も今も将来も一緒に居て当然。


 福島はずっとそういう目をしている。


 私がすぐそばに居るのが当たり前だと思ってるし、どうしてかそれが現実になってしまう。


「…おおかた、汐織とかと喧嘩でもしたんだろ?」


 汐織、というのは私の妹。

 確かに、誰かさんが私の事ばかり見ているせいで険悪な仲になってしまっているけど。

 別に汐織とは他の家族ほど仲は悪く無い。


 福島の言葉に対してはそっぽを向いてスマホに目を落とした。


「なんだ、図星か?」


 …違う、汐織とは話すらしてない。

 集合時間は過ぎている。

 時間的に、そろそろ来てくれないと…。


 そう思って辺りを見回すと、すぐ近くから「ねえ今の人見た?めっちゃ可愛い…」とかそんな声でざわめいている事に気付いた。


 すると、後ろからトンっと軽く肩を叩かれた。


「夜空、今来たよ…。と、そっちの人はどちら様?」


 振り向くと、ショートヘアのサイドをピアスのついた耳に掛けてヘアピンで留め、反対は前髪で片目が隠れている。

 ボーイッシュで、どこかミステリアスな美少女が立っていた。


 身長は私と同じか、少し高いくらい。

 ダボッとしたパーカーからは指先が少し出ているだけ、デニムパンツで細くてスラッとした足が強調されていた。

 肩掛けのポーチにクラリスのキーホルダーが付いている。


 私も福島も、その美少女を見て呆然としてしまった。

 私達だけじゃない、周囲にいる彼女を見た人達は、皆一様に立ち止まって見惚れていた。


「…あ、えっと…寧ろ君は?」

「私は二ノ宮マコト、夜空の友達。…君は?」


 二ノ宮って誰?

 …マコト…真…えっ…もしかして…しん


 だとしたら昨日と雰囲気が違いすぎる。

 学校での彼は良くも悪くも地味で普通だけど…今目の前にいるのは、さながらお洒落で美人な女子大生である。


 普段学校で見る彼はサラサラの髪をただ下ろしてるだけで、前髪で目元が隠れてたり表情が見えづらい印象があった。


 昨日話した時よりも、少し声が高い。それに私服で、普通の男の子だった。


 つまりこれは、福島が居たから女友達にみせた…ということ。

 昨日は気付かなかったけど、こんな綺麗な顔をしていたなんて。


「あ、えっと…俺は福島大翔、夜空の幼馴染だ」

「幼馴染なんて居たんだ。背の高いイケメンとか…良いご身分だね」


 チョイチョイっと肘でつついて来るが、どう対応すれば良いのか全く分からない。


「………」

「そんな。二ノ宮さんこそ、すごく綺麗だよ」

「そう…?ありがと」


 微笑みながら素っ気なく返すと、二ノ宮さん?は福島の顔を覗き込む様に少し屈んで歩く。


「…な、なにかな?」

「……」


 福島の回りを一周すると、私の隣に立つと…フワッとほんのり甘い香りが鼻腔をくすぐった。


 福島は完全に彼女?の仕一挙一動に見入っている。


「…さっき、君に似た女の子見つけたけど」

「えっ?」


 福島の声は乱入者の声にかき消された。


「ちょっとお兄ちゃん!いつまで待たせ…って、さっきのお姉さん!」


 小柄な女の子が走って来た。

 顔立ちや雰囲気から、福島の妹だとすぐに分かるくらいに似ていた。


 この子は福島唯華。福島大翔の妹で、中学三年生。

 どうやら、二ノ宮さん?とは顔見知りらしい。


「さっきって…唯華、二ノ宮さんと何かあったのか?」

「うん、さっき…お手洗い行く時に、ひったくりっていうのかな。カバン盗られちゃって…そしたらこのお姉さんが、カバン盗んだ男のひと組伏せちゃったの!」

「「えっ…」」


 どうやら集合時間に少しだけ遅れてきた理由はそれらしい。


「あー…さっきの子。君唯華ちゃんって言うんだ」

「はい!先程はありがとうございました!」

「いいよ、気にしないで」


 唯華の頭をポンポンとしてから、私の方に向き直った。


「夜空、そろそろ会場開くから行こ」

「会場…?…分かった」

「あっ…夜空!一体どこに行くんだ?」


 面倒な事に福島がまだ突っ掛かってくるらしい。

 私は行き先を知らないから、二ノ宮さん?に視線を向け直した。

 するの…二ノ宮さん?はとくに表情を変えずに言った。 


「…なんなら、一緒に行く?」

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